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強制離婚

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 私の口にワインを口移しする有華。茂はパーカーのファスナーをゆっくり下げている。下着しか付けていない私。お腹にキスをする茂。首の周りを舐めてくる有華。私はその丁寧で優しい攻撃に抵抗をする気がしない。スウェットを脱がされる私。ブラジャーのホックを外す有華。私はズレたブラジャーと開かれたパーカーにスウェットが片足の足首に留まって、着用が正しいのは靴下だけになっている。女装をさせられている茂は、自分の履くスカートに手を潜らせて、何かを動かしている。有華は私の谷間に顔をうずめて、右と左についている突起を湿らせる。自分の指を歯で噛みながら、声を殺す私。その私の体の中心を押してくる何かがある。暖かく、柔らかく、やっぱり硬く、それは、少しずつ、私の中に入ってくる。茂とキスをする有華。有華の手は、口で優しく湿らせた部分をこすっている。声が、抑えられない。痛いのか、苦しいのか、それでいて、やめてほしくない初めての感覚。口に再び有華の口から流されるワイン。口から零れた雫を丁寧に舐める有華。私は、快楽だというものを初めて体で溺れるように感じた。それが甘いスキンシップを忘れてしまいそうなほど、私にあった体中の頑固な紐を全て解くような、想像もしていなかった魅力があった。



     ◆◆◆



 あの日からかもしれない。私と有華それぞれが、茂と二人だけで行動することが増えた事。今日は茂と私だった。昨日は茂と有華だった。最後に三人で重なった事はいつだっただろう。私は正真正銘、茂の恋人だ。そして、有華も正真正銘、茂の婚約者だ。これは最初に決めたルールと変わらない。むしろ、それが成立している。それを見る同級生は、羨む人もいれば、終わりを期待する人もいる。不純異性交遊と言う人もいる。けれどその場合、有華は婚約者であり、私はその先に結ばれる婚約者としている。その微妙な関係を完全に断ち切るような強い圧力を掛けてくる大人もいない。けれど、大人は口を挟む隙を見逃さなかった。



「妊娠、六ヶ月に入ってます」



 それは、五ヶ月間、全く症状が出てなかった。茂にお腹の膨らみを指摘されて、それまで吐き気もなかった。その様子を茂や有華以外で気づいたのは、性教育の先生だった。下校時間に呼ばれて、ずっと否定した妊娠。食欲がすごく、それで太ったと言い張る私。その主張は、有華と父4号に説得され、病院で診察することとなった。子供を育てる覚悟。それはよくわからなかった。きっと今まで見てきた妹5号や弟1号のような存在を育てるということ。私にそれが出来るのか?



 更に私に対して圧力が掛かってきた。それは茂の両親。茂が父親だと認知するには結婚を前提とした付き合いでないなら認めさせないと。茂本人の説得力では、本当の父を説得することは出来ても、茂の母何号かわからない人を説得するには至らなかった。私たちの作ったルールが壊れる瞬間だった。それを有華に伝えたのは、茂からだった。



「有華、順番が狂いそうなんだ。まりあに子供が出来て、それを数多い親戚に納得させるには、まりあと先に結婚しないといけない。そうしないと、俺は、この親戚から弾かれる存在になるんだ。それは、有華もまりあもきっと辛い未来になる」



 有華にとっては想像もしていなかった出来事。そして、その日から、私は有華を見る日が少なくなった。大人と生徒の監視の中、近づきづらい毎日。そして、有華の姿を本当に見なくなった。



 婚約中ということで、不純異性交遊や淫行条例という扱いには、なんとかならなかった。実際は私が結婚する予定ではなかった事は、学校中が知っている。けれど、すぐに私と茂は婚約したという事にしていたから、大人たちには婚約中だと一年半前から伝えていた。それがなんとか話の筋が通ったみたいで、真面目な交際の中で起きたアクシデントとして静まった。



     ◆◆◆



 有華に会いたい。茂から聞いた話に対して、どう思っているのか。私に対してどう思っているのか。どうして消えたのか。



 私は有華の家を訪れる。私と同じような公営団地。けれど取り壊し前の築70年の団地。すでに陽が落ちて、点滅するほど頼りない外灯が一つだけ備えられた団地の窓から見える灯りの数は、片手の指を折って数えるよりも少ない。



 有華の部屋の玄関の呼び鈴を鳴らす私。そのベルの音はしっかりと外まで聴こえる。ベルの音から数秒で、部屋の中から床を擦る人の気配。有華でなければ、母親のはず。気配が感じなくなったのは、きっとこの玄関の裏で、私が誰なのかを確認しようとしているはず。私は名乗りだす。



「あの、開道まりあです」



 チェーンロックとノブについた鍵を開錠する音。そこから大きく開いたドアの先に優しげな笑顔と共に出てきてくれた有華の母親。すぐに目線はお腹に移り、身重みおもな様子が見て取れると、また優しく顔を眺めて名前を呼んでくれた。



「まりあちゃん、久しぶり」



 有華の本当の母親。すぐに部屋へ入れてくれた。ダイニングテーブルに備えられている二つの椅子の一つに私は座り、台所でお茶を用意してくれている有華の母親。背中を見つめながら、簡単に質問をする。



「あの、有華は……どこですか?」



 すぐに返ってこない答え。有華の母親は少し目線を上げて、すぐに手元のお茶を見る。振り返ると、私の前に細い湯気を舞わせた湯呑を丁寧に置いてくれる。



「有華はね、もう、ふた月になるかしら。出て行ったの」



 ふた月。それは私の妊娠が発覚した頃。おそらく、茂から有華へ結婚の順番が変わったと伝えられた後ではないと感じた。



「書置きがあったの。仕事を探すって……それでね、先月私への生活費を入れた封筒がドアのポストへ入れられてたわ。『私は元気』と書かれていて……」



 有華は働きに出ていた。どこに勤めているかもわからない。けれど、母親の生活を支えるために、生活の足しになるお金と、有華のかわいい筆跡で自分の無事を知らせている。その様子に私は少しホッとした。間違いなく有華の字と性格で書かれている。郵便で運ばれた訳ではない直接の投函。それは確かに有華の無事を伝えてくれる。けれど、私に対してどのように想ってくれているかは、やはりわからない。



 私はそれから、有華が封筒をポストへ投函する事を見計らって、時間や日付を予想して待ち伏せするような習慣がついた。けれど、もしかして、私の姿を見て、私を避けようと時間をズラしているかもしれない。なぜなら、私が待ち伏せした日の翌日には、再びドアのポストへ投函されていたと有華の母親から聞いたから。そこには、やはり私に対しての言葉は添えられていない。



 翌月も、私は待った。きっと私を離れたところから見てくれていると信じて。父4号には身重な体で出掛けるたびに止められるが、常に私を監視することは出来ないわけで、私は有華の笑顔が似合う表情をもう一度見たいがために、有華の団地へ向かう。茂にも内緒にしているから、一人になりたいと言った日は、有華の団地に行く口実にしている。


作品名:強制離婚 作家名:ェゼ