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強制離婚

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 有華の住んでいた入居が少ない団地で顔馴染みができるほど、私はほぼ毎日のように有華の団地にいた。今日は先月の投函より35日目。一週間前からずっと待ち伏せていた。私が有華に逢いたいという気持ちが、きっと伝わっていると信じて。きっと母親のために封筒を投函しにくるはず。きっとこの一週間以内に、私の姿を見てくれているはず。話したい。有華と、二年前のように、笑って、囁いて、顔を近づけて。けれど、あ……私のワンピースが濡れている……あ、これって、破水? でも、もうすぐ有華が来るかも。ああ、止まらない。どうしよう。足に流れてくる。陣痛は? まだ、こない。どうしよう。きっともうすぐ有華が……。



 私の周りに人はいなかった。少なくとも、私には感じられなかった。破水して、数分、数十分、一時間は経ったかな。しばらくそのように黙々としている私の耳には、サイレンの音が響いていた。音は大きく、どんどん大きく響いてきた。そして、気づいた。そのサイレンの目的地は、私だということに。



「連絡がありました! 破水して一時間以上経過しているあなたが動けないでいると!」



 私は救急車に運ばれた。そして、一時間前から破水している私を知っている人。一時間以上前から私を見てくれていたんだ……有華。



     ◆◆◆



 あの日、破水してから丸一日経ったころ、激しい陣痛に襲われて出産に至った。女の子。私にとっての『娘1号』が生まれた。必要以上にうろたえながらそばにいた茂は何度も私に「頑張ったね」や「大事に育てよう」と言ってくれた。けれど、茂が大事に育てるのは何歳まで? その子が茂を選ばなかったら、育てるのは私なのよ。そして、この『娘1号』が、そのうち私を指ささなかった時、私はこの子にとっては『母1号』でしかならない。そのような考えがこの子が生まれるまでずっと頭に渦巻いていた私。だからか、『娘1号』の名前を決めてなかった。せめて、未来に喜べる日が来ることを願って、『未喜みき』と名付けた。それはこの子のために、なのかな。それとも自分のために、なのかな。



 元々私は学校を休むタイプの生徒ではない。だから保健室で別室登校しながら、そして補習を受けながらも、高校を無事に卒業した。破水したあの日から、有華を待ち伏せる事は無くなった。有華は、私を見てくれていて、助けてくれたから。これ以上は、存在を隠していたい有華を、苦しませたくない。



 茂の家族の生業だけあって、披露宴は盛大なものだった。一番大きな披露宴会場でも主要な親戚が入りきれないことで、ホテル内全ての会場を利用して、新郎新婦である茂と私は、それぞれの会場に登場して、ローテーションで披露した。大忙しだ。親戚も全員が出席できるわけでもなく、遠い親戚は抽選となるほどだ。私の親戚には、もちろん見たこともない人ばかり。私を何も知らないのに「きっと幸せになれます」と言われた。そんな笑顔の中、全員が思っている事が頭に入ってくる気分。それは3年後、茂が今度は誰と結婚するのだろうと。



     ◆◆◆



 茂はいいパパだ。悪態もつかず、未喜を大事に育てている。そして私も。きっと私は恋愛結婚だと言われてもいいかもしれない。古来から存在するお見合いでもなく、婚約中に妊娠した事で、できちゃった婚と露骨に言われることなく、今の時代、珍しい夫婦の馴れ初めと評されるかもしれない。けれど、茂からすれば、好きだった私との恋愛だけれど、私の恋愛は有華から始まったもの。正三角形で始まったルール。それが崩れた時点で、私の最初の恋愛も終わっていた。



 私は自分でも意外だけれど、未喜を可愛がっていると思う。妹5号や弟1号の時と違って、そばに付いていたくなる。『誰の子供』ではなく『私の子供』だからかもしれない。たぶん自分に納得できるからだろう。



 月日が流れるのは早い。有華は相変わらず母親へ支援しているらしい。けれど会いには来ないと。未喜はもう4歳。それは、強制離婚の期日が迫っている事にもなる。



「まりあ、俺、もう一度まりあと結婚するよ」



「いいの? 本当に」



「だって、俺はまりあが最初から好きで、未喜も大事に育てるって言っただろ?」



 正直嬉しかった。本当に16歳の頃から、私を好きでいてくれたなんて。好きという感情にはお金も家柄も似合わない。理屈抜きで好きだから好きという茂の気持ちは本物だと思える。結局私には、本当の好きとそうじゃない好きを見極める目は持っていなかったんだなと、子供の頃の自分を思い出す。もう一度、茂と結婚したら、有華の事を忘れられる気がする。



 そして、私と茂は強制離婚となった。



 今日で離婚が成立してから一ヶ月経つ。茂は言っていた。一ヶ月間、お互いの気が変わらなければ、すぐに籍を入れ直そうって。一ヶ月間、私は内縁の妻として、そして氏は一度開道に戻していた。



 離婚成立する直前、義務的に未喜へは尋ねた。



「パパとママ、どっちと一緒にいたい?」



 未喜は答えた。



「パパとママ、どっちも」



 それは選べないということで、私に親権がある事を示す。茂と私にとっても、嬉しい言葉だった。そして離婚してから一ヶ月経った今日。入籍届けを持って茂は家を出た。私は家のすぐ近くにある公園で未喜と砂遊びをする。それは茂が帰ってくるのを待つために。茂が公園で待ち合わせようと言っていた。そのまま家族三人で結婚祝いをしようという計画で。



 未喜は水で湿らせた泥んこで人形を座らせておままごとをしている。泥んこを鷲掴みするのに抵抗のある私。けれど見ているだけで楽しい気分はする。高校の頃、母2号が妹4号と砂遊びをしている気分はこんな感じだったのかなと思いながら。



 太陽に背中を向けていた私の横に小さな影が近づく。茂かとも思って笑顔で振り向くと、そこには未喜くらいの年齢なのか、女の子が立っている。周りを見回すと母親らしき姿も見えない。茂が帰ってくるまで見ていようと思い、未喜と一緒に遊んでもらう事にした。未喜は人見知りがあまりない。だからすぐに泥んこの団子をみせると、女の子は躊躇ちゅうちょなくそれを受け取る。そのまま同じ背丈の女の子二人は遊びに夢中となった。その様子に安心した私は、昔からの癖のように、この子の親は、母何号なんだろうと思いながら眺めた。



 思ったより茂が帰ってくるのが遅い。今日は仕事も休みで、役所へ提出してくるだけの簡単な往復。ベンチへ座り、子供二人を眺めながら、少し心配になりながらも、徒歩で出かけた茂におお事が起きる予感もしなかった。



「まりあ、久しぶり」



 私は目を向ける事なく驚いた。その声に私は何度ときめいた事があったかと思い。けれど今は、ときめきよりも心臓が出てきそうなほどの驚きという感情だった。



「ゆ、有華?」



 私はどんな表情をしていいのかわからない。それは、有華と初めてキスした日の私がある。謝ればいいのか、馴れ馴れしく抱きつけばいいのか、ただ、ただ、有華の言葉を待つしか出来なかった。



「まりあの子? 可愛いわ」


作品名:強制離婚 作家名:ェゼ