強制離婚
私はすぐに教室から走り出した。今度こそ心を痛めた有華に会いにいく。いや、逢いたい。全部聞いてあげたい。有華の心は傷ついている。癒してあげたい。私の心も引き裂かれる気分。あんな男と結婚しなくて良かったんだよ。
有華が行ったのはたぶん屋上。もうすぐ授業も始まるから、きっと人もいなくなる。授業はどうでもいい。今日はずっとそばにいてあげたい。屋上のドアが見える。私は勢いよくドアを開けた。
「有華!」
屋上から景色を眺めているように、有華がフェンスに触れている。フェンスは低くない。間違っても飛び降りる事は難しい。
「有華……」
「まりあ! フフ、そうだよね……馬鹿だったよね私! 結局、茂を最初の離婚相手として利用しただけだもん! あんな風に書かれてもしょうがないよね!」
背中を向けながら大きな声で私に伝える有華。
「有華……有華は悪くないよ。私がアイツを変なフリかたをしたから、きっと腹いせに……」
「私、茂には直接言ったんだ。そしたら、謝られちゃった」
「謝られた?」
「うん! 茂が私に結婚申し込んだこと。なんかね、本当にまりあの事好きだったみたいで、なんだかヤケになって、まりあに一番近い私なら、そのうち、まりあに近づけると思ったらしいよ!」
私を好きだったという茂。けれどその感情は何も感じなかった私。親の七光りと感じていたあいつの言葉には、ほかの男と同じで、挨拶のように申し込んできたと思っていた。
「あとね、まりあ! 私、本当は茂の事、好きだったんだ! でも、恋愛したいっていうまりあの言葉に、簡単に結婚申し込んできた茂になんだかムカついて、私も、まりあと同じように恋愛したいって言って断ったの!」
驚いた。茂の事を好きだったなんて。私の教室で同じ窓際の3つ前に座っている茂。授業中も顔やクセを見ることもなく、目に止めてなかった存在を、私の知らないところで有華は好意を持ってた。そんな茂に対して、私は恋愛がしたいからという言葉でフッた事に有華が影響されて、私のすぐあとに立て続けに結婚を申し込んだ軽い茂を同じようにフッた。
「有華……ごめん。本当ごめん、私……」
「あとね、あの黒板、茂の仕業じゃないよ。だって、茂に昼休み、さっきここでフラレた時、私から先に屋上から去って、教室に戻ったから、たぶん、それを聴いてた人がやったのよ。だから、茂を恨まないでね」
あ、私、知らずに……あいつを殴った。どうしよう。
「有華! 私、あいつに謝らなきゃいけない事があるんだ! 落ち着いたら、ちゃんと教室に戻ってね! もう一度、ちゃんと放課後に話そう!」
「え?」
私はすぐに屋上から階段を下りた。そして、すでに廊下には誰もいない。私は自分の教室に走る。そして、まだ先生が現れていない事で、私の教室の生徒はざわめいていたけど、私が教室に入った瞬間、全員が私を見た。私は茂を殴った場所まで再び戻った。そこには両頬を赤く腫らした茂が、少しにらみ気味に私と目を合わす。
「なんだよ」
「殴ってごめんなさい! 私の早とちりでした! 本当にごめんなさい!」
私は生涯で、こんなにちゃんと謝った事がなかった。真っ直ぐ指先を伸ばして腰の横に下げ、しっかり頭も下げる。その最初がまさか茂だなんて思わなかった。周りは当たり前に静まる。そして茂の言葉を私と同じように待っている。
「もう……いいよ。俺がアイツに不真面目に結婚持ちかけたんだから」
「本当ごめんなさい。あと、もう一度、有華のこと、考えてあげられないかな……」
「え……それは、あの……俺は」
「本当に、私なんかよりすごくいい子で、私、自分の事のように大事な大好きな親友なの」
周りがざわつく、これは正直賭けだった。みんなの前で謝るから、私が茂に恥を掻かせた誤解は解ける。それに、私が落ち着いたら、私はそんな事を言い出せない。今しか茂と話す事はないだろう。有華が茂の事をどうでもいい男と見ていたら、こんなことは言わない。けれど、有華は茂の事が好きだ。私の恋愛への憧れを有華に芽生えさせたのは私だ。どうか、私の願いに茂が有華に対しての可能性を残してほしい。
「恋愛……」
「え?」
「二人共、同じ事言ってたよね。恋愛したいって」
そう、確かに私も有華も、恋愛したいっていう理由で茂をフッた。その言葉に一度だけうなずく私。
「俺と、高校生活中、付き合ってよ。えと、これって付き合うって言葉であっているのかな。結婚は関係なく、俺の、えっと、恋人? に、なろうよ。そしたら、有華ちゃんとすぐにでも婚約してもいいよ」
え? 恋人? おばあちゃんが言ってた。結婚していなくても、お互いを『彼氏』とか『彼女』って呼んで付き合うって。結婚じゃないから、それは、仲のいい友達って事かな。それなら……。
「いいよ。高校卒業するまで、私はあなたの……えと、彼女になります」
教室中が沸き立つ。結婚をしない付き合い。それはもう過去の産物か、結婚を繰り返した年配者がすることだった。それを50人の見ている前で公開宣言。まるで結婚式のように口を鳴らし、『おめでとう』と言われ、拍手するクラスメート。私は、大事な有華が心配だっただけ。有華の笑顔を取り戻したかっただけ。そして、茂にしっかりこのルールを改めて頭に入れてもらわなきゃいけない。
「あとこれは、有華が婚約を承諾した場合に限るからね」
「ああ、そうだよな」
茂から差し出された手に握手をする私。まるで、サッカーの試合前のように、お互いひとつのゴールに向かって最後まで全力を尽くしてプレーするって気分。でも、男と恋愛って……どうやってするんだ?
「静かにしなさい!」
周りの騒ぎに教室へ入ってくる審判こと先生。このフィールドで絶対の権力を持つ審判の一言により、全員が着席する。
下校時間、いつも通りひと気が無くなるまで待つ私。いつもと違う事は、その空間に茂がいること。自分の席から動かない二人。その二人で、いつものように現れるはずの有華を待つ。
「なあ、有華ちゃん、来るかな」
「来るわよ。きっと、あと、5分待って」
教室に人はいなくなった。あとは有華がいつも通り現れれば条件はそろう。5分経ったら私から探しに行こう。あのあと、ちゃんと教室に戻ったかは心配だった。けれど、恥ずかしさに耐えられなかったら、そのまま家に帰ったかもしれない。5分待つことなく、私は席を立った。
「あ、有華ちゃん」
それは茂が気づいた。私から見えない教室のドアの裏の廊下。先に目に触れた茂は私に伝えてくれた。すぐにドアの裏からツインテールの片方が揺れて見える。たぶん茂の存在に気づいたから、余計気まずいのかもしれない。
「有華! 大丈夫、入ってきて」
少し気まずそうな顔で教室に入ってくる有華。まるで三者面談。ちょうど正三角形ができそうな位置に有華が座る。
「えと、まりあ。このクラスの子から耳にしたんだけどぉ……」