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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Shred

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 朝十時、最もにぎやかな駅かつ、西口集合。このハードルの高さをクリアするために、理緒は結局『増山たばこ店』で待ち合わせをお願いすることにした。一人で颯爽と西口から登場できたら、どれだけ格好いいだろう。朝の八時半、私服に着替えて姿見で確認していると、後ろを通った蓮町が笑った。
「理緒、十時だろ?」
「うん、十時だよ。でも増山さんとは九時集合だから」
 理緒は自分でも笑いながら答えて、振り返った。週末、父は日本の拠点を視察するために走り回る。ハンドルを握るのは、新しい運転手の田中有紗。冬本も起きていて、全員が家の中で活動している。その賑やかさに、理緒は鏡の中の自分に微笑んだ。冬本は自分以外の全員が引き払うのを待っているように、少し緊迫した表情を浮かべている。いつも通り仕事モードの『お冬さん』で、そういうときは笑う時間もタイマーで決まっているぐらいに規律正しく、無駄がない。父はいつも通りで、家の中では挙動不審な中年、スーツを着ればビジネスマン。田中はGS350と一体で、車の一部が細身の女性になって歩き回っているような雰囲気すらある。理緒は、その輪から一歩踏み出すために深呼吸すると、言った。
「では、いってきます」
 冬本がうなずき、玄関に視線を向けた。
「いってらっしゃい。自分は同行できませんが、何かあればすぐ連絡をお願いします」
「先生がいるから大丈夫ですよ。昼と夕方に連絡入れます」
 理緒が靴を履き替え始めたとき、キーを指に引っかけた田中が言った。
「冬本さん、私は一時間おきに電話しますから」
「運転に集中しろ」
 冬本が言うと、代わりに理緒が笑い、田中と蓮町も笑った。田中は、理緒の前では『お冬さん』と呼ばず、目に見えない人間関係から逸脱しないよう、節度を守っている。蓮町家の全員が出て行ったことを確認すると、冬本は家の外周をぐるりと歩いた。弓削のスマートフォンは解約されたのか、元の番号は繋がらなくなっている。それに、不審者を見つけてもらうには、この環境はあまりに不利だ。元の家にいたときは、ゲート内を巡回する警備員と立ち話をするだけで、他の家への人の出入りまで全てを把握できた。しかしこの新しい家の周りでは、頭を下げて挨拶する関係しか生まれようがない。もちろんそれでも、蓮町家に敵意を持つ人間がいれば、目を合わせただけで、ある程度は読み取ることができる。しかし、この家の周りは特に、友好的な住民しかいない。増山たばこ店についても調べたが、地元密着の煙草店で、不良のたまり場になっている以外、怪しい点はなかった。藤松は美術部顧問で、教育委員会から表彰されたこともあるエリート教員。表彰状を胸の前に掲げるストイックな表情は、その道のプロであることをはっきりと示している。おそらく、余計な仕事を増やして仲間から敬遠されるタイプ。
 頭の中を関係者の情報で満たした後、職業病を振り払いながら、冬本は家の中へ戻った。この家を侵入者から守るという意味では、一人いた方がいいのは確かだ。


 二日かけてキャラバンのサイドウィンドウを交換した川宮は、ビジネスホテルから出てきた弓削が後部座席に乗り込んでくる姿を見て、そのサラリーマン然とした見た目に笑った。
「スーツしか、持ってないんか?」
「どこでも行けるだろ。こんな便利な服、他にないね」
 弓削の言葉に、川宮は頭の中だけで笑った。プレッサーで綺麗に整えられたスーツ上下で、ネクタイこそしていないがほとんど俳優のように見える。吉田が叩きつけられた跡の残る黒いキャラバンには不釣り合いだが、むしろ目立ってもらったほうが、こちらとしては都合がいい。
「とりあえず近場まで移動するから、そっからは運転任せるで」
 川宮が言うと、弓削はうなずいて紙の地図を眺めた。蓮町関係のエネルギー再生事業は田舎に拠点を持っているから、山道を通らないと辿り着けない。その中で、新しい家から一番近いのは、山の中腹にある再生プラント。道は広く、追い込めそうな待避所はあちこちにあるが、問題もある。このバンでは、GS350には到底追いつけない。
 それに当たり外れは、移動を始めてからしか分からない。うまくこのルートに入ってくれば、そこで初めて当たりだと分かる。弓削は移動を始めたキャラバンの中で、川宮の後頭部を見つめた。川宮の持論では、誘拐は釣りと同じで、根気と工夫が物を言うらしい。弓削のターゲットをうまく捕えたら、もう一人の『教師』も釣り上げるから、その日だけで仕事は終わる。しかし、それが今日とは限らない。これが根気の部分。GS350の現在地を示すGPS情報は、今は川宮のスマートフォンからアプリ経由で受け取っていて、機械に強い川宮はすぐにその設定を完了させた。暴力になると滅法弱いが、小手先には随分と強い。これが工夫の部分。弓削は、川宮がダッシュボードのホルダーに固定するスマートフォンの画面を見るために、目を細めた。
 今は、GS350はまだ家に停まっている。

   
 藤松は、西口に九時四十五分に着いて、一度土産売り場を一周した。担任の教師で唯一の大人としては、遅刻するわけにはいかない。遅刻と言えば、タカシはこっちが寝坊して遅れても、その間にコンビニで小さなクッキーを買って、待ってくれているような人だった。今思えば、仕事の反動で、ずいぶんと甘えていたな。別れて一週間どころか、もう十日経った。その上で強く思うのは、次に進むのではなく、できればタカシと付き合い始める前の精神状態に戻りたいということ。まだあの人が生活のどこにも入り込んでいなくて、大学の同期とチェーンのカフェで勉強をしていた時期。それから四年かけて生まれたのは、やや偏屈で、フロントバンパーが割れた車を所持する熱血教師。工場で見積もりはしてもらったけど、修理するよりは、もう別の車に買い替えたい。次は、ぶつかった相手を粉々にできるような大きい車に。それこそぶつかった相手の、ベージュのジープみたいな車とか。悶々と考えながら歩いていると、目線より少しだけ低い位置で頭が動き、立ち止まった藤松の前で、増山がひらひらと手を振った。
「せんせー、おはようございます。二回、素通りしましたよ」
「あ、ごめん。おはよ」
 呆気にとられた藤松が言うと、増山の隣に立つ蓮町が深く頭を下げた。
「おはようございます、今日はよろしくお願いします」
「蓮町さん、おはよ。さー、全員が十五分前集合。双見高校マジメっ子クラブやな」
 藤松が誇らしげに言い、増山と蓮町も駅の大きな時計を見上げて、思わず笑い出した。
「せんせー、しおりとかあります?」
 増山が言うと、藤松は笑った。
「しおりはないわー、さすがに。歩きスマホで網羅する感じ。港の方に色々あるから、そっちを中心に回ろう。蓮町さん、屋台とか食べ歩いたりする?」
「はい、大好きです」
 蓮町は即答し、二人に合わせて歩き出しながら、去年のことを思い出した。人間の食べ物を取ろうとした代償に、弓削の手で片方だけ羽根を折られたカラス。ここにも何羽かいるが、みんな人間とは距離を置いているように見える。

作品名:Shred 作家名:オオサカタロウ