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強制離婚

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 四年前より少し落ち着いた口調の有華。私のように昔と変わらないスウェットとパーカーを着た姿と違って、有華は男性の目を引く女の姿があった。丁寧にベンチに座る雰囲気すらも洗練されていると感じる。簡単に想像しそうなことは、夜のお店で働いているような妖艶ようえんさを感じられた。



「ずっとね。まりあに逢いたかったの、本当は」



 そう、ずっと逢ってくれなかった有華。どうしてだろう。



「まりあが、茂とこの子と、難しい事を考えずに、幸せに暮らして欲しかったの」



 まだ見えてこない真実。どうしてそんな風に思っていたのか。私の頭に廻る質問は、有華の言葉よりも優先できる言葉はまだ浮かんでこなかった。



「まりあの子と遊んでる女の子、私の子よ」



 有華の言葉に、私はこの子の年齢を逆算する。それは、見当違いは有り得ない事実。それは有華が、私の事を、自分の母親以上に、気を使ってくれていた事。



「そう、私も、妊娠していたの。茂の子、あの子を」



 有華は私よりも二ヶ月ほど後に、妊娠していた。そして、茂から結婚の順番が変わると聞いた時には、すでに自分も妊娠している事に有華は気付いていた。本当は結婚するのは有華だった。けれど、もし有華が茂と結婚していれば、すでに中絶も考えられなかった私は、いったいどんな生活だったんだろう。有華は自分の事より、私の事を優先してくれていた。だから、高校を辞めて、子供を育てながら、夜の世界で働いていた事実。もしも、その事実を私と茂が知っていたら、茂との結婚生活は、このようにならなかったかもしれない。



「まりあ、ずっと私はまりあを想っていたわ」



 ほとんど言葉を返さなくても理解できる有華の愛情。私は、有華を忘れようとしていた自分にムカついた。茂がすぐに帰ってこなかった理由。それも理解できた。直前に有華は、茂と再会していたから。事実を知った茂を想像すれば、相当複雑な気分に悩まされるだろう。そして、私は思う。どのように償ってあげればいいだろう。それは簡単に思い描けた。



「有華。今度は有華が幸せになる番だよ。有華……ずっと一人で苦しんでたんだね。ごめん、本当なにも知らなくてごめん」



 有華に抱きつく私。有華から初めて漂う女の香りに息を大きく吸った。私は、茂との再婚は考えられなかった。私に妊娠の事実を隠して身も隠した有華。おそらく中絶も可能だった時期に、好きな茂の子供を産みたいと願った有華の孤独。大人たちの雑音から私や茂を守るため考えた有華の決断は、静かに身を隠すことだった。



「まりあ。私は、茂とも、まりあとも家族になりたいの」



 私には、心の繋がりの意味にしか思えず、その言葉に何度もうなずき、何度も「有華と私は家族よ」と耳元で伝えた。けれど、有華の言う家族は、例え話や心だけの繋がりという比喩ではなかった。



「まりあ、もし、茂との結婚を許してくれるなら、私の養子になって」



 養子。一瞬ピンとこなかった。私と有華は同級生。養子って、年配の大人と、小さな子供がするものじゃないのかと。けれど、有華の言葉にはすでに調べ上げている説得力があった。



 有華は私よりも生まれの早い4月生まれ。養子縁組は、養親となる方が、成人していて、養子より年上でなければならない。年上というのは、早く生まれていればいいとの話。それに、有華が結婚をする茂が承諾すればいいという話。私と有華は歴とした家族になれる。何があっても連絡のいく家族。他人扱いは絶対されない家族。



「有華! 最高よ! 私、有華と家族になる! ずっと、高校の時と同じ三人で! そして三人で産んだこの子達全員で! 私たち、完璧な家族になれるわ!」



 私は忘れそうになっていた高校生の頃の自分を思い出した。そして、私にとってこの計画を実行する条件があるとすれば、私が有華に今すぐキスをする事だった。自分たちの子供の前で交わすキス。優しいキスだった。



 茂は有華と結婚した。全てに納得した茂。それを断る理由もないほどに。そしてすぐ、私は養子として、有華の子供となった。



     ◆◆◆



 私たちの生活は一変した。それは茂と私が静かに作り上げていた生活空間に、新しい有華のセンスが加わる。有華は高校の時と変わらず、料理も好き、洗濯も好き、掃除も好んで生活する。私はそれを手伝うかのように、新しい料理を覚えて、新しい服を買って、新しい自分を見ることになった。部屋はどこにでもある家具屋で購入したものから変化して、100年以上前の品であるアンティークを意識したロココ調のセンスが部屋に並ぶ。茂は有華と私を愛してくれる。茂がいない時は、私は有華ママと愛撫を繰り返し。天蓋で覆われたベッドで丁寧にお互いを愛でる。私に有華ママがおやすみのキスをすると、茂との夫婦の営みを行い、私は子供達と一緒に、有華の香りが残る枕に顔を沈め、子供達は私の香りを覚える。時々、有華が私と寝ている子供達を別の寝室で寝かせる。今度は有華がママとして子供達を寝かしつける。そして茂パパが私の部屋に入ってくる。



「まりあ、パパだよ」



 茂パパが優しく愛でながら、私の中に入ってくる。それは世間で言えば、近親相姦というものかもしれない。けれど未喜は私と茂の子であり、私は茂の元妻。誰が歯切れよくおかしい行為と言うだろうか。それがおかしいと言うなら、強制離婚を認めた世間とどれだけ違いがあるのだろうか。そんな雑音は、私に言わせればただの僻みだ。私は幸せだった。いつまでも、この家族が続きますようにと。



 全てが正三角形のようにバランスよくなればいい。けれど、機械でない以上、完璧に同じ日常を繰り返すことは難しくなる。求める人と求められる人のバランスは、決して同じにはならない。今日も茂は私の元にきた。父親という元夫に抱かれる私。そういう日が偏れば、満たされない人も出てくる。茂に抱かれながら、部屋のドアの下の線のような灯りに影が見える。有華。私の部屋の外で私と茂の喘ぎを聴いて立っているんじゃなくて、入ってきてほしかった。その影が部屋の前から遠ざかると、有華が遠くに感じる。



「有華! 今日は私、子供達と寝ているから、茂と一緒にいてね」



「う、うん……」



 私たちの中で余計な妬みや僻みは要らない。そんな日の翌日には、元々茂を好きだった有華を優先してあげたい。私は有華がいてこそ完璧な生活になる。有華は茂がいることで満たされる。茂は私がいることで満たされる。そのバランスを崩してはいけない。引っ込んでしまう性格の有華に代わって、意見をぶつける私が微調整していかなきゃ、この関係に溝ができる。けれど、恋慕の強さは、それぞれ想いの強さが違う。



「茂! 今日は有華とそばにいて!」



 続けて私の部屋に来る茂。私はそのバランスの話を茂に伝えて、茂もそれを理解はしてくれた。有華のそばにいてくれれば一安心。けれど、有華が満たされるかはわからなかった。


作品名:強制離婚 作家名:ェゼ