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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Shred

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 せーので息を合わせて、三人は海に向かって『バカヤロー』と叫んだ。飛んでいた鳥が軌道を変え、釣り客が肩をびくりと震わせたのを見て、増山は思わず喉を押さえた。
「やば、めっちゃ声通る」
 蓮町も喉を手で押さえていたが、真顔のまま藤松の方を向いて、言った。
「藤松先生、日本人男性は六千万人います」
 その大真面目な口調に、増山は笑い出した。
「全員が恋愛対象なん、やばない?」
 口ではそう言いながら、増山は実感した。突拍子もないけど、これが蓮町理緒式の慰め方なのだ。藤松はしばらく放心したような顔をしていたが、涙が出る寸前で飲み込んで、言った。
「二人とも、ありがと」
   
  
 冬本は無意識に時計を見上げて、午前十一時になったことを確認した。田中の運転するGS350の現在地は、連絡用スマートフォンの地図アプリが表示する情報によると、ちょうど一つ目の目的地を回ったところで、位置を示す赤い点はぐるりと転回しようとしている。山を反対側に抜けて、高速道路へ乗るルートから二つ目の目的地を目指すのだろう。理緒からは、ついさっき『三人で叫びました』というメッセージが届いた。どちらも順調らしい。それでも冬本は、直感が伝えるままに金庫を開けた。本当に必要なとき以外は出すなと言われたが、この手の習慣は外から戻ったときのうがいと同じだ。やめると、本当に喉がむず痒くなる。カーテンで外界から遮断されていることを確認してから、冬本はオフィサーズと弾倉二本をテーブルの上に並べた。薄くオイルが引いてあるのは、ワンの気遣い。弾倉の四五口径を一発ずつ抜いていき、元々本体に挿していた最後の一本も同じようにしたとき、六発目の四五口径を見た冬本は、そのままの姿勢で固まった。
 最後の一発だけ、プライマー側が血で真っ黒に染まっている。冬本は田中に電話をかけ、通話に切り替わるのと同時に言った。
「今すぐプラントに戻れ。弓削が日本に来てる。おれの部下だった奴だ」
 これは、ワンからの警告だ。冬本は自分のスマートフォンで現地のニュースを検索しながら、理緒にメッセージを送った。
『お迎えに上がりますので、早めの解散をお願いしたいのですが』
 返事を待つことなく検索を続け、港で起きた殺人事件の記事を見つけた冬本は、歯を食いしばった。先手を打てと教え続けたのは自分だが、おそらく弓削は、ライトエースに発信機をつけたのだろう。同じページの中には、写真もあった。一枚目はワンが家代わりにしていた船で、次の写真は、現場から押収された拳銃。あの傷だらけのグロック36。
 冬本は弾を全て装填しなおすと、オフィサーズに一本を挿し込んだ。次は理緒だが、人が集まる場所に銃を持って行くわけにはいかない。冬本は財布を掴むと、金庫へオフィサーズと弾倉を戻した。田中には見切り発車で連絡したが、少なくとも勘は正しかった。
   
   
 田中はエンジンブレーキをかけてGS350を減速させ、車体を転回させるスペースを作るためにステアリングを左へ回した。その急激な動きに、後部座席から蓮町が言った。
「おい、どうした」
「蓮町さん、弓削って人が日本に来てるみたいです。一旦プラントまで引き返します」
 田中は、GS350を転回させようとしてアクセルを踏み込んだとき、脇道から出てきた黒いキャラバンが緩やかに加速を始めたことに気づいた。田中はブレーキを踏んで急停車すると、バックギアに入れてアクセルを底まで踏み込んだ。時速五十キロまで一気に加速したGS350の車体を右に振り、スピンさせるのと同時にドライブへ入れて、プラントの方向へ向けてアクセルを踏んだ。バックミラーに猛然と加速するキャラバンが映り、田中は車体を大きく右に振って前へ出られないようにブロックすると、その勢いを反動にして、左へステアリングを回した。横滑り防止装置が効いて車体が不自然に揺れ、その動きについて来ようとしたキャラバンは左に大きく傾いてバランスを崩しかけたが、追随するのをやめて直進したことで、急停車したGS350を追い越した。田中がプラントに逃げ込むだけの隙間を作り出したとき、蓮町は言った。
「田中、プラントには戻るな。大騒ぎになる」
 田中は返事の代わりに再度ステアリングを回し、車体を転回させるのと同時に急加速させた。ミラーの中でキャラバンが同じ方向を向き始めたとき、猛スピードで対向車線を走るランドクルーザーがフロントを沈ませながら減速し、急激に進路を変えた。避ける時間はない。田中は、自分は無事では済まないことを悟りながら、最善の回避行動を頭に呼び起こした。このまま正面衝突すれば、蓮町は衝撃で首の骨を折る可能性がある。クライアントを殺したら、プロ失格だ。そして、蓮町は後部座席の左側に乗っている。田中は、運転席側を向けるように大きくステアリングを切った。ランドクルーザーのバンパーは想定通りの進路を取り、運転席に直撃した。衝撃でサイドエアバッグが開いたが、田中と蓮町の両方が衝撃で意識を失い、GS350は数メートル押されてガードレールの手前で止まった。
    
   
「ちょっと、うちの人が迎えに来ることになりました」
 蓮町が残念そうに言い、増山は眉をハの字に曲げた。
「えー、マジで?」
「はるか、ごめん。先生も、すみません。せっかく誘っていただいたのに、途中で帰ることになりそうです」
 蓮町は、藤松と増山の両方へ頭を下げた。藤松は担任の教師らしい笑顔を浮かべると、言った。
「お昼一緒に食べられへんのは残念やけど、午前中だけでもめっちゃ楽しかったよ。参考にはなったかな? また第二弾しよ」
「はい、是非」
 蓮町が笑顔を見せたとき、藤松の目が険しく変化したのを、増山は見逃さなかった。その視線の先に大柄な男がいて、黒ポロシャツにジーンズというラフな格好をしているが、顔つきは今までに見たことのあるどんな人間よりも冷徹で、容赦がないように見えた。蓮町が振り返り、言った。
「お冬さん、早いですよ」
 藤松と増山が状況を把握できないまま固まっていることに気づいた冬本は、頭を下げた。
「突然、すみません。冬本と申します。理緒さんの護衛を務める者です」
「門限を過ぎたら注意する人ですよね。委員長の増山です」
 増山が言い、冬本は当たらずとも遠からずといった様子で、苦笑いを浮かべた。
「担任の藤松です」
 藤松は今までの朗らかな雰囲気を全て押し殺し、真顔で手を差し出した。冬本と握手を交わすと、言った。
「あの、身分を証明するものを見せていただきたいのですが」
 冬本はパスポートを出すと、入国証明のスタンプが押されているページを開いた。
「今はこれしか」
 藤松はスタンプをじっと見つめると、小さくうなずいて蓮町の方を向いた。
「私の勉強不足で申し訳ないのですが。護衛というのは、どういう事態に備えているのですか」
「全般です。クライアントのSOSは全て受け止められるように、定期的に連絡を取り合っていますし、位置情報も把握しています」
 冬本は面接のように澱みなく言い切り、句読点を表現するように唇を結んだ。藤松はようやく納得し、うなずいた。蓮町は何が問題なのか全く理解できない様子で、藤松と増山の顔を交互に見てから、言った。
作品名:Shred 作家名:オオサカタロウ