奴隷とプライドの捻じれ
「麗子とゴーストライターの二人は、犯行をごまかしながら、佐山先生を殺して、自分たちが捕まらなければよかったんです。でも由香は違いました。佐山先生をどうしても表に晒すことをしたかったんです。二人の計画ではそれはありえないことでした。特にゴーストライターの女性は、どうやら、女将と以前関係があったようで、その時の恨みがあったんだそうです、その恨みを晴らすという意味でも、女将を晒したかったんでしょうね。でも犯行が完了してしまうと、そこから先で一番重要なのは、この三人が、事件に関係していないということを示すのが大切なんですよ。そういう意味で、麗子が山内に会いにきたのは、疑惑は持たれるかも知れないが、証拠は絶対にないのだから、却って、麗子を事件とは関係のないものとして考えることができるというちょっと冒険に近いことだったんでしょうね。そのあたりが、この事件の周到な部分だったのかも知れません。そうやって考えてくると、この事件には、男女の愛憎も、作家同士の素人には分からない感情の入り栗であったりが潜んでいたんでしょうね。ある意味この事件は、最初からいろいろ何重にも重なったものが蠢いていたわけで、そこに人の心理が絡んでくると、微妙に崩れていくということで、逆にいうと、これくらいの早期解決ができなければ、今度は袋小路に迷い込み、下手をすれば、迷宮入りだったなどということになりかねない事件でもあったと言えるでしょうね。それはこの事件の一難難しいところであり、怖いところだったと思います」
と山田刑事が言った。
事件はほぼ、山田刑事の推理通りに解決したが、一つ由香が言っていた言葉が気になった。
「私が佐山先生を晒したのは、佐山先生が憎いからではないんです。自分への戒めのつもりだったんですが、それは、山内さんへの気持ちでもありました」
意味を聴いたが、由香は話そうとしない。
なぜなら、山内の奴隷としての感覚は、この事件の裏の裏にあることで、警察には知られたくないという思いがあったからだった……。
( 完 )
94
、
作品名:奴隷とプライドの捻じれ 作家名:森本晃次