強制離婚
「えっと、有華。聴いてくれる? あ……」
私が話そうとしたとき、言葉を止めさせるように茂が右腕を私の前にだす。
「有華ちゃん。昨日のことを含めて、さっきは本当ごめん。それで、俺、考えたんだけど、俺、有華ちゃんと婚約しようと思ってる」
すでに小耳に入れている有華。でも、それを知っていても来てくれたから、きっとわかってくれるはず。有華は茂の言葉にまだ答えを返そうとしない。
「有華ちゃん……それでね、俺は有華ちゃんに、自分の気持ちを伝えた。有華ちゃんも俺に伝えた。開道さんも、恋愛したいっていう気持ちを伝えてくれた。それで、俺は有華ちゃんの親友であり、俺が好きになった開道さんと、高校卒業までを期限として、えっとお付き合い、つまり恋愛しようと思う。けど、それから結婚はしない。俺は、その後、君と結婚しようと思ってる。有華ちゃんがそれで良ければ」
茂の言葉は丁寧で、たぶん全部伝わったと思う。そう、私たちは、自分たちの気持ちは全部伝え合っている。隠すことなく、それでいて有華と私は信じ合っている。私を好きな茂。茂を好きな有華。有華を好きな私。私が体験したい恋愛。全員の意見が全て叶うルール。あとは、私と茂の恋愛っていう期間を認めてくれれば。
「えと、まりあはそれでいいの?」
「もちろん。私からの提案だったから」
しばらくの沈黙。あとは有華の気持ち次第。有華はきっとわかってくれる。だって、私たち、一日早く恋をした仲だから。これから私は、誰にも隠れず、誰にも隠さず、茂と恋愛しながら有華と一緒にいる。あれ? じゃあ、私も有華と恋したように、同じ事をするって事? えっと、茂の匂いを嗅ぎながら、体を抱き合って、唾液交換? あれ、それって、しなきゃダメなのかな。ちょ、ちょっと、ルール追加!
「わかった! もう学校中に知られてるし、隠すことないもんね! みんなが納得してるなら、そうしよ! 私もまりあが大好きだから、茂と恋愛してても変わらないわ! だってまりあは私の分身だもん! ね!」
ルール追加不能。こんなに気持ち良く承諾してくれた有華に水をさせない。
こうして、私たちは恋人同士と婚約者という円満な三角関係になった。
◆◆◆
「私これが合うと思う」
「えー! 茂にはこれだよー」
私たちのルールが出来てから、一年は経ったと思う。そう、私と有華と茂はいつも一緒に遊びに行く。茂の婚約者の有華と恋人の私。笑顔が絶えない有華を見るととても幸せな気分だ。
「茂! どっちがいい?」
「え……どっちでも、いいかも」
ハロウィンパーティー。クリスマス。正月。私たちはいつも一緒。正三角形のようにバランスがいいと思う。
「まりあ! 譲らないならキスしてあげないから!」
「ダメー!」
茂の前で深いキスをする私と有華。茂からすれば慣れた光景。またかと思われるほど、私は有華を欲している。初めて教室でしたセカンドキスのように。
「茂も嫉妬しないの!」
「や、やめろよ! ここ! 人いっぱい……ん」
そう、有華は婚約者として私と同じことを茂にする。それに対して私は心が動くことはない。それは有華が幸せな顔ができる瞬間が沢山増えるっていうことだから。私は有華とずっと愛しい気持ちを確かめ合っているだけで心が安らぐ。むしろ私が不安なのは、この関係が終わるのが近づいている事。卒業すれば、有華は既婚者。周りの人たちは、この関係を認めないだろう。親戚が多ければ多いほど。茂の家系は当たり前に親戚が多い。それこそ何千人いることだろう。
私の接してきた兄弟だけで13人。両親を入れたら20人だろうか。今年の始め、父4号と母3号は強制離婚となった。その時、私は迷わず父4号を選んだ。それは、妹5号と弟1号との別れも意味していたから。両親を選べない子供は、母親についていく。離婚の財産分与という制度はなく、離れた家族が生活できる程度の決まった養育費を払っていけば、問題は起きなかった。家族は大事とは言われているけど、これだけ親戚が増えると、家族の意味がわからなかった。他人とどう違うのかと。だから妹5号や弟1号には、正直家族としての感情が沸かなかった。それは父4号と母3号を含めて。
今のところ父4号は新しい『母4号』を探そうとはしてない。何度か結婚を体験するうちに、しばらく独身であることが楽しくなるらしい。
留守がちな父4号。それは、団地の4LDKが私ひとりの空間となる。大抵はどの家庭も家族が家にいて、丸一日一人の空間になるなんてほぼ有り得ない。その貴重ともいえる空間に有華と茂を呼ばない訳が無い。
「茂! 有華! いらっしゃいませー」
「ただいまー」
「お邪魔しまーす!」
「有華、どうしたのー! メイク濃い!」
有華はウチの常連。冷蔵庫の中身からパンツの場所まで知っている。掃除や洗濯や料理もしてくれる。良くできた主婦になりそう。家の中は無敵だ。警察も道路や国の所有地までしか通報がない限り立ち入ることができないから自由に暮らせる。何度かパーティーを繰り返すうちに、お酒の楽しみを覚えた。
「じゃじゃーん! 今日のキツいメイクの理由!」
「あー! ワイン! 良かったー白いので! 変装して買ったのねー! 悪い子だ」
「どう? 中々大人っぽいでしょ! まりあもメイクしてあげる!」
「やめてー! だったら茂にやってみよう」
「勘弁しろよー!」
茂の抵抗にお構いなしにファンデーションを塗り始める私と有華。有華と計画して、茂用のカツラや洋服も用意していた。
「可愛いー!」
「お! 茂、こんな女性普通にいるよ!」
いじり放題。遊び放題。笑いたい放題。そんな毎日が、いつも人生で一番楽しい日と感じられた。
「茂! 大人しくしてたらいっぱいキスしてあげるね」
そう、二人が誰にも気兼ねなくスキンシップできる空間。ここでは、その空間を提供できる。
メイクをして、口紅のついた唇で有華を攻撃する茂。有華の口の周りはファンデーションと混ざってピンク色の花が咲いているようだ。お酒も廻って、私もその雰囲気に酔っている。有華の唇が欲しくなった。茂から奪って有華に深い口づけをする私。茂も有華に口づけをする。三人の口が有華を中心に重なる。そして、茂の唇は、私にも深いキスをする。唾液交換。私が二人にキスで攻められている。嫌な気はしない。それだけ、私たちは絆が強くなったと感じる。父にも母にも兄にも姉にも弟にも妹にも感じなかった愛情がここにある。