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悔季 geki ~violent~

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 ケルベロス。天狗との攻防はどうなったのか。そしていつの間にか俺の背中まで来ていた。静恵はきっと俺の背中にいるケルベロスの存在に気付いて、俺を救うために、ケルベロスへ立ち向かった。

 近づいて静恵の役に立ちたいと考えた。けれど、外に開いた部屋のドアを静恵は鱗の体をドアへ叩きつけて閉められた。

 俺は、なんて無力なんだ。

 そのような焦燥や無力感に自分への自責を唱えている最中、廊下は静まった。

 俺はドアへ近づき、ノブを握り、その結果を見ようとした。



「来ないで!! もう大丈夫……そして、和也……さようなら」



「静恵……」



 ドアの向こうから伝えられた別れ。それは静恵がケルベロスを抑え込んだと考えられる声に安堵したと同時に、静恵と完全なる決別になった。

 廊下を擦り進む音。それは静恵が俺から遠ざかる音。

 俺はこのドアを開ける事が出来ない。あまりにも変貌した生き物とはかけ離れた弱い存在。だから、せめて、俺は静恵と同じ存在になろうと思った。

 窓側へ振り向き、近づき、カーテンの布を両手で握る。

 勢いよくカーテンは左右に開いた。そしてまだサングラスにフードを被った状態の俺は、外の景色に息を飲んだ。



 全ての空想の生き物には、全ての居場所がある。その生き物が同じ世界で出会った時、その行為も必然となる。



 腹だけが膨れた皮と骨だけの餓鬼の周りには草木が一本もなくなる。

 妖精が餓鬼の空間と重なれば、周りには花が咲く。

 角を生やした鬼が妖精の空間に接触すると、その妖精を一飲みに喰らった。

 その鬼は、岩に座りながら歌う人魚に誘われて、人魚の周辺に現れる海原へ誘い込む。

 その人魚をいくつもの吸盤と巨大な体のクラーケンが飲み込む。



 そこには、空想と思われた生き物の世界と食物連鎖があった。

 太陽を眺めれば、そこには煌々と光を振りまく不死鳥の姿。全ての消えた存在は再び形を成し、食物連鎖を繰り返していた。

 新しいウルトラヴァイオレットを降り注ぐこの場所から、新しく世界を支配する生き物を決めんばかりに争っていた。

 俺はカーテンを閉めた。そして、静恵のパーカー、装備、サングラスを握り締め、廊下へ出た。石化したケルベロスの逞しさに足を竦ませながらも、一階へ向かって歩いていく。天狗の羽が散らばったロッジのロビー。一見ひと気はなく、ほとんど戸締りされていたため漏れてくる光は限られている。

 俺は食堂へ向かった。緩やかな音楽が流れる食堂。ガラスの壁はシャッターで閉じられていた。食堂の厨房に向かうと、ケルベロスが人間だった時の相棒が震えながら包丁を握っていた。



「大丈夫です。人間です。よかったら、このパーカーとサングラス使って下さい」



 光を遮る装備を男に渡し、食料が尽きるまで、ここに居られるまで、俺はこのクライマーと二人でロッジの厨房に立て籠った。



     ◆◆◆



 カレンダーに並ぶ丸は、三ヶ月が経っている事を意味していた。

 俺は再び静恵の部屋へ向かった。ケルベロスは相変わらず逞しく佇んでいる。

 以前と同じようにフードを被り、サングラスを着用して、カーテンを左右に開いた。

 景色は、紅葉となっていた。

 すでに秋は過ぎ去り、冬が到来しているはずだった。

 しかし、生き物たちの気配はなく、その痕跡も確認できない。俺はフードとサングラスを外し、外の光を浴びた。自分に何か変化するものがあるか。けれど、何も異変はなかった。

 ニュースを眺めるようにした。それは、いつも世間で流れている情報。異常気象やゴシップ。まるで、それらは何も無かったかのように。けれど、そのニュースの日付はおかしかった。それは俺が立て籠った日付。次の日も。次の日も。何故かリプレイされているテレビの放映。誰が、なぜ繰り返し放映をしているのか。それは、人間らしさを忘れないためのリプレイなのか。そして、これを止める者は、もういないのではないか。



 俺の味わった季節。あれから三年経っても、再びやってくることはなかった。

 春、夏、激、秋、冬。

 五つの季節を味わった年。その年だけは一年が50日ほど長かった。一日が、27時間あった。地球の自転と公転が狂わされたのか。それを狂わせたのは、いったいどんな存在なのか。

 世界は、臆病な者だけが生き残った。外で何が起きているのか見ない者。どんな異常気象があろうと、外に出ない者。興味で外を眺めようとはしなかった者。

 人間は世界を大きく変える気もない臆病者だけが残った。つまり、地球に優しい生き物だけだ。



 季節が変わるたびに、俺はアルパイン・クライミングを繰り返し続けた。どうしてもあの日を忘れられないから。



 ロッジの厨房で、着替える俺の背中を見たクライマーは俺に襲いかかってきた。俺の背中に小さく生えた白い羽は、ケルベロスとなった相棒のクライマーが恐怖するのには十分だった。

 きっとあの時、ハンマーを振り上げなかったら、俺はロッジで生きていけなかっただろう。

 今俺は、静恵と登った時と同じ岩壁の上にいる。

 思い出す。あの日のこと。

 あのペガサスは、孤高の遭難者が先駆けとなったのだろうか。

 背中に岩の感触を感じながら、蒼天を眺めている俺は、後悔していた。

 なぜあの時、パーカーを脱ぎ捨て、サングラスを外し、光を浴びなかったのか。

 背中に残る痣は、何に成ろうとしていたのか。

 もう来ないかもしれない激は、あの日の事を懺悔する悔季げきとなった。





   ――了――
作品名:悔季 geki ~violent~ 作家名:ェゼ