ポイントとタイミング
そんなのはただのきれいごとであり、あのオンナこそ、人間の皮を被った悪魔なのだ。しかもそんな悪魔はあれだけ計算高いのに、自分の計画したことだけの一部だけしか見えていない。当然、あみのことなど分かろうはずもないに違いない。
「私の旦那は末期がんだったの。そういう意味で、覚悟もできていただろうし、きっと最後は自分のことだけを考えて死んでいったと思うの。もちろん、私のことも考えてくれていたはずなんだろうけど、先が見えている人間は、最後は結局一人なのよ。あの犯人のオンナの誤算はそこになったのかも知れないわね。そんな彼を殺してしまったこと、黙って死ぬのを待っていれば。警察もうちの旦那を警察が意識しないで済んだはずだからね」
「そうだったんですね。この事件はどのように計画されたものなのかは私には分かりませんが、今お話を伺っている感じでは、明らかに犯人の計算外のことが起こっていて。そこが却って事件を複雑にしているように思えるんですが、でももっと考えると、計画殺人なんて、大なり小なり、どれも変わりがないということなのかしら?」
「そうなのよ、あなたの言う通りなのかも知れないわね。この事件には、ポイントがある。私の旦那が末期がんだったということ。そして、この事件に関してはあなたの彼氏は大した役割を持っているわけではないということ。でも。絶対的に犯人に利用されるだけの過去があった。彼は犯罪者であり被害者でもある。きっと、警察もそのうちにこの犯罪にも気づくでしょうね。そして、この事件のもう一つのポイントが、この事件には行方不明者が多いこと。一人は闇で殺された名古屋紗耶香さん、そして一人はあなた。そしてもう一人はこの私。三人が三人ともまったく違った形よね。一人は殺されている、もう一人は、組から人質のようになって、ソープに売られた。これはあなたのことよね? そしてもう一人は、組織から逃げるための、真相を究明したいという意識もあって、犯人の店に潜り込んだこの私。そこが特徴だと言ってもいいわね。そして、もう一つ、それは私とあなたの彼氏、最初に死体が発見されたのがどちらであっても、犯人にはあまり関係なかったということ。これって、本当に恐ろしいことだと思うわ」
と、奥さんは推理していたが、この推理は、浅川刑事の推理とほぼ一緒である、
ということは、二人はある意味において、事件に対して立っている位置が同じだということになる。
同じ位置から事件を見ることで、それぞれの立場から見ていたのだろう。
そして、あいり、つまり鶴橋あやめは、彼女を救い出すことが自分の役目だと認識している、
さらにここが大事なのだが、二人が揃って警察に出頭することで、きっとこの事件は解決すると考えられる。
あいりの考えは別に夫の仇を取り隊だとか、正義感に燃えているものではない。
この世において、想像を絶する空前絶後と言ってもいいほどの悪党である犯人を、完膚なきまでにやっつけたいという意思があったのだ。
そして警察にも、
「そんな恐ろしい悪党がたった一人いるだけで、因果が勝手に結びついてしまい、まわりのどれだけの人に影響を与えて、死ぬ必要のない人ばかりが死んでしまうことになる」
ということを知らしめたかった。
そう、この事件の特徴は、殺された人全員が、殺される必要などない人たちばかりである。
だから、本当はもっと犯人の特定に時間が掛かるものなのだろうが、この犯人の特徴が強すぎて、却ってすべての事実が犯人を指し示しているのだろう。
「あみさんは、きっと彼から何かを預かっているんでしょう?」
と訊かれて、あみは事件の全貌を知ることで、彼から預かっているものが役に立つことを確信していた。
「ええ」
と答えたあみは、この前までの怯えたあみではなかった。
すでに店では最初とはまったく違ったあみに対して、
「何があったんだ?」
と感じさせるような、まるで別人のようであった。
あいりは、そのうちにここを抜け出して、警察に出頭するタイミングを計っている。それはそんなに難しいことではない。ただ、問題はタイミングだった。
これでもかというほどのタイミングをあいりは模索している。
あいりには警察にも自分を同じ考えの人がいることを、なぜか自覚していた。
「これが私のやり方なのよ」
と、犯人に向かって勝利宣言をしたいくらいだった。
ただ、あいりは自分に言い聞かせる。
「私は一体誰と戦っているんだろう?」
と……。
そう、これこそが、この事件で一番のポイントなのかも知れない……。
( 完 )
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作品名:ポイントとタイミング 作家名:森本晃次