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強制離婚

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 団地の踊り場は声が響く。けれど、有華は私の耳元に溜めていた息をこぼしながら、小さな吐息の混じった声で、私の気持ちを代わりにつぶやいてくれた。すごく嬉しい。すごく幸せ。すごく愛しい。たぶん、言葉にしたらそういうことだろう。有華は、私に必要な存在。いつ団地のドアが開いて、この姿を見られるかわからない。吹き抜けた踊り場の外から覗かれているかもしれない。けれど、私の開いた唇は、有華にふさいで欲しかった。3回目のキスで、はっきりと理解した。これは恋だと。



 有華といつもの散歩をする。いつも歩く道でも、有華が撮りたくなる光景は沢山見つかる。歩道の街路樹の色の変わり、季節に変化して咲く花。川に流れる魚たち。大きく変化する光景ではないのに、有華を想う気持ちが加わり、一つの光景を見るたびに有華の笑顔は見る景色を変えさせてくれる。気持ち一つで景色が変わる道。ひと気のない道に入ると、隙すきを見つけては有華との唾液交換。お互いの一部を相手に与えて、相手から味わう行為に、私はひと気が無くなるたびに興奮した。



 いつも休憩するベンチがある。自販機でいつもは二つのボタンを押す。今日は一つ。それを二人で飲み合う行為の一つ一つに、お互いの愛情を確認している自分がいることに、そして、その行為を有華が笑顔で返してくれる事に、恋の繊細さを覚えた。



 有華の一挙一動が気になる。そして、笑顔が曇る瞬間も、私には感じられた。悲しそうな表情は、きっと有華に恋をしていなくても感じられただろう。



「まりあ、私……茂のプロポーズ受けるわ」



「え……」



 血の気が引く。初めて知った感情と熱の色がくすむ。空気が重い。



「私、お母さんと母子家庭で育ってから……」



 有華の家の事情は知ってる。お母さんは孤児院で育った。だから親戚もいない。一度結婚をした事はある。けれど、結婚中に夫は蒸発。それは土木業の事業が失敗。その失敗の借金を背負った母親。そしてすでにお腹の中にいた有華。婚活という言葉が40代から10代まで下がったこの頃では、そのような母親と結婚しようとする人が中々現れない。今の30代や40代は、すでに何度も結婚を繰り返して、自分の親戚が十分に増えたのち、自分の好きになった相手だけを探す恋愛活動の恋活こいかつが流行りだ。おそらく有華は、そんな母親に強い親戚の繋がりがほしいという理由。それは、母親を想う有華からすれば、私との恋よりも、きっと優先されるだろう。



「だから、まりあ……私はまりあをずっと好きで……からかうつもりとかじゃなくって……」



「大丈夫、有華。私もあなたが笑ってくれるなら、応援する」



 そう、どんな相手でも、3年経てば、終わらせる事ができる。初めてこの制度に対してのありがたみを私は感じた。



     ◆◆◆



 茂にとっては、好みの女を片っ端から目を付けて、将来の離婚相手の候補を作っているだけかもしれない。3年間の一夫一妻。離婚後は次の結婚までに、今まで見つけた候補を渡り歩く。年を重ねれば、結婚相手がいなくても、今まで肌を重ねた相手との内縁の妻を見込んだ一夫多妻。その行いを悪く言う人はとても少ない。離婚しても、まだ一緒にいたいなら、同じ人と再婚すればいいだけだから。



 今は性教育の授業の真っ最中。時間帯はいつもバラバラだけど毎日の授業。



 江戸時代は人生が50年だと言ってる。だから初婚は15歳前後。平均寿命が90歳くらいの今でも、中学生が終わると求婚の真っ盛り。女が輝く時代を少しでも長くするためにも、若いうちから結婚話。若くないと相手されなくなる。そのように性教育の授業をしている女教師は、いつも言葉に皮肉が混じってる。周りは言ってる。公務員と一度は結婚したきり、その後の恋活が上手くいかないと。



 この授業が終わったら、昼休み。昼休みが終わるころ、有華に聞いてみよう。フラレた茂がまだ結婚の意思が残っていたかどうか。有華には幸せな人生であってほしい。私たちの人生はまだ長いから。



 昼休みも終わりに近づき、有華の教室に向かおうとする私。性教育の授業は男女別の教室だ。直前の授業からそのまま昼休みに入ったことで男子の数はまばらで、茂も教室へは戻ってなかった。きっと有華が呼び出していたはず。



 教室のドアを開けると同時に昼休みから帰ってきた茂が目の前。茂から直接聴くのも気が引ける。でも、何か話さないとまずいかな。えと……。



「あ、昨日はごめんなさい」



 私がそんな言葉を発したすぐ、茂の横に現れる茂の友人。少しずつ笑みを零しながら、茂に向かって口を開く。



「茂! ごめんなさいだってよ! なに2回もフラれてんだよ!」



「ぅるせぇな!」



 なんだかすごくまずい事言ったのかな。茂は私と目も合わせずに私の横を素通りする。その後ろを友人が冷やかし足りないのか、ちゃちゃを入れる。茂は友人に言い返しながら、少しだけ私と目を合わせると、すぐに視線を戻す。私が居ることが冷やかしを増やしているような気分になった。



 駆け足で有華の教室へ向かう私。そして有華の教室の前で私が見た笑顔のない有華の姿。窓際の一番前の席で両手を顔全面に当てて、歪んだ口元は泣いている姿を見せないためか。けれど、有華の教室にいる人は、たぶん全員が知っている気がした。有華を見て苦笑している。有華の周りに人がいない。そして、有華を見ながら黒板に目配せしている人。私は有華のいる教室に足を踏み込ませた。え……これって。



【有華ちゃんごめんなさいねー!! 財産目当てに告る女! お前は本命のお友達―!! By茂】



「なにこれ!!」



 教室の教卓まで踏み込む私。私は勢いよく右や左を見回した。黒板消しを探すために。けれど見つからない。私は両手でその文字を消す。消しながら有華の方を見る私。けれど、振り向いた時には有華の姿はなかった。すぐに教室から飛び出す私。突然の足音はきっと有華のものだ。廊下に出た時には、廊下にいる人が全員、有華の背中を眺めていた。私はすぐに追いかけたかった。けれど、私は明らかに、怒っていた。



 走り出したのは有華とは逆方向。それは自分の教室であり、教室の開いたドアの隙間から見える憎い男。私は茂が座る机の正面に立った。



「なんだよ……開道さんの友達なら……」



 コイツの言い訳なんて聞きたくない。コイツは私の一部を悲しませた。両手や制服が白や赤のチョークで薄汚れた右手で、私はコイツの顔を平手打ちしていた。目の前の男の左頬に移るチョークの粉。白い線と赤い線が四本は見える。すぐにもう一度、目の前の男の右頬にも、同じような三本の線が残った。本当は、今足に触れている椅子で、コイツを殴りたかった。茂の友人は、まるで自分が平手打ちを食らったかのように片目をつむり、痛そうに口を引きつっている。教室の空気は止まり、全員がその様を見届けた。


作品名:強制離婚 作家名:ェゼ