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雑草の詩 6

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 クリスマス!
 いつの頃からか、この日を家族や仲間達で祝うようになって、幸恵がパチンコ屋の次に勤めた部品工場も日曜日と重なって、今日はお休みだった。
 午前中に家事を終えた幸恵は、午後から買い物に出かけた。別に何を買うという目的もなくブラブラと街を眺めながら歩いていた幸恵の足は、知らず知らずの内に、真悟の通っている大学のある街へと向かっていた。
 駅を出ると、駅前の商店街は奇麗に飾り付けられて、到る所から流されるジングル・ベルが街中にあふれていた。
 師走の町中を行く人たちは、買い物の品々を一杯に抱えた女の人、ケーキやおみやげを手にして家路を急ぐ男の人、様々だった。自分と同世代の若いカップルを見て、真悟の姿を思い起こしながら、何やら楽しげに街を行く幸恵だった。
 アチコチに気を取られながら歩いていた幸恵がふと投げた視線、・・・・・その中に忘れられない顔があった。

 真悟の姿をめざとく見つけた幸恵は、とっさに近くの本屋に駆け込んだ。そして人混みに紛れて入り口のガラス越しに真悟の姿を追った。幸恵に見つめられているなどとは夢にも思わぬ彼は、隣を歩く女の子と腕を組ニコヤカに語り合いながら、幸恵の前を通り過ぎていったのだった。
 本屋から出た幸恵は、じっと体を硬直させたまま真悟の後ろ姿を追い続けている。やがて真悟と連れの女性は人混みの中へ溶け込み、幸恵の前に二度と現れることはなかった。

 何本もの電車を、彼女は見送り続けた。ホームのベンチに座ったまま、幸恵は石と化している。
「ハイッ!」と突然、幸恵の前に差し出された可愛らしい手、その手の持ち主の小さな男の子の握っていたものは、暖かく微かに湯気さえ立てている焼き芋だった。
「これ、あげる。」
 少年は顔をあげた幸恵に向かってニカッと微笑んだかと思うと、焼き芋を手渡して駆けていってしまった。微笑みを返す暇さえ与えずに。
 少年の後ろ姿を目で追う幸恵。やがて少年は母親らしき女性の許までたどり着くと、嬉しそうに彼女に語りかけた。彼女は彼の言葉を聞き終えると、静かに微笑んで彼の頭を撫で、幸恵の方へと視線を向けた。微笑みに讃えられた彼女の表情に誘われるように、忘れていた微笑みを取り戻した幸恵だった。
 幸恵は彼女に頭を下げた。彼女もそれに答え、それから少年の手を引くと丁度来合わせた列車に乗り込んだ。列車の中から、少年は盛んに幸恵に手を振り続けている。やがて列車は動き出した。幸恵も少年に手を振る。そして少年とその母親に、深々と一礼した。
 温かい焼き芋を握り締めたまま、列車の走り去ったホームに、幸恵はしばし立ち尽くしていた。



幸恵と真悟が別々の人生を歩き始めて、すでに四年の歳月が流れていた。お互いに相手の消息を追い求めながらも、幸恵は部品工場に、真悟は大学にとそれぞれの道を進んでいた。
両親からの援助を受けながら学生生活を送っている真悟だったが、彼の脳裏から幸恵の姿の消えることはなかった。父親と真悟に説得された形の母親も、 もう一言の口出しも真悟に対してすることはなく、幸恵との再会を固く心に誓い、真悟は学業に専念した。

新聞販売所での寄り道を経て、 翌年4月に大学に入った真悟もう3年。大学生活にも慣れた真悟は手話のボランティア・グループに入会した。以前から、幸恵と再会した時にと、彼は手話の会得を決めていたのだった。

