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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Shred

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 冬本は目を合わせることなく笑い、田中が車間距離を保ちながら、車の流れを未来予知するように車線変更を続けていることに気づいて、言った。
「どういう訓練を受けた?」
「なんて言うんでしょう。要人警護専門のやつっすね。進路塞がれたら、車のどこを当てて逃げるとか、あるじゃないですか」
 澱みなく話す田中の様子を見て、冬本はスマートフォンに目を向けた。田中は性別が違うにしても、どことなく弓削に似ている。そのことが頭に浮かんだとき、昨日送った『顔合わせはどうなった?』というメールに対する弓削からの返信が、まだ来ていないことを思い出した。次の分岐に近づいていることに気づいた冬本は、メールの件を一旦頭の片隅へ追いやって、言った。
「次の出口で降りて、T字路を右。フェリー乗り場の看板を左で頼む」
 田中はエンジンブレーキをかけながらバイパスを降り、言われた通りに道を辿ると、港が見えてきた辺りでスピードをさらに緩めた。冬本は、ドックが見えてきたところで言った。
「ここでいい」
 助手席から降りて手の平をくるくると回し、周回するようジェスチャーをすると、冬本はドックの方向へ歩き出した。その後ろ姿を見送った田中は、思わず噴き出した。
「今のくるくる、何?」
 独り言を言った後、帰る方向へ車を向けろという意味に解釈した田中は、奥の交差点でUターンして対向車線に移り、ドックが見えるところへ停車すると、ハザードを焚いた。
「緊張するわ」
 元々独り言の多いタイプだったが、車の中で一人になると、余計にその傾向は強くなる。田中は、オーディオのボリュームを上げた。AM1984のジュリエットが息を吹き返したように車内へ流れ出し、話し相手を見つけたように田中はナビのディスプレイを眺めた。冬本がナビに登録させなかったのは、万が一この車が奪われたときに、その履歴を辿られる可能性があるからだ。海外で十年間護衛をしてきたキャリアは、伊達ではないらしい。ジュリエットが終わって、次のスターファイターが曲の中盤に差し掛かったところで、突然気づいたように田中は姿勢を正した。
「あー、そういうことか」
 冬本が手をくるくると回していたのは、停まらず周回していろという意味だ。田中はハザードを消すと、二車線の道路にGS350を合流させた。二周したところで、紙袋を持った冬本がドックから出てくるのが見えて、田中は路肩に寄せてハザードを焚き、冬本を乗せた。
「順調っすか?」
「なんだ、音楽聴いてんのか?」
 冬本が顔をしかめたことに気づいて、田中がボリュームを下げようとすると、冬本は首を横に振った。
「いや、消さなくてもいいけど。ぐるっと回ってて、怪しいやつはいなかったか? 車でもいい」
「トラックばっかりでしたね。仮眠やと思います。人は見ませんでしたね」
「了解、とりあえず行こう」
 短いやりとりがテンポよく終わり、冬本は田中から見えないように口角を上げて笑った。自分と同じか、それより少しだけ早いペースで答えが返ってくるのは、正直ありがたい。弓削からのメールが来ていないかチェックしていると、田中は言った。
「帰りはナビなし?」
「戻るだけだろ。おれはメールチェックが忙しいんだ」
「へー、彼女とか残してきたんすか?」
 田中はそう言って、答えを初めから期待していないように、運転に集中し始めた。冬本は、その言葉をじっくりと頭で受け止めて、考えた。弓削はあくまで仲間で、少なくとも友人ではなかった。どちらかと言うと『息子』だ。老婆心で色々とアドバイスをしてきたのも、その疑似的な親子関係によるものが大きい。問題があるとすれば、十年経った今も、弓削がアドバイスを素直に実践するところだ。自分の考えを持って、それは違いますと言ってくることもあるのではないかと思っていたが、今思い返すと、そんなことは一回もなかった。だからこそ、羅針盤を失ったときは危険人物になる。冬本は小さく咳ばらいをすると、言った。
「田中さんならどうするか、教えてほしい。今まで十五分以内に必ず返事をしてきた奴が、一日メールを送ってこない」
「あー、それは泣く」
「泣いた後は、どうする?」
 冬本が言うと、車線を縫う高速運転を再開していた田中は、走行車線に戻ったタイミングで言った。
「諦めますねー。縁切れですよそれは。奴って、男なんですか?」
 田中の興味津々な口調に、冬本は笑った。
「なんで勝手に、彼女って決めてるんだよ。向こうで護衛を一緒にやってた仲間だ」
「へー、冬さんが一人でやってたんかと思ってました。あ、私は田中有紗なんで、アリサでいいです」
 弓削は、いなかったことになっているのだろうか。それか、蓮町がまだそこまで話していないだけか。今ここにいない人間のことをわざわざ話す必要はない。それは分かっているが、これだけ気さくな相手なら、向こうで護衛をしていた人間の話ぐらいはしそうな気もする。しばらく考えていた冬本は、返事を忘れていたことに気づいて、言った。
「アリサね、了解。あとおれは、冬さんってことになるのか?」
「だめですかね?」
「いいけど、理緒さんがお冬さんって呼ぶから、統一してくれると助かる」
 短いやり取りが終わり、田中が前を向いたまま微笑んだことを確認した冬本は、メールチェックを続けた。蓮町はすでに仕事を始めているし、送迎はしかるべき運転技術を持つ『アリサ』が担当している上に、理緒は学校を楽しんでいるようだ。なら、自分がここに来た理由は何だろう。冬本は景色の中で次々流れる照明柱を眺めながら、考えた。コルトオフィサーズは、無事入手した。ブルーイングを何度もやり直した、骨董品の四五口径。十八発の弾は動作不良を避けるために、ラウンドノーズで統一している。そんなことが過去のように感じるぐらい、全てがスムーズだ。しかし直感は、その真逆のことを警告灯のように点滅して、伝え続けている。
 弓削は一体、どこにいるのだろう?
 田中が車庫にGS350を戻したときは、深夜一時になっていた。田中がパンプスに履き替えて家の中に戻り、冬本は家の周りを一周した後、玄関のドアを開けた。窓のチェックをして回っていると、ピアノの部屋の前に理緒が立っていて、手を振りながら冬本を呼び止めた。
「お冬さん」
「理緒さん、明日は学校では?」
 冬本が時計を見て驚きながら言うと、理緒は笑った。
「週末ね、増山さんと先生が、街を案内してくれることになりました。藤松先生、本当にいい人なんですよ。あとね、増山さんは学校の人みんなと知り合いみたいで、すごく顔が広いんです」
 ここ数日、親子で夕食を食べながら話している内容とほぼ同じだったが、増山の『顔が広い』下りは初耳だった。冬本は言った。
「増山さんは、煙草屋さんが実家の委員長ですね? すごく明るい方だと」
「一回で覚えてるんだ。やっぱお冬さんは良い……」
 理緒は少しだけ歯を見せてはにかむと、壁を見上げるように冬本の顔に視線を向けた。冬本はお礼の代わりに笑顔を作ると、言った。
「環境が大きく変わったので心配していたのですが。学校に馴染めたようで、安心しました」
 蓮町が通りがかり、理緒の顔を見るなり呆れたように言った。
「もう一時だぞ、寝なさい」
「はあい、おやすみなさい」
作品名:Shred 作家名:オオサカタロウ