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雑草の詩 5

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「はい。」そう真悟が答えるか答えないうちにガラガラと戸は開けられ、不精髭を貯えた山帰りの熊の風体をした男はドカドカと入り込んできた。そして、狭苦しい三畳間の真中にドカッと座り込んだ。
「どげんよ、ちったあ慣れたか。他の連中も待っちょっで、一緒に茶を飲んけ行っど。さあ、はよせんか。
 そいにしても、ちったあ片付けんか、こいじゃあ、まっでゴミの巣やが。」
「あっ、ハイ。」
 無神経そうなこの男は真悟の同僚だった。この男の逆らえそうもない口調に戸惑いながらも、真悟は支度をし後に従った。二人はアパートの表に留めてあった配達用の自転車にまたがると、仲間の待つ店へと向かったのだった。

「やあ、まあここに座りなよ。
 どうだい、大変だったろう。少しは慣れた?」
 森という名の若者は、微笑みながら真悟に席を勧めた。真悟を迎えに来た村井、そして森、梅木、塩野、内山、ここに集まっていたのは、みんな同じ販売所の仲間達だった。
「お前も災難だったよなあ。前の所長が辞める時期とすれ違いだったし、三回だけだったろう、一緒に回って教えてもらったの。
 良く覚えたよ、四百軒分も。お前、頭良いんだなあ。」梅木はケラケラと半ば笑うように、そう言って真悟を誉めた。彼はこの中で一番の年長だった。
「俺達さあ、本当は三日も持たないだろうって話してたんだよ。
 ひどかったもんなあ、丸一週間、ほとんど飯食わなかっただろう、ずっと蒼い顔して黙り込んでたしな。最近だよ、元気になったのは。
 ところでお前、出身はどこなんだ。なんせ俺達、お前のことは名にも知らねえし、なあ、森ちゃん。」
「はあ‥‥‥、」梅木の言葉を静かに聞いていた真悟だったが、そう言ったまま、また黙り込んでしまった。
「まあいいじゃないの、梅ちゃん。そのうち気が向いたら話してくれるよ、なあ、坂口。
 それより、村井と坂口は何にする?」「オイはコーヒーでよかよ、森さん。坂口も同じもんで良かろが。」
 村井という、九州訛りの抜け切らない熊男の言葉に、「ええっ」と頷くしかない真悟だった。

 真悟の勤めた店は、池袋駅近くの飲食店街の真中にあった。待遇も他の店とは比較にならぬ程悪く、朝四時から深夜に及ぶまで、折り込み、配達、集金、拡張と一日のほとんど全ての時間を新聞の仕事に釘付けにさせられていた。特に夕刊の配達のない日曜日すらも集金と拡張は義務づけられ、配達の部数にしても、みな一様に四百部は越えていた。
 不遜な主人の下、彼らはみな必死で働いていた。そして全てが終わった夜の十二時頃からこうしてみんなで集まり、限られた時間の中で話に花を咲かせていたのだった。

         3

 「坂口さん、俺先に行きますよ!」
 真悟の部屋の前でそう叫んで、隣部屋に住む内山は駆け出していった。急いで飛び起きた真悟も、服を着、内山の後を追いかける。
 四時。まだ世の中は真暗で、人っ子一人通ってはいない。四月と入っても、太陽の昇らないうちの空気は氷のように冷たかった。
「おはよう!」
 店の中は蛍光灯の光でまばゆい程だった。真悟を迎えた若者達は、みな冷たい板間に座り込んで折り込みを入れていた。そのうちに降りだした雨の中へ、準備を終えた者から一人、また一人と飛び出して行く。前の籠に後ろの荷台に、そして両脇にと新聞が濡れぬように細心の注意を払いながら、新聞の山に囲まれた若者たちの、それが一日の始まりだった。
 春先の冷たい雨に打たれて、真悟も懸命に駆け回った。人通りを泣くした道を、家から家へ、ビルからビルへと走りながら、真悟はふと思った。
(俺は、本当に、今まで生きるって事を嘗めてきたような気がするな。
 喰うって事も、働くって事も、そして生きるって事も大変なことなんだ)
 朝刊を昼間でかかって配ったり、濡らして怒鳴られたり、配り忘れたりしながらも、真悟は、それこそ命懸けで配達し続けたのだった。