「坂口さん、帰りご一緒させてもらっていいですか?」
講習会の帰り道、真悟の後を追うようにして駆けてきた女性がいた。
「ええ、いいですよ。」それは同じグループの松井絵理という、女子大に通う20歳の女性だった。
暫く黙ったまま真悟に寄り添うようにして歩いていた絵理だったが、二・三歩駆けたかと思うと不意に振り返り、真悟の顔をじっと覗いて、
「ねぇ、お茶に誘ってくださらない?」と甘えるようにササヤいた。
絵理の言葉に戸惑いながらも、
「ええ、いいですよ。」と答えた真悟だった。別に断る理由もなかった。

二人して 喫茶店のテーブルについてから、絵理は楽しそうに喋り続けていた。自分の家族のことや学校のこと、そして趣味に自分の夢にと、真悟に答えを求めることなく喋り続けている絵理を見ながら、真悟の心もいつになく華やいだ気持ちでいた。幸恵との別離以来、他の女性に何の興味さえもたずに来た真悟にとって、突然の絵理の出現はまさしく春の訪れだった。
「ねえ、坂口さん、電話番号教えて。
それから、これからも時々こうして会ってくださる?」
駅まで見送りに来た真悟に向かってそう尋ねる絵理に、電話番号を書いた紙切れを渡して、
「僕も楽しかったよ。君さえ良ければね。」そう答えた真悟だった。
「じゃあ、これ。
ありがとう私も楽しかったわ。」と真悟に電話番号の書かれたメモを手渡した絵理は、振り返り振り返り、笑顔で手を振り改札口を抜けていった。
それからしばらく経ったある夜、真悟の部屋の電話が鳴った。それは絵里からのものだった。
「やあ君か、どうしたんだい。こんな遅くに。講習会にも出てこないから心配してたんだよ。」
「どうして電話くれなかったんですか?
私、ずっと待ってたんですよ!」
今にも泣き出さんばかりの絵理の声に驚いた真悟は、
「試験があったもんだからね、いろいろ取り込んでて。」と、咄嗟の出任せを言った。
「エッ、試験だったんですか。
いつまでなんですか?」 電話の向こうで、絵理の声は急に活気を帯びた。
「う、うん、昨日で終わったんだ。」
「じゃあ、明日、会えますか?」と声を弾ませて尋ねる絵理に、
「明日は駄目なんだ。大切な授業もあるし・・・・。
日曜日にしよう、そうだ日曜日がいいよ。」そう答えるよりほかに術はなかった。
絵理ははしゃぎながら約束の場所と時間を決め、そのまま相手のことなど構わずにしゃべり続けた。絵理の長電話の話の相手を終えた真悟は、驚きと戸惑いを感じながらも、甘えん坊の我儘な妹ができたような気分を味わっていた。

日曜日。 約束の時刻を、もうとっくに30分は過ぎていた。(場所も間違えていないし、どうしたんだろう。何かあったのかな)段々不安になってきた真悟だった。
「真悟さァーん!」手を振りながら駆けて来るのは、可愛らしい服を身に着け、溢れんばかりの微笑みを浮かべた絵理だった。
「ごめんなさい、待ったでしょ。」
全く悪びれた様子もなく真悟に向かって微笑みかける彼女に、誘われるように微笑みを返して、
「いや、そんなでもないさ。」と答えた真悟だった。しかしそんな真悟の言葉を聞く風もなく、傍らに寄り添った絵理は彼の腕を取り引きずるようにして歩き出した。
「ねえ、映画見に行って、それから遊園地行こうね。さあ、急いで!」
ふたりは何年来かの恋人のように、腕を組み映画館へと向かった。

「アーア、疲れちゃった。でも、とっても楽しかったわ。ねぇ、真悟さんも楽しかった?」
並んで歩く真悟にもたれかかり、絵理は甘えるように尋ねた。
「あー、 楽しかった。」
「本当、よかった。じゃあ、また行こうね、一緒に。」
真悟の腕にぶら下がるようにして歩く絵理に彼も優しくそう答え、ふたりは 絵理の住むアパートへと向かっていった。
作品名:雑草の詩 6 作家名:こあみ