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クリスマス・ディナーの惨劇 ~掌編集 今月のイラスト~

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「見ればわかるだろう? デザートのシャーベットに虫が入っていたんだよ」
「まさかそのようなことは……」
「ああ? 俺が嘘ついてるとでも言うのかよ!」
「滅相もございません」
 見れば高級そうだけどあんまり品のないスーツに身を包んでる、いかにもDQNって感じの男。
 まともに働いてるような男にも見えないから、多分親が金持ちなんだろうね。
 連れの女もギャルっぽい感じで、DQNが偉そうに言いがかりをつけるのをケラケラ笑いながら見ている。
「あれ……多分自分で入れたな……」
「自分で? 虫を?」
「これほどの店であんなミスをするとは思えないし、シャーベットを作る時や盛り付ける時に見落とすはずもないよ、ああやって言いがかりをつけて代金を踏み倒そうとしてるんだよ、きっと」
「お金ありそうに見えるけど……」
「まあ、金がどうこうじゃないんだろうな、ああやって威張り散らして店をへこますのが快感なんだろう」
 彼は最後の方に向かって声を大きくしてた。
 フレンチと中華、高級店と大衆店の違いはあっても同じ飲食業者として腹に据えかねてたんだと思う。
 そしたらその声を聞きつけたのか、DQNが。
「ああ? 何だ? てめえ、なに訳の分からねぇ事言ってるんだよ」
「あんた、自分で虫を入れたんだろう? よくある踏み倒しの手口だよ」
「証拠でもあるっつーのかよ、ザけんなよ!」
 DQNが椅子をひっくり返す勢いで立ち上がるとギャルは小さく手を叩く、無駄にイキってる彼をカッコイイとでも思ってるんだろうか、男もますます調子に乗って来た。
「おい! てめぇ、ちょっと顔貸せや」
 ケンカを売られて彼も立ち上がった。
(え? 強いのかな、柔道かなんかの心得があるとか?)
 一瞬そう思ったけどそうじゃなかったみたい。
 彼は男に胸ぐらをつかまれると、あっさり突き飛ばされてあたしたちのテーブルを巻き添えにしてひっくりかえってしまった。

 その時よ……あたしの中で何かが弾けたのは……久しぶりにアドレナリンが身体を駆け巡るのを感じてた。
「ちょっと、あたしの大事な彼になんてことするのよ!」
 倒れてる彼に近寄ろうとするDQNの前に立ちふさがると、あいつはあたしを見下すようにせせら笑った。
「大事な彼だぁ? その冴えないのがか? どうでもいいけどすっこんでないとあんたも痛い目見ることになるぜ、俺は女だからって容赦しないからな」
「やれるもんならやってみなさいよ、まあ、見たところガタイは良いし、その様子だとケンカ慣れもしてるんでしょうね、でもね、生兵法はケガの元とも言うわよ」
 あたしは貰ったばかりの指輪を外すと、ようやく上半身を起こした彼に渡した。
「ごめんなさい、やっぱりこれは受け取れないわ……」
「え? やめなよ、ケガでもしたら……」
「大丈夫、ケガするのは向こうだから」
 あたし、右の拳を、指輪を外したばかりの左の掌でさすりながら言ってやったわ。
「どこからでもかかってらっしゃいな、あんたにその度胸があればだけどね」
 冷ややかな目でそう言ってやると、DQNの顔が紅潮し始めた。
「このアマ!」
 頭に血が上ってる相手をいなすのはたやすい。
 DQNが繰り出して来た右ストレートを、身体を右に捩るようにして避けると、その勢いのまま左のボディフックを右わき腹にめりこませた。
「ぐあっ! 痛えっ!」
 肝臓って身体の右側にあるのよ、喧嘩自慢なら腹筋くらいは鍛えてるんだろうけど、脇腹って筋肉でガード出来ない、あたしの左フックは肝臓に直接響いたはず、受けてみればわかるけどレバーショットをまともに食らうと滅茶苦茶痛いのよ……。

 そう、あたしは元キックボクサー。
 小学生の頃、父の花屋の関係で選手に花束を渡すフラワーガールを務めたことがあって、まばゆいライトに照らされたリングに上がったの、そして会場の熱気をひしひしと感じて舞い上がったわ、『うわぁ、こんな世界があるんだ』って。
 あたしが花束を渡したのは、破竹の勢いでランクを上げて来た日本人の美人ファイター、当時無敵と謳われたアメリカのチャンピオンに挑戦したの。
 これから試合だっていうのににっこりと微笑みかけてくれた彼女、あたしはいっぺんで熱烈なファンになったわ。
 で、試合は最終ラウンドに挑戦者得意の踵落としが決まってKO勝ち、それから10年間、彼女はチャンピオンの座を誰にも譲らなかった。
 小さい頃のあたしはお転婆で、見かねた両親が空手を習わせたくらいだから格闘技には元々なじみがあったの、で、高校を卒業すると親の反対を押し切ってキックボクシングのジムに入門したわ、それから4年間経験を積んで、22歳の時、ずっと目標にしてたあのチャンピオンに勝利してベルトを巻いた、そして彼女と同じように10年間それを誰にも渡さなかった。
 32歳で引退したのは憧れだった前チャンピオンの連続防衛記録を破って『もう充分にやり切った』って思えたから、それからはもうひとつの憧れだった『お嫁さん』の座を奪取すべく婚活に励んでたってわけ。

 あたしのレバーショットをまともに食らったDQNは痛みのあまりかがみこむように膝をつきそうになったけど、それを許すあたしじゃない。
「ぐへっ!」
 左の膝蹴りを鼻にお見舞いして親切にも体を起こしてさしあげたわ、膝の感触からすると鼻骨が折れたでしょうね、お医者さんに行けば鼻を両手で挟むようにして、引っ張り出すみたいにして整えてくれるけど、それって折れた時より痛いのよね、あれは二度とごめんだわ。
 DQNの上体が起きたのは良いけど、今度はそのまま尻もちをつきそうになる、でもまだまだこんなものじゃ終わらせてあげない、重心が後ろにかかってる状態で右の前蹴りを胸板にかましてやったわ……ピンヒールで。
 そしたら壁際まで吹っ飛んで飾ってあったアンティーク調の椅子に倒れ込んだ。
 そこから崩れ落ちるか降参するかすればそこで止めてあげたんだろうけど、あいつ『畜……生……』って呻きながら立ち上がろうとしたのよ。
 まだ向かって来ようとする相手にトドメを刺しに行くのはファイターの本能よね。
 お尻を浮かせたDQNの正面で思い切り足を振り上げたの。
 そう、踵落としよ、あたしの得意技にして最『凶』のフィニッシュ技。
『ぎゃっ』 
 椅子から立ち上がろうとしてるところで頭の位置も低かったから、思いっきり踵が脳天にめり込むみたいに決まったわ。
 バキッ。
 あらら、アンティーク椅子の猫足が四本とも折れちゃった、DQNは正座から脚を開いてお尻を付けたみたいな、いわゆる女の子座りになって燃え尽きた時の矢吹丈みたいに腕と頭をだらんと垂らしてる。
 完全に失神したDQNを冷ややかに見下ろすと、中華料理店のガスバーナーみたいに囂々と音を立てて燃え盛ってたあたしの闘志が、ガス栓を閉じたみたいにすっと引いて行ったわ。
 それと入れ替わりに、今度は氷水をバケツで浴びせられたみたいに血の気が引いて行った。

(やっちゃった……)