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吸血鬼の椅子

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「この場合、責任を問われるのは椅子の所有者たるあなたと、それから製造および保守点検を行っていた私でしょう。事故という不幸を考えると彼については免責です。椅子の彼女については木っ端同然、人に対しての方が吸血鬼界はまだ優しい。ですが吸血鬼の家具を保有している以上、あなたはその責任を追及されるかもしれません。私についてもまあそれなりの処分はありましょうが」
 私は丁寧にぶち殺される程度で、あなたはどこかの吸血鬼専用の血液袋になる程度でしょうなと家具職人が言った。
「そこで相談があるのです。丁度一つ駄目になってしまったことですし、新たに家具を一つ作る気はありませんか? この椅子よりも少し大きめの、そうですね、丁度そこにあるソファほどの……あるいはカウチソファでも。皮はお好みのヴェキポーレの産でご用意できそうです」
「しかし皮はどこに」
「ここにあります」
 仮止めに使うテープを荷の中から持ち出して来て、ラサの手首足首と口元に巻きながら家具職人が言った。
「うまくすれば二人分の皮を手に入れることができる。一つはこの椅子の分、もう一つは彼、──どちらもヴェキポーレの産です。幸い係累はない」
 もちろんあの椅子と同じ型のものでもよいのですが、あいびきにするつもりなので少し大きい方がいいです、と頭の桶が揺れてどこかに下ろされた。見ると桶の蓋にある扉が開かれて、そこから家具職人の顔が覗いている。
「どうも彼はこの椅子とは顔見知りのようですからね。全財産をはたいてでもこの椅子を手に入れたいというお話を、ここへお伺いする前に彼から聞いています。彼女も、おそらく彼を知っている。知り合いでなければ首筋を食いちぎったままにしておけばいいのに、わざわざ彼を吸血鬼にしてまで生きながらえさせています。暴れ回っているときも、彼を踏まぬよう、彼を我々の視界から遠ざけるよう立ち回っていました。お気づきでしたか? ……おそらく、親子ではないでしょう。私が彼女を拐かしたときはまだ彼女はまだ娘っ子でしたし、父親は確か別にいた。おそらく片恋の恋人同士」
 家具職人が赤く染まったハンカチを桶の中に投げ入れると、いかがですかなと主人の方に振り向くのが椅子の目から見えた。この皮が失われずに済むのなら、と言って屋敷の主人はしばらく沈黙していたが、やがてゆっくりと手が伸びて、相変わらずしびれたままの──少しは感覚が戻ってきたが──椅子の皮に触れる。
 心配せずともその刺青は残しますよと家具職人の笑いながらそれを見ていた眼球をえぐり取った。
「一度運び出さなければなりません。できあがった際の搬入先はいかがしますか」
「椅子を見させてもらってから決めよう」
 場合によっては屋敷も建て直すか、という声が聞こえてきたところで蓋が閉じられたので、そこから先は、桶の外で何が起こったのかは知ることができない。
 夜が来ているのかも、朝が来ているのかも、桶の中は薄暗かったし、他の場所にあった椅子の目は家具職人の手によって早々にえぐり取られてしまったので、何かを見ることは叶わなかった。丁寧に塗りたくられるクリームは細胞の再生を阻害する。家具職人から警戒されているのか、頭桶は心臓の桶から遠いところにしまい込まれていた。今日は何かの作業をするのか、久しぶりに工房の中に持ち込まれたらしい。思いのほか工房の中はにぎやかだったのだな、といまさらのように思った。家具製作にいそしんでいるときの家具職人の口からは絶えず家具の説明が漏れ出ていたし、それに加えてどこかで椅子になっているらしい、同じ身の上の吸血鬼が聖水を泡立てながら声を上げている。水面に届く頃にはさざ波と化している音に混じる言葉は一体どこの言葉であるか皆目見当も付かなかったが、呟いているであろう内容はおおよそ見当が付いた。家具職人が今取りかかっている椅子についてだ。
 椅子を作るにはまず銀の骨格を用意する必要があるが、これは過去に作った型の中から選んだようだった。合挽の椅子は肉の相性が大切で、これがなかなか見つからなくて死蔵していたんだというのは家具職人の弁である。他人同士の肉をつなぎ合わせると弱い肉の方がすぐ駄目になってしまって、頻繁に手入れが必要になることが多いらしく、確かに大型の家具は決まってクッションをいくつかに分割し、駄目になった部分だけを持ち帰っては工房で別の肉に付け替えてる作業をしていた。今度作る椅子は分割はせず、縫い合わせをするにとどまるらしい。砂型を作り、溶接して、中に液体の銀と骨の破片を流し込むことができる程度の隙間を作ると、次は座面にのたうつ茨の溶接だ。一つ一つの工程を、たった一人の工房でさも楽しげに語りながら家具職人は作業を続けていく。居並ぶ頭桶は熱心に耳を傾けていた。それくらいしか楽しみがないから、多分間違いはないだろう。これは推測だが、家具職人はその首が家具たる自らの身体を忘れさせないために、そうして過ごす日々の退屈さを紛らわせるために、ひたすら喋りながら作業しているのかもしれない。
 ラサは眠らせられ続けているようだった。電撃のせいか、麻酔薬によるものなのかは知らない。
「二人いっぺんに手に入ればいいんだけど、そうじゃないことも結構あるから」
 だから片方は眠らせておく、と言って家具職人の手が止まる。
 椅子を作る作業の合間に、今は駄目になってしまった椅子の皮──先日大暴れしたあの椅子の身体だ──に、丹念にクリームを塗り込んでいた。先程も塗り込まれていたような気がしたが、こんなに塗られてしまってはべとつくどころの騒ぎではない。家具職人の指の感覚すらぼうっとしていた。
「基本的に男女の組み合わせがいい。ただし必ずしもうまくいくわけじゃないから合わなかったらやり直し。それから肌の具合も大切だ。同じところに住んでいる人間の皮でも微妙に風合いが異なって、縫い合わせるとなるとどうしても合わないことがあるから」
 さてそろそろ効いてきたかな、と最前丹念にクリームが塗り込まれた皮膚の弾力を確かめると手袋を外す音が聞こえた。
「今回は別の椅子からはがした皮を使う。この椅子は駄目になりかかっていたんだけど、うまくすればまた使えるようになるんじゃないかと──特例中の特例だ。クリームはいつも使っている保守用のものの成分を濃くしたもの。これを塗ると暴れられなくなるから、丹念に塗ったあと──まずはこいつを椅子からはがす」
 そういって椅子にはめられていた銀のバンドをゆるめはじめる。先日の騒ぎのあとに肉に打ち込まれた無骨な鋲も、丹念に抜き取られて骨格から外される。肘掛けの皮がぺらりと浮いた、その隙間からほっそりとした冷たい手を差し込むと、軽く力を入れて肘掛けにある銀の薮から肉をひきはがす。椅子の骨格にある骨が軋んだ。肉と引き合って椅子に戻りそうになるのを、すぐさま家具職人が真皮の内にクリームを塗ってひきはがす。椅子の中にある骨も肉に向かって動こうとしていたが、こちらは銀が重すぎてあまり身動きが取れないらしい。けれども、鎖が滑って張り詰める音が聞こえた。
作品名:吸血鬼の椅子 作家名:坂鴨禾火