家守り ~house lizard~
家守り ~house lizard~
作者:ェゼ
もう夕方か。
僕が一番安らげるせんべい布団。右に体を向けたまま最初に眺めた物はアナログな目覚まし時計だった。万年床ないつもの居場所で目を覚ました1DKアパートの1階の一室。唯一の入口に鍵も掛けず、着けている衣類はトランクスだけ。掛け布団も目を流した先にある畳の上でひっくり返っている。残暑に似合わない綿布団を押し入れに入れた記憶は大学が始まって一週間程度のものだった。
昨夜は大学の友人達と心霊スポットに出掛けていた。帰りの運転を任された僕は、4人を自宅まで送り、車はそのまま借りて帰路についた。最後に送った友人の智也ともやが車を取りに来る予定だ。
気怠さに任せて起き上がらない僕は台所の奥を見つめる。玄関のすぐ右横にある窓の外側で素通りするヤモリを眺めながら、昨夜の心霊スポットを思い出す。
智也の提案で侵入した廃墟となった村。元々その村の始まりを誰も知らない村。それは村人がいなくなっても、誰も建物を取り壊す事もない山奥の村。誰も住む理由がない村。それでいて、いつの間にか村人がいなくなった村。村が発見された20年前より、大きく崩れた家もなく、虫に喰われる事もなく、当時の現存のままだった。その村に噂された事、それは発見当時の状態を知る者は、当時の事を語らない事。そして、裸体の女性が歩いているというその後の目撃証言。目撃証言は一度だけで、二度目の確認の噂が聴こえてこない村。僕を含めて幽霊を信じない智也の興味が勝り、0時以降に到着するように出発した。
その山道は、村が発見されてから道として開けた山道。優しい道ではなかったけれど、迷う事なく繋がる道。不安だったのは車一台で往復する道のりで、灯り一つない山の中で故障に合う事。けれどそれは回想を思い出している自分がいる訳であり、結果的には問題がなかった。
到着して車のライトが映し出した村の小屋のような家々。脆もろそうにも感じたが、それぞれの家と家との距離は人一人が通過できる程度に密集しており、それが風化や劣化を防いだのではないかと感じた。霊よりも、ヤモリが家々に現れるだけで騒いでいた智也の彼女。叫びながら黒髪につけた青いカチューシャを抑えている。ヤモリは悪い生き物じゃないという僕のうんちくを耳に入れる余裕もない様子だった。狭い通路で、再び智也の彼女の声に驚かされた僕は、足を滑らせた拍子に老朽した玄関の引き戸へ肩から叩きつけてしまった。
友達の笑い声と共に僕は倒れていた。僕の下敷きとなって砕けた玄関の木製引き戸。右の平の手で体を支えてようやく立ち上がった僕は痛めた右手をさするようにすぐにポケットへ沈めた。怪我したかもしれない転倒に対する笑い声にムッとした僕は、すぐに車へ向かった。負傷した気分の僕に帰りの運転を任せるなんて酷い友達だ。昨夜のそんなせいで僕は疲れている。
疲労している僕、そんな時はきまって金縛りにあう。けれど、まだ陽があるうちに金縛りにあうのは初めてであり新鮮だ。金縛りを解くのにも慣れている。いつもなら寝る寸前か、夢見心地の時しか縛られた事がなかった。眼球だけ自由に動かし、夕陽に反射する目覚まし時計をまざまざ眺めながら、その新鮮さに抵抗せず固まっている。
僕は猫と住んでいる。この築40年のアパートは、初めて内見した時から猫が駄目とは言わせない古さと傷みを感じさせた。寝る前に、そのうち猫に起こされないようにと餌を沢山お皿に入れておいた。寝子と言われるだけあって寝ているだろう。そしてそろそろ智也も現れる頃合。その予感は的中して、窓の外に影が横切る。そして躊躇もなく玄関のドアが外に開く。
「おーい! 車返してもらいに……わりぃ、お取り込み中だったみたいだな。あとでまたくるよ!」
