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悔季 geki ~violent~

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 俺は手すりを握りながら階段を上がる。

 軽やかにケルベロスから逃げ回る支配人の足から見えているのは長い下駄。いつの間にかライフルは葉っぱの団扇となっていた。

 軽やかな羽ばたきをする支配人。長下駄と団扇を用いながら、ケルベロスを馬鹿にしそうなほど天井に向かって傲慢な態度を見せる高い鼻。その高い鼻に似合ってケルベロスの牙も爪も当たらない。すでに俺達を護るという使命感よりも、目の前の強者を嘲笑う事が目的となっているようにも思える天狗である。



 俺はその攻防に見とれそうになっていた。それでも今は静恵の安否確認が先と考え、ケルベロスと天狗からは目を離し、静恵の元へ急ごうと頭を切り替える。

 俺は相当注意力が散漫となっていたのか、二階に駆け上がったところで置物のような同じくらいの背丈の像にぶつかる。俺は勢い余ってそのまま像を押し倒すように倒れた。

 反射的に目を瞑っていた俺。

 目を開くと、その像の表情が俺を向いていた。その顔は、慣れた表情ではないが、先ほどまで見ていた者に似ていた。そう、それはケルベロスへ変貌する三つの顔を見た瞬間に二階へ逃げ走ったクライマーだった。

 そのクライマーの表情は、口を大きく開き、眼球の丸みがはっきりわかるほどに見開き、何から防ごうとしたのか、両腕やその肘は肩まで上がっている。

 俺は即座に立ち上がった。この岩へと変貌したクライマーは、他の者と違い、何かの攻撃にあったと言えるだろう。それがこの二階で起きたというのであれば、それはどのような化物がこのフロアにいるのであろう。

 俺は普段の装備を身に纏いたかった。それは、どのような建物にいても、普段の装備さえあれば脱出は容易である。岩壁に穴を開けるためのハンマーも握り締めたかった。俺は何度も左右を確認しながら、自分の部屋への侵入を邪魔する存在がいないか確認した。

 気配がない。

 このクライマーをこのような姿にした者はどこだ。けれど、すでにどこにいてもその警戒心はとれるものではない。

 俺は自分の部屋に近づいた。なるべく音を出さずに。ドアのノブをひねり、部屋の中を覗き、七割方の安全確認ができたと感じた俺は速やかに部屋に入った。気休め程度と感じる鍵を掛ける。

 幸いカーテンは締め切っていて、外とは遮断されていると安心すると、すぐに自分の装備を並べ始めた。

 ひとりになってやっと少し冷静に考えられる。それはロッジの支配人が人間であるうちに放った言葉。

 光を入れるな。外に出るな。

 少し考えてみる。支配人はずっと外にいた。今となっては姿を変えてしまったが、ロッジから外に飛び出した者は一瞬で変貌した。その差の違いは何だと。

 光に関して考える。支配人が着ていたもの。それは今俺も着用しようとしているフードパーカー。ウルトラヴァイオレット(UV)とも呼ばれる紫外線を軽減するために生地に加工がしてある。限りなく100%に近いUVカットを宣伝していた生地に期待したい。

 それは昨日も着ていた。もしかすると、その光に何か要因があるのか。それとも外の空気に問題があるのか。

 光を窓で浴びてケルベロスとなったクライマー。

 生還と信じて外に飛び出て、光いっぱいを全身に浴び、麒麟となったロッジのスタッフ。

 化物を確認したことで急いでロッジへ戻ってきたが、フードがめくれた事により光に身をさらして天狗となったロッジの支配人。

 光が、人間を変貌させているのか。

 そして、光が原因であれば、それを防いでくれるUV加工の物を身にまとえば、それを遅らせる事が出来るのか。それに、麓の街ではどうなっているのか。

 世界の現在を知りたかった。けれど、それよりも大事な事がある。それは静恵のそばに行かなければならない。静恵の部屋は俺がカーテンを締めていた。だから、静恵は無事なはず。

 俺はドアの鍵を開錠して、サングラスを直用して、深くフードを被った顔を廊下に突出し、左右を見た。

 誰もいない。

 先ほどと変わらない様子。今なら静恵の部屋に行ける。そう思い、廊下へ足を忍ばせる。角を曲がったところにあるドア。そこに何もいなければ良いが、油断が出来ない空間にハンマーを握る俺。ゆっくり、ゆっくりと顔を角から出し、様子を窺う。

 何もいない。

 すぐに角を曲がり、呼吸を整えた。けれど、俺は呼吸を途中で止めた。吸い込むことも吐き出す事も止めて、静恵のいる部屋を注視した。

 部屋のドアが開いている。

 それはどんな意味があるというのだろう。もしかすると、すでに静恵は石にされたか、それとも化物に。

 悪い想像も含めて、俺は静恵のいる部屋を覗いた。



 「ぅう……う……ぅぅ」



 鳴き声が聴こえる。それは静恵を思わせる鳴き声だった。

 壁とベッドの間に隠れている静恵。ベッドの上に左手だけを覗かせて、その薬指には婚約指輪が見えていた。

 すでに異変に気付いて隠れていたのか。少しでも身を隠す手段をとっていた事に、俺は安堵の声を漏らした。



「良かった……静恵」



「和也……あなたは……普通?」



「ああ、何ともない。二人でどこかに身を隠そう」



「駄目」



「静恵?」



「私を……見てはダメ!!」



 ベッドの端から鞭のように床を叩く物体があった。それは爬虫類か何かの尻尾を想像させた。気づけば、ベッドの上には無数の蛇が俺に向かって近づいている。

 彼女が体を起き上がらせる。それは硬い鱗に守られたような肌。背中を向けているが、頭からは床まで届くほどに長い蛇をぶら下げていた。



「空気を入れ替えたくて……外を眺めたの。そしたら……ねえ和也。私の顔を見る勇気がある?」



 勇気。これは勇気なのか。それとも愛情なのか。俺は静恵が大事だ。けれど、俺はこのまま静恵の顔を見ていいのか。メデューサとなった俺の婚約者に顔を合わせて、像となり、そばにいてあげれば良いのか。



「静恵。今、どんな気分だ」



 静恵は振り向くことなく、暫しの沈黙。まるで猫が尻尾を振るように無造作に動く大蛇の下半身を持った静恵。

 そのような姿になって、静恵にとってどのような気分なのか。その言葉によっては、俺は成る自分を選びたかった。



「私と顔を合わせた男がいたわ。ものすごい形相で、石になった。それならあなたならどんな顔するだろうって……その欲求はとてもあるわ。けれど、今の気分も……悪くないわ」



 それはメデューサとなった静恵が振り向こうとした刹那だった。

 メデューサは俺に向かって襲いかかってきた。

 静かに振り返れば、俺は今の静恵の顔をはっきり見るつもりだった。けれどその態度の豹変に、俺は顔を伏せてしまった。



「グルルウゥ……グギャラララ!!」



 俺の背中に感じた猛獣の声。静恵は俺の横をすり抜けた。静恵の下半身の大蛇に突き飛ばされた俺は、静恵の部屋の中へ転がった。

 俺は後方にいた存在を確認した。
作品名:悔季 geki ~violent~ 作家名:ェゼ