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家守り ~house lizard~

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 息を殺した僕の太ももに、少しの吐息と共にゆっくりと垂れてくるものを感じる。冷たさは無く、弾けるような透明感もない液体。僕はヨダレ以外想像できなかった。僕を……食べようとしている!? 逃げないと! でも、逃げられる相手なのか!? 振り向けない。気配も感じさせない。僕は、眠っている無害な奴だ!! 寝たふりするしかない!! でも! 気配がない畳やタンスをかじる奴が、僕を放っておくか!? ヤバイ!! ヤバイよ!! なんなんだよこいつは!! ポタ……ポタ……。何……してる? 僕の足に滴るもの。さっきより滴りやすく粘着性が薄い液体。血を想像させる。ギリィ……ブチッ! ブチッ! ブチッ! そんな……そんな……何を食べてる!? それに、僕は本当に起きている!? 夢なんじゃ……いや、夢じゃない!! これは夢じゃない!! どうしよう……もう陽が落ちそうだよ。こんな得体もしれない獰猛な生き物と、夜を共にできる!? 死ぬよ! 絶対死ぬ!! 泣き出したい……今、僕は金縛りが解けているのか、自分で固まっているのかわからない。僕は起きてから指先ひとつ動かしてなぃ……あ……僕の背中に置いてある右手が……なにか柔らかい肌? ……触れてしまった。動かせない。苦しい。あ、あ、これは血!? 右手に落ちてくる。流れてくる。ああ……どうしたらいいんだ。目の前の玄関。走れるか? すぐに動けるか? 足が痺れていたら? 開けるなら左手? 振り向かず、一気に閉める? 今食べているものを食べ終わったら……僕の番。食べられて……たまるか!!



「ぅああああああああああああああああああ!!!!」



 なんて玄関まで永いんだ!! 時間が!! 今にも! 今にも! きっとすぐ後ろ!! 後ろ!! 後ろ!! 止まるな!! 左手!! すぐに左手!! 開けろ!! 開けるんだ!! ドアを開けるんだ!!



「おおおおおおおおおおおおお!!」



 閉まった!! 閉まった!! 外に出た!! 閉めた! 閉めたんだ! 生きてる! 僕は生きてる!



「ニャー!! グニャーグギャー!!」



 バキッ!! ギリ……ギリ……ビキッ!! あ……あ……、僕の代わりに……あ、ご、ごめん……。ズリ……ズリリ……ズザザザ!! 玄関にいる! ああああああ!! 逃げなきゃ!! 逃げなきゃ!! 智也! 智也の家! 何が起きている!! いや、今は走るんだ!! トランクス一枚でも構わない!! 今は! 逃れなきゃ!!



 僕は走る。一番距離が近い智也のマンションへ。時折すれ違う人。どんな風に助けを求めて良いかわからない。10分は走っていない程度で智也の住むマンションが見える。



「ハァ……ハァ……ハァ……智也!」



 やっと着いた。智也、ドア……鍵……開いてる!!



「智也!! ……あ、あ、あああああ!!」



「たす……けて……」



 智也が僕を見ている。横になっている智也のすぐ背中には、裸の女。僕から横向き見える裸体。柔らかそうな肌に引き締まっていない体つき。お尻は智也の頭の方に向けられ、前や後ろに動き、乳房が床に付きそうなほど、体をうつむかせている。

 体を僕から見て横を向いているその女が頭を真っ直ぐ上に上げる。黒髪の内側から手櫛のように出てくる指。左腕が異様に長いのかと錯覚した。それは左手で握った右腕。肘ひじまでの長さの右腕。丸が描けるように黒く開く口へ、自分の右腕を肘から口に入れる女。夕陽が顔を照らす。光る瞳。それは大きく、黒く、黒だけに占領された瞳。まざまざと見れば、女の髪は、その容貌に似合っていなかった。青いカチューシャと黒髪は、自分の一部でないのか、頭からズレる。その頭に残る朱と、柔らかすぎる締まりのない口元から流れる血は胸の谷間を流れ、下腹部から黒髪がへたる茂みに隠れる。

 余裕をもって大きく開き、口を上に向け、左手で右腕を握り、深く、強く口へ押し込む。その自分の流血を全身に浴びながら、恐怖に動けない智也の体にも降り注ぐ。女を直視していない智也。金縛りのように動こうとしない智也。それは直前の自分の姿。



 智也の歪んだ顔にも、夕陽が照らしている。その表情は、時折影に隠れる。僕から見て智也の左側と背中より奥にある窓。その窓には上から下へうごめく物体。下へ落ちるかと思えば、横に張り付き、全ての窓は、智也の背中にいる女と酷似する存在に占領されている。



 口に右腕を挿したまま、おそらく僕に気づいた女。金縛りにあったように動けない僕。動こうとしない僕。恐怖に、残酷に、狂気に、僕は動けない。女は、口から右手を出したまま、指先で僕の方向を指す。智也の体を這いずり、明らかに方向を僕に定め、床に張り付くように、二本の足と、左腕で、口に右手の指を開かせながら、突然智也の後ろの壁を這った。毛髪を一切感じない裸体は背中を僕に向ける。重力に抵抗なく壁を這い、部屋の角から天井を這う。硬さを感じない裸体。首から上を垂らすように僕に黒い目を合わせた瞬間、僕の真上まで天井を這ってきた。天井を見る僕の目に映るのは女の顔ではなく、咥くわえた右手が骨を感じさせない動きで僕の視界を占領する。視界は女の右手を見たままのはずだった。すでに女は天井ではなく、僕の体を這いずっていた。



 目の前で蠢うごめく指たち。触れるかどうかというほどに近い指たち。僕の体中を舐めるように裸体を密着させる女。女の口から生える指が、とうとう僕の口に侵入する。女の口と僕の口が重なった時、喉で暴れる女の右手により、僕の体の内側の肌をつかむ。女の口が僕の口から離れた時、それは一緒に口から外へ排出された。



     ◆◆◆



 僕は、ここは、どこ……死んだの? 僕は。光。視界は真っ白に見えたが、黒い線が視界の外から占領してきて、光は球となった。揺れる球は笑い声と共に背後の影の輪郭を映し出した。



「あはははははは!! どうしたのぉ?」



 僕は目を見開いた。目の前であざ笑う智也の彼女。懐中電灯を僕に照らしながら、その隣りでつられて笑う智也と2人の友人達。僕は心霊スポットの村で、一軒の家の割れた引き戸をお尻に敷いて座り込んでいる。



「と、智也。あれ……ここ」



「どうしたんだよ!! 頭でも打ったか! アハハハハ!」



 僕はまだ理解していない。僕は確かに、このあと、自宅に帰った記憶があるから。僕は智也の家でアレを見たから。ここは、すでに終わった事だから。

 夢に感じない僕。その僕の右手には、倒れた引き戸と挟んだ何かの感触がある。



「キャアアアアアア!!」



 右手を上げたと同時に、智也の彼女の悲鳴が頭を突いた。目が覚める気分でお尻にしている引き戸に見たその物体は、ヤモリ。僕の右手の圧迫で右腕を無くしたヤモリだった。ヤモリの右腕は、僕の右手に付いていた。
作品名:家守り ~house lizard~ 作家名:ェゼ