窓の影は最初より早く横切り、智也は去っていく。どうしてだ? お取り込み中って、何のことだろう。もしかして、枕元にあるティッシュの箱とトランクス一枚の僕に何か誤解して入り込めなくなったのか? けれど、そんな事態でも気にして後退するような奴じゃない。お取り込み中って、大抵、異性とスキンシップしている時に邪魔をした気分から吐くセリフじゃないのか? それでなくても彼女がいない事なんて知っているはずなのに。
そんな時、猫が起き上がる気配がした。細かく「ニャッニャッ」と鳴く時は、遊びの催促だ。猫の目線は時折何を見ているのか気になる。その方向から音がするのか、気配がするのか、とにかく何もないと感じる方向をジッと見つめる。正に目の前にいる猫は立ち止まり、僕と目を合わさず、お尻側のやや高い位置を見ていた。「フ……フー!」と、尻尾が膨らんで毛が逆だっている様子がわかる。明らかな威嚇。何に? 虫程度なら喜んで喰いつくはず。喧嘩を避けるための威嚇。それは何に対して? 争う事もしない猫は、すぐに後ずさり、僕の視界から見えないところに隠れた。金縛りに委ねて倦怠けんたいすることもやめようと思った矢先、僕は自分自身で体を固めた。それは、ズリ……ズズ……ズリ……と、小さく、細かい摩擦に擦れる音。まるで猫より大きい生き物が、舌で畳を舐めているような音。
何かいる。
僕はすぐに飛び起きて振り返りたかった。けれど、バリッ! プチ……バリッ! という小さくも貪むさぼる音に硬直した。それは、舌ではなく犬歯のような尖った部分で無理やり畳を噛み、引き、千切る音。大きい存在。これが人であれば、僕の足の方向に四つん這いとなり、お尻が頭に近く見えるだろう。智也が誤解する存在。猫が威嚇する存在。誰か居るのか!? なにがいるんだ! それに……いつから!? 僕は逃げられるのか!? 更に、ガリ! メキッ! メキッ! バリ!! ボト……という、僕のお尻の方から聴こえる音。そこにあるのは引き出しが中途半端に開いているタンスがある。それをかじって、食べているのか? いや、口に入れて落としたようだ。あ!!
「ハァ……ハァ……」
作者:ェゼ
もう夕方か。
僕が一番安らげるせんべい布団。右に体を向けたまま最初に眺めた物はアナログな目覚まし時計だった。万年床ないつもの居場所で目を覚ました1DKアパートの1階の一室。唯一の入口に鍵も掛けず、着けている衣類はトランクスだけ。掛け布団も目を流した先にある畳の上でひっくり返っている。残暑に似合わない綿布団を押し入れに入れた記憶は大学が始まって一週間程度のものだった。
昨夜は大学の友人達と心霊スポットに出掛けていた。帰りの運転を任された僕は、4人を自宅まで送り、車はそのまま借りて帰路についた。最後に送った友人の智也ともやが車を取りに来る予定だ。
気怠さに任せて起き上がらない僕は台所の奥を見つめる。玄関のすぐ右横にある窓の外側で素通りするヤモリを眺めながら、昨夜の心霊スポットを思い出す。
智也の提案で侵入した廃墟となった村。元々その村の始まりを誰も知らない村。それは村人がいなくなっても、誰も建物を取り壊す事もない山奥の村。誰も住む理由がない村。それでいて、いつの間にか村人がいなくなった村。村が発見された20年前より、大きく崩れた家もなく、虫に喰われる事もなく、当時の現存のままだった。その村に噂された事、それは発見当時の状態を知る者は、当時の事を語らない事。そして、裸体の女性が歩いているというその後の目撃証言。目撃証言は一度だけで、二度目の確認の噂が聴こえてこない村。僕を含めて幽霊を信じない智也の興味が勝り、0時以降に到着するように出発した。
その山道は、村が発見されてから道として開けた山道。優しい道ではなかったけれど、迷う事なく繋がる道。不安だったのは車一台で往復する道のりで、灯り一つない山の中で故障に合う事。けれどそれは回想を思い出している自分がいる訳であり、結果的には問題がなかった。
