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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Shred

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 理緒はそう言って部屋へ戻り、冬本は動かずに待った。蓮町は家の中で鳴る物音が全て消えてから言った。
「私物は回収できたか?」
「はい」
 冬本が短く答えると、蓮町は居間に手招きし、隅に置かれた耐火金庫を指した。
「基本、この金庫に入れる。向こうにいたときみたいに部屋に置くのは、ダメだ。本当に必要なときだけ出せ」
「承知しました」
 冬本は紙袋を開いてコルトオフィサーズを取り出すと、撃鉄が完全に落ちていることを確認してから弾倉と一緒に金庫へ入れた。組み合わせ番号を聞き取った後、蓮町に言った。
「週末、理緒さんは新しい友達と先生に、町を案内してもらうそうです」
「聞いたよ」
 蓮町は短く言い、冬本が待っている答えを察して、続けた。
「大人が一緒だから、お前はついていかなくていい。電話一本で動けるようにしといてくれ」
 トレードマークの下手くそなウィンクが続き、冬本はうなずいた。
「蓮町さんは、予定ありですか?」
「二日ほど空けるから、週末はどっちもいないよ」
 つまり、運転手の田中も不在ということだ。冬本は弓削のことを聞くか迷ったが、蓮町がウィンクで力を使い果たしたように眠そうなのを見て、一礼すると立ち去った。蓮町は冬本の背中を見送ってから、まだ片付いていない書斎に戻り、ぼんやりと宙を眺めた。
 弓削を殺すはずだった例の三人と、連絡がつかない。
     
 
 藤松里美の通勤ルート。吉田が工場で話した結果にもよるが、もし荒っぽい手段を取るなら、この道だ。学校から何度か往復している内に、家に近くて墓地の裏を通る少し暗い道か、学校に近い県営スポーツセンターの裏を抜ける道路の、二か所に絞られた。防犯カメラとNシステムを抜けられて、その先にも複数の分岐がある。最終的に足取りが発見されたとしても、その頃には車も関わった人間も、手の届く範囲にはいなくなっているだろう。川宮は、キャラバンの運転席でコーヒー牛乳を飲みながら、スマートフォンを眺めていた。今は墓地の裏にいるが、吉田が嫌がる以外は理想的な『隠れスポット』だ。木曜日になるが、工場からはまだ入庫の知らせがない。下調べする時間は稼げたが、一番いいのは工場で吉田が話しかけるパターンだ。
「もういっこの方、見んでええんか?」
 吉田が言い、居心地悪そうに助手席で尻の位置を調整した。その神経質な仕草に、川宮は笑った。
「もう見たやろ。あっちは隠れる場所がないからな」
「裏、墓地やろ? 縁起でもない」
 そう言ったとき、ミラーに影が映った気がして、吉田は振り返った。
「おい、今……」
「もう、ゲン担ぎもええ加減にせえよな。幽霊か?」
 川宮はコーヒー牛乳をホルダーに置き、吉田の怖がり体質に付き合うように、同じ方向を振り返った。心霊現象なんて、恐怖心が生み出した幻覚にすぎない。こちらを向いた吉田と目が合った川宮は、その表情が驚きに変わるのと同時に、言った。
「ビビらそうとしても、無駄やぞ」
 川宮は、吉田が運転席の窓越しに見ているものを共有しようと、顔を窓の外に向けた。ゴミ捨て場から拾ったゴルフクラブを振りかぶった弓削は、サイドスイングで運転席の窓を粉々に砕いた。ガラス片が川宮の顔に命中し、弓削はドアを開けるのと同時に川宮の首を掴むと、地面に引きずり落とした。川宮はヘッドの直撃こそ免れたが、衝撃で平衡感覚を取り戻せないまま地面に這いつくばった。