「坂口、帰りはオイげぇ(家へ)こんか。鹿児島のお袋から小包が来たで、ツマミもあっから、みんなで飲もや。」
 並んで自転車を漕ぎながら、村井が真悟に声をかけた。仕事が早く終り、連れだって銭湯へ行く道すがらだった。

 「何が入ってるんだよ、村井。さあ、早く開けなよ。」盛んに梅木にけしかけられて、うれしそうに包みを開ける村井だった。
 狭い三畳の部屋にギュウギュウ詰めになった六人の若者たちの真中に、村井の母からの贈り物は次々に取り出され、並べられた。そして金が無いものだからいつだって焼酎だったが、その焼酎が配られ、思い思いの肴を手にして皆飲み始めた。
「村井、どうしたんだよ、黙り込んじゃって。お前んだろう、喰わねえと無くなっちまうぞ。」
 小包の一番下にあった封筒をジッと手にしたままの村井を横目に、飲みながら語りかけた梅木だった。
「いいや、別に‥‥‥。」その時、鼻をグスッといわせて、手の甲で眼をなでた村井。
「あはっ、泣いてるよ、こいつ。
 おっかしいなあ、なんで泣いてる訳?なんで?」とからかうような梅木の笑い声、村井の形相が変わった。そして突然の怒声が起った。
「泣いたらいかんとですか!ダイやってん、梅木さんやってんナッ時はあっでしょうが!
 ナイがそげんおもしろかとな!」
 笑っていた梅木は、村井の突然の爆発にド肝を抜かれて真っ青な顔をして黙り込んだ。一座の者までもが皆黙り込んでしまった。
 暫くして、恥ずかしそうに頬を赤らめた梅木が口を開いた。
「ごめんな、村井。冗談の積もりだったんだけど‥‥‥。
 悪気はなかったんだ。ごめん、この通り謝るよ。」
「いや、オイのほうも悪かったで。ごめんなあ、大声を出して。オイのワリ癖やっで。気にせんじおっくいやい。
 うんにゃ、クニのお袋からの手紙を見ちょったや、何か涙が出っきっせえ‥‥。 ひとりで頑張っちょい上、あんまい銭も貰わんて、こげんしっせえ、やっぱい何やかやち送ってくるっでやなあ。オイは馬鹿やっで、わが好きな事ばっかいしちょっでや。
 お袋に悪かっせえなぁ‥‥‥。」
 ポツリ、ポツリと鹿児島便で語り続ける村井の頬に、大粒の涙が伝わっていた。彼の仲間達もジッと身を固くしたまま動かない。
「俺のお袋も、沖縄で一人で頑張ってるよ。梅ちゃんところも塩野んところも、両親揃ってるのは内山のところだけだもんなあ。」感慨深そうに森が村井の言葉を継いだ。

 「俺がさあ、高校卒業して会社入って、そしてそこ辞めて専門学校へ行くって言った時、俺、お袋に言われたよ。『あんたみたいな親不孝な子供はいない。』ってな。
 そうだよなあ、親父が死んでからお袋一人で頑張って、やっと高校出て会社入って、それで少しは生活も楽になった訳じゃない。‥‥‥そしたら急に、専門学校行くなんて言うんだからな‥‥‥。
 でも、やっぱり勉強したかったんだ、好きな道を進みたかった。
 だけど、こんな状態じゃなあ。」大きく溜め息を吐いた梅木だった。
「俺達だって同じですよ。昼間寝なきゃ寝る時間はないし、学校だって満足に行けないんですもんねえ、仕事、仕事で。
 本なんか読むより寝たいですよ、なあ、塩野。」内山の言葉に、塩野は黙って頷いた。
作品名:雑草の詩 5 作家名:こあみ