到着して車のライトが映し出した村の小屋のような家々。脆もろそうにも感じたが、それぞれの家と家との距離は人一人が通過できる程度に密集しており、それが風化や劣化を防いだのではないかと感じた。霊よりも、ヤモリが家々に現れるだけで騒いでいた智也の彼女。叫びながら黒髪につけた青いカチューシャを抑えている。ヤモリは悪い生き物じゃないという僕のうんちくを耳に入れる余裕もない様子だった。狭い通路で、再び智也の彼女の声に驚かされた僕は、足を滑らせた拍子に老朽した玄関の引き戸へ肩から叩きつけてしまった。
友達の笑い声と共に僕は倒れていた。僕の下敷きとなって砕けた玄関の木製引き戸。右の平の手で体を支えてようやく立ち上がった僕は痛めた右手をさするようにすぐにポケットへ沈めた。怪我したかもしれない転倒に対する笑い声にムッとした僕は、すぐに車へ向かった。負傷した気分の僕に帰りの運転を任せるなんて酷い友達だ。昨夜のそんなせいで僕は疲れている。
疲労している僕、そんな時はきまって金縛りにあう。けれど、まだ陽があるうちに金縛りにあうのは初めてであり新鮮だ。金縛りを解くのにも慣れている。いつもなら寝る寸前か、夢見心地の時しか縛られた事がなかった。眼球だけ自由に動かし、夕陽に反射する目覚まし時計をまざまざ眺めながら、その新鮮さに抵抗せず固まっている。
僕は猫と住んでいる。この築40年のアパートは、初めて内見した時から猫が駄目とは言わせない古さと傷みを感じさせた。寝る前に、そのうち猫に起こされないようにと餌を沢山お皿に入れておいた。寝子と言われるだけあって寝ているだろう。そしてそろそろ智也も現れる頃合。その予感は的中して、窓の外に影が横切る。そして躊躇もなく玄関のドアが外に開く。
「おーい! 車返してもらいに……わりぃ、お取り込み中だったみたいだな。あとでまたくるよ!」
窓の影は最初より早く横切り、智也は去っていく。どうしてだ? お取り込み中って、何のことだろう。もしかして、枕元にあるティッシュの箱とトランクス一枚の僕に何か誤解して入り込めなくなったのか? けれど、そんな事態でも気にして後退するような奴じゃない。お取り込み中って、大抵、異性とスキンシップしている時に邪魔をした気分から吐くセリフじゃないのか? それでなくても彼女がいない事なんて知っているはずなのに。
そんな時、猫が起き上がる気配がした。細かく「ニャッニャッ」と鳴く時は、遊びの催促だ。猫の目線は時折何を見ているのか気になる。その方向から音がするのか、気配がするのか、とにかく何もないと感じる方向をジッと見つめる。正に目の前にいる猫は立ち止まり、僕と目を合わさず、お尻側のやや高い位置を見ていた。「フ……フー!」と、尻尾が膨らんで毛が逆だっている様子がわかる。明らかな威嚇。何に? 虫程度なら喜んで喰いつくはず。喧嘩を避けるための威嚇。それは何に対して? 争う事もしない猫は、すぐに後ずさり、僕の視界から見えないところに隠れた。金縛りに委ねて倦怠けんたいすることもやめようと思った矢先、僕は自分自身で体を固めた。それは、ズリ……ズズ……ズリ……と、小さく、細かい摩擦に擦れる音。まるで猫より大きい生き物が、舌で畳を舐めているような音。
何かいる。
僕はすぐに飛び起きて振り返りたかった。けれど、バリッ! プチ……バリッ! という小さくも貪むさぼる音に硬直した。それは、舌ではなく犬歯のような尖った部分で無理やり畳を噛み、引き、千切る音。大きい存在。これが人であれば、僕の足の方向に四つん這いとなり、お尻が頭に近く見えるだろう。智也が誤解する存在。猫が威嚇する存在。誰か居るのか!? なにがいるんだ! それに……いつから!? 僕は逃げられるのか!? 更に、ガリ! メキッ! メキッ! バリ!! ボト……という、僕のお尻の方から聴こえる音。そこにあるのは引き出しが中途半端に開いているタンスがある。それをかじって、食べているのか? いや、口に入れて落としたようだ。あ!!
「ハァ……ハァ……」
作品名:家守り ~house lizard~ 作家名:ェゼ