「てめーら、この近所をずっとうろうろしてんな? おれは見てたぞ」
 弓削はそう言うと、川宮の腹を蹴り上げた。吉田が助手席から降りて前に回り、ゴルフクラブのスイングを食らわないよう間合いを取りながら、言った。
「何の話をしてんねん。お前、暴行やぞ。通報するからな」
「おー、上等だよ。お嬢の学校と、次は教師の家? 何してんだお前ら」
 弓削はそう言って、ゴルフクラブを地面に捨てた。吉田が気を取られた一瞬の隙を突いて間合いを詰めると、腹に蹴りを二発入れて、戦意を完全に失ったことを確認してから地面に倒した。立ち上がった川宮に気づくと、小馬鹿にするように頭を抑え込み、言った。
「ガッツあるじゃん。でもなー、背が足りないなー残念」
 吉田と同じ高さに繰り出した膝蹴りは鳩尾に命中し、川宮はキャラバンに叩きつけられて、呼吸が止まったように胸を押さえながら前のめりに倒れた。二人を見下ろしながら、弓削はここ二日間の自分の行動を思い出し、人のことは言えないなと考え直した。
 最初は、ワンから聞いた港の情報だった。場所と、荷物がいつ到着するか。そこまで聞いた以上は、予定通り荷物を発送してもらう必要がある。ナイフを頬に刺した翌日の昼、ワンは発送を含めて全ての手続きが終わったと、連絡を寄越してきた。信じない理由もないから、当然そのようにしたし、こちらの手続きも終わらせる必要があった。ワンについて、一つだけ褒めることがあるとすれば、グロック36の銃口と目が合っても、一切顔色を変えなかったことだ。大した奴だった。首に一発食らわせて失血死させてもよかったが、その態度に敬意を払って、予告通り頭への一発で終わらせた。グロック36を送る相談をしたら良かったと後になって思ったが、信じるわけにもいかないし、結果的にこれでよかったのだと思う。日本に着いたのは火曜日の夜だが、現金も換金できたし上出来だった。
 吉田がよろけながら立ち上がったことに気づいた弓削は、ゴルフクラブを拾って膝に打ち下ろした。キャラバンの車体と挟み込むようにその体へ前蹴りを打ち込み、表情が苦痛に歪むのを眺めながら、笑った。
 冬本は、予定通り水曜日の夜に現れた。運転手付きだったが、レクサスGS350を真向かいに停めるような素人だったから、最後の発信機を底へ貼り付けるのも簡単だった。蓮町家の新居が割れて、次にお嬢の通う高校が分かった。そして、現地を一往復しただけで、この黒いキャラバンが目についた。どんな国に行っても、犯罪者というのは一番美味しそうな物に目をつける。
「一旦、休憩だ。次のラウンドは骨も折るぞ。じゃー、小さい方。正直に言えや。お嬢狙いか、あの教師を狙ってんのか、どっちだ?」
 川宮は細く息を吐きながら、弓削を見上げた。
「……お嬢って?」
「じゃー、教師狙いか」
 弓削は勝手に結論付けると、吉田に言った。
「でかい方。お前の言い分は?」
「おれも、そのお嬢が分からん」
 吉田が絞り出すように呟き、弓削は拍子抜けしたように言った。
「お嬢は関係なし?」
「それが誰のことか、マジで分からん。人違いや」
 吉田はそう言うと体を起こし、キャラバンに背中を預けて座った。弓削は気合いを失ったように地面に腰を下ろすと、宙を眺めたまま呟いた。
「なんだよ、面白くねえな」
 川宮は、吉田と同じようにキャラバンにもたれかかって座ると、言った。
「そのお嬢ってのは、誰のことやねん」
 弓削の目が鋭さを取り戻したことに気づいた吉田は、川宮がそれ以上言葉を継ぐのをやめさせようとしたが、川宮は続けた。
「お嬢には指一本触れさせんってか? お前は、そのお嬢の何やねん」
「おれは護衛だよ。元、だけどな」
「今は? クビになったんか?」
作品名:Shred 作家名:オオサカタロウ