小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

悔季 geki ~violent~

INDEX|2ページ/5ページ|

次のページ前のページ
 

 談笑するロッジの食堂の壁は全体がガラスとなっている。吹雪や嵐であれば外からシャッターが下りて亀裂を防ぐ。その心配がない今日この頃は、沈む太陽を眺め、外にそびえる山々を眺めながら、頂上に達成した者は懐かしみ、これから向かう者は今見えている山の頂上に自分がいることを想像する。



 和やかな空気は一人の声により、その場にいる全てのクライマーは振り向いた。



「単独登山した人からの連絡がありません」



 情報の少なさから何から尋ねていいか少し考えるクライマー達。飲食を止め、雑談する口を止め、ひと時だけの静寂を終えると、今度は矢継ぎ早に質問を繰り返す。



 単独登山。それは危険を少なからず楽しみながら一人で自然を楽しむ事ができて、自分の好きなペースで行動できる事が好きなクライマー。そのような孤高な心の域までは俺は持てない。そういう心には、人とは違う自分の何かに強いこだわりを感じて、人を寄せ付けづらい雰囲気を漂わせる者も少なくないから。



 少し慌ててクライマーの前に現れたロッジのスタッフは、一先ず安堵感を感じさせてくれる内容と雰囲気を伝えてきた。孤高の者は、ロッジへ帰宅予定を伝えていた事であった。

 遅くても今の時間に戻っていなければ、何か起きたということだろう。と笑いながら言った言葉。

 結果的に遭難の可能性を拭える内容ではないが、単独登山をした者は、人と会話することを避けているようなタイプではないのであろうと感じる安堵感。孤独と孤高では人格の質は違うであろうから、せめて孤独な人間ではないことに俺は心を撫でた。



 聞けば、その者が行った先は、俺と静恵の登った岩壁の横にそびえる同じような岩壁の山。俺達が登ったものよりも標高は高く、クライミングを開始した時間も俺達より早く、それでいて角度的に見えない位置だったため気づくことは出来なかった。



 山岳警備隊への連絡は終わっているらしいが、すでにヘリコプターが飛ぶには時間が遅く、二次遭難を考えると捜索は翌日になる可能性がある。下手に税金以外で働く民間が動き出せば、無事である遭難者に対して莫大な請求を出す者も出るかも知れない。民間のヘリコプターなら一分で一万と言われるほど、それはひと財産が無くなる程の額だ。



 それでも考えられる事は、遭難した本人は素人ではないということ。何度もこのロッジへは出入りしており、通常ベテランであれば下山する事は避けるはず。やきもきする気持ちは皆同じだろう。それは暗黙の了解で遭難した彼が適切に身を休めている事を願うばかりだ。



 翌日。やはり、彼はロッジへ帰って来なかった。山岳警備隊はすでに捜索へ出掛けたと聴く。静恵の体調が悪いようだ。熱もあるが、薬が嫌いな静恵は安静にすることで様子を見たいという希望だ。俺もどちらかと言えば快調とは言えない。けれど発熱というものではなく、それは今さらから思う程の背中に感じる筋肉痛のような痛み。意外と昨日のクライミングは過酷なものだったんだとしみじみ感じる。



 今日も昨日と同様の日差し。クライマー達は岩山へ向かい、ロッジを後にした。俺は静恵の様子を眺めつつもロッジのスタッフと山岳警備隊からの連絡を待った。それは適切に行動すれば助かるというものを遭難したクライマーから学びたい気持ちもあった。

 どのような事情で予定が狂ったのか。帰れないと思った時、どのような心境だったか。どのように一夜を過ごしたか。それらの情報はこれからの俺の糧になる。



 実体験ほど最良な情報はない。誰かには良かったから自分にも良い、というような流れてきた情報ほど疑わしいものはない。本人が味わった一次情報。本人から聞くことが出来れば最高の二次情報であるが、誰かの脚色により変化させられた三次情報ではなく、今この場で伝わってくる二次的な情報で少なくとも自分の糧にしたい。

 だが、その情報は、晴天の下で始まった二次災害の情報となった。



「ヘリコプターが堕ちたって!?」



 ロッジのスタッフが左手を左の耳にあてる。それは常備耳につけていた特定小電力トランシーバーに連絡が来たからであろう。見通しの良いこの場所ならでわに性能を発揮するが、それでも壁がない状態で500mから1kmがいいところだろう。つまりその程度の距離から連絡が来ているということだ。

 ロッジの支配人であるベテランのクライマーが善意で捜索に向かっていた。おそらくその者からの連絡だろう。



 最初にこちらへ届く情報は、遭難者発見の情報を期待していた。けれど実際は、捜索に向かったヘリコプターの墜落。俺はすぐに外を一望できるガラスの壁へ向かった。

 ロッジの日よけとなるオーニングにより影となっている食堂のガラス。まばらにロッジで落ち着いていたクライマーはロッジスタッフと合わせて五人くらいだろうか。俺がガラスの壁で眺める後ろで静かに同じ景色を眺めた。



 見える。そこから見えた小山を覆うような層雲。それは自然な雲の姿ではなく、グレーがかった暗雲が混じる。すでに最初の遭難者捜索よりも規模が大きくなった話題性あるニュース。それは音の速さで麓へ情報が行くことだろう。



「え? どういうことです? もう一度お願いします! ……え? 化物?」



 ロッジスタッフの言葉に周囲の者は振り向いた。この非常時にどのような化物がいるというのだ。それはどんな比喩だろうとスタッフの応対する言葉に耳を傾けた。



「え? すいません電波が……すぐに戻ってくるんですね? ……はい、了解いたしました」



 俺を含めたクライマーはスタッフを囲んだ。



「何があったんです?」



 そのようにクライマーから言われたロッジスタッフは、右手で軽く頭を掻きながら、困ったように答えた。



「えと、その……すぐに戻るから、シャッターや戸締りをする準備をしろと……」



「え? 戸締り? どんな驚異があるっていうんですか? こんな晴天に……それに化物って……」



 スタッフは答えに困りながら、軽く会釈してその場から動き出す。それは支配人から言われた通りに戸締りをする準備をするためだと思われた。

 シャッターが始動する。少しずつ上から下へ向かって降りてくる。外の光よりも室内に点けられた電灯の光の方が目立ち始めた。いったい何から護るためであろう。

 まだ閉められていない小さな窓もある。そこから遠目に覗くクライマー達はロッジの支配人が戻って来るのを待つ。ほとんどの者は窓から三歩下がった場所から外を眺め、一人のクライマーは窓に顔を付けるような距離で外を眺めた。



「一体なんだってんだ? 俺は今からあの山に挑戦しようかと思っていたんだぞ?」



 少し苛立ちを口に出しながら、その男は顔いっぱいに光を浴びていた。



「あーあ……一体、なんだっていうんだ? あぁ……いったいなんだって……なんだって」



 言葉を繰り返す男に俺は振り返った。知り合いではなかったが、これだけ霊びなトーンで言葉を漏らす男の性格なのか癖なのか、それ以外の事なのか怪訝な目と心で眺めてしまった。
作品名:悔季 geki ~violent~ 作家名:ェゼ