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雑草の詩 6

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「ねえ、部屋へ上がって。コーヒーでも飲んでいけばいいわ。ねえ、そうしよう。」
「いや、今夜はやめとくよ。明日は早いし、また今度にしよう。」
真悟は、彼の腕を引っ張る絵理の手を優しく離すと、
「おやすみ、いい子だから。」優しくそう呟いた。
「じゃあ今度ね、絶対よ!はい、約束。」
愛らしい小さな手を差し出す絵理に、恥じらいに赤面しながら真悟も手を差し出した。
この日以来、 真悟と絵理はデートを繰り返すようになった。彼女の部屋で食事したり一緒に酒飲みに出かけたり、真悟と絵理の関係は急速に進展していった。

5

「ねえっ、真悟!こっちよ、こっち!」
  砂浜で日光浴をしている真悟の名を、絵理は大きな声で呼んだ。日除けの麦わら帽子を取って起き上がった真悟は、絵理の姿を求めた。彼女は膝まで海水に浸かるところに立って彼に手を振り続けている。やがて絵理は真悟に背を向けると、海岸線と平行に駆け出していった。
そんな絵理を、楽しげに微笑みながら見守っていた真悟だった。背の中ほどまで伸びたしなやかな黒髪、その黒髪を風になびかせて駆けていく絵理。燃え出さんばかりの赤い色をした水着を身に着けた絵理の体は、余分なゼイ肉もなく、まばゆいほどの美しさ・・・・・。真悟は思わず立ち上がった。そして・・・・・。
太陽の光を体全体に受けて駆けているのは、絵理の姿ではなかった。

「ねえ、どうしちゃったの、真悟。ずっと黙ったままで。
ああっ、疲れたんだね。若さないなあー!」
「う、うん。」と、曖昧な返事ばかりを繰り返す真悟だった。
「さあ、部屋行こう。ちょっと休めば元気が出るから、ねっ。」
絵理に請われるままに、真悟は彼女の部屋へ上がった。
「ビール買ってたんだ。
 はい、真悟、乾杯!」
手渡された缶ビールを一息分だけ飲んだ後も、真悟の顔から陰鬱な表情は消えず、押し黙ったままだった。そんな真吾の様子など意に介する風もなく、絵理は部屋の中をアチコチ動き回っていた。
「ねぇ、どうしたの?」
黙ったまま返事さえよこさない真悟の脇へ座った絵理は、無邪気に問いかけた。
「ねぇ、真悟。」 しかし、真悟はやはり沈黙を守り続けている。
すると突然、 絵理は真悟の両頬に手を当てて上を向かせ、その視線を彼女のそれと重ね合わせた。
「真悟、好き!」次の瞬間、絵理は真悟の体に覆い被さるようにして抱きついていった。
「好き!好き!好き!好き!」
その言葉を繰り返す絵理。二人はもつれ合うようにして畳の上を転げた。そして絵理は、真悟の首にすがるようにして両手を回し、きつく抱きしめ、その唇に自分の唇を合わせた。
絵理の柔らかな熱い唇から漏れる吐息に、真悟の感覚はしびれるように現実の世界から遊離していった。時間の谷間深く身を沈めた二人は、熱い吐息を交わし抱擁を繰り返した。

「ねえ、向こうに行こう。」
真吾から体を離した絵里は、 恥じらいにうつむきながら小声でつぶやいた。そして彼に背を向けると、隣の部屋へと消えていった。
静まり返った部屋の中、放心したように大の字になり、じっと天井を見上げている真悟の耳には、身に着けていた服を一枚ずつ落としている、絵理の動きの音だけが入ってきた。
「ねぇ、真悟、ねぇ・・・」
ベッドの中から甘く真悟を誘う絵理の声。真悟は立ち上がると、吸い寄せられるようにベッドの側へと歩み寄った。絵理は真悟に背を向け、布団にくるまったまま息を殺している。薄明かりの中で真吾の瞳に映ったものは、白いカバーの上に広げられた絵理の黒く長い髪だった。
真悟の表情は一変した。昼間から陰鬱に漂っていた黒雲を一陣の突風は蹴散らして、 全ての物事の整理をつけた。
「ごめん、俺、帰る!」
そう言い放つと、 真悟は後ろも見ずに絵里の部屋を飛び出して行った。
「ねぇ、どうしたの、どうしたの!」
絵理の言葉も真悟には及ばない。アパート出た真悟は、狂ったように駆け続けたのだった。

部屋へたどり着いた真悟は、そこら中の荷物をひっくり返し、幸恵の写真を探しもとめた。そしてやっと見つけ出したその写真を手にして、ただじっと涙を落とし続けていた。
「ねぇ、真悟。 開けてちょうだい。」
絵理の声だった。真悟は力なく立ち上がりドアに歩み寄った。
「ごめん。 帰ってくれないか。今夜は一人でいたいんだ。」
「ねえ、私が悪かったのなら謝る。でも、その前に訳を教えて欲しいの、お願いだから。
私、あなたのことが好きだから、あんなことして。でも好きなの、あなたのすべてが欲しかったの・・・・」
ドアの向こうで、声を震わせながら語り続けている絵理。真悟はドアを開けた。

「君といると僕も幸せだった。忘れてたんだ、一番大切な人を。
ごめん、僕は、もう君の顔すらまともに見ることができないんだ。ごめん、本当に悪いと思っている。」
言葉を区切り真剣な眼差しで絵理に向かい、真悟は、己の心をさらけ出し続けた。
「そう、 わかった。じゃあ、私これで帰る。」
涙の跡を拭い、微笑みさえ浮かべようと努力しながら、絵理は立ち上がり真悟に背を向けた。
「送っていくよ、もう遅いから。」真悟も彼女の後を追い立ち上がった。
「いい、 別れが辛くなるから。このまま、中にいて、ねっ。
まだ今なら、笑った顔でサヨナラ言えるわ。」振り返った彼女は、微笑みながらそう言った。その頬には、新しい涙の跡が伝わっている。

「サヨナラ。」背中でもたれかかるようにしてドアを閉めた絵理だった、美しく輝く月の夜、その月を見上げたまま泣くことと、笑うことを同時にやっているかのような顔をした彼女は、大粒の涙をポロポロこぼし、唇を震わせ立ち尽くしている。
やがてやっと涙が止まった頃、 絵理は誰に向けるともない微笑みを浮かべ、 力強く第一歩を踏み出したのだった。

つづく
作品名:雑草の詩 6 作家名:こあみ