あの日、あの夏、あの子に向けて
祭りの中心地から離れ、静かな小高いひらけた場所。
ツバサとアオイ以外辺りには誰もいない。
アオイ「わー!! こんな場所あったんだ!!」
ツバサ『神社の境内を登り切って、少し道を外れた場所。俺と父さんしか知らない秘密の場所。この街とどこまでも広がる海を一望できる。この場所を教えたのはアオイが初めてだった』
アオイ「ここからなら、花火も綺麗に見えるね!!」
ツバサ「花火?」
アオイ「ツバサ知らないの? お祭りの日はね、必ず、打ち上げ花火があがるんだよ!!」
ツバサ「へー……」
アオイ、ぶら下げていた袋から、何かを取り出す。
アオイ「ふー、ふー はいっ!」
ツバサ「なんだ?」
アオイ「たこ焼き!!」
ツバサ『そう言うと、アオイはまだ湯気の上がるほかほかのたこ焼きを串に刺して、俺に差し出した』
ツバサ「いらねぇよ、この暑いのにそんなクソ熱そうな食いーー」
アオイ「えいっ」
ツバサ『俺の口が開いた瞬間。アオイが口の中にたこ焼きを放り込む』
ツバサ「あつぃ! あちち!!!」
アオイ「アハハー。どう? 美味しいでしょ?」
アオイ『ツバサの慌てふためく表情に思わず笑ってしまった』
ツバサ「バカ!! やけどするだろ!!!」
アオイ「アハハー」
ツバサ『アオイは俺の様子を見て楽しそうに笑っていた。放り込まれたたこ焼きは見た目よりも程よい暖かさで、ほんのりと香るソースがとても美味しかった』
アオイ「いっただきまーす、はふっ! っ!!」
アオイ『ツバサの様子を見ながら、たこやきをひとつ口に入れる。うん、もう少し冷めてからでも良かったかも知れない』
ツバサ「ったく……自分もやけどしそうになってんじゃねぇか」
ツバサ同じく、ぶら下げた袋からゆっくりと何かを取り出す。
アオイ「あっ! フランクフルト!! ねぇ! 一口ちょーだい?」
ツバサ「仕方ねぇな」
ツバサ『まだ、一口も食べていないフランクフルトをアオイへと差し出す』
アオイ「やった! いっ、ただきまーす!」
ツバサ『小さな口を大きく開けて、思いっきりフランクフルトを頬張るアオイを見たら思わず笑みがこぼれた』
ツバサ「ん? ふぁふぃふぁおふぁふぃふぉ?(なにがおかしいのを口の中に何かを頬張っている感じで)」
ツバサ「食い終わってから喋れ」
ツバサ『そんな子供みたいなアオイを見て、また一つ笑みがこぼれた』
アオイ『ツバサが笑っている。良かった、お祭りに来てからもずっとツバサはどこか寂しそうな顔をしていたから……』
ツバサ、しばらく口の中のフランクフルトを咀嚼してるアオイをじっと見つめる。
ツバサ『ガキの頃から何も変わらない。最近、少しオシャレとか化粧とか背伸びを始めたけど、やっぱアオイはアオイだ……。何も、変わらない』
アオイ『ツバサは、子供ころより少しだけ、背が伸びたり、声が低くなったり……でも、ツバサはツバサのまま。何も変わっていない』
ツバサ『そう、何も変わらない。そう、信じていたんだ』
アオイ「はいっ!」
ツバサ「んっ? こんどはなんだ?」
アオイ「わたあめ!! ツバサ、好きだったでしょ?」
ツバサ、アオイの発言に苦笑いを浮かべる。
ツバサ「ガキの頃の話だろ?」
アオイ「んっ? 今は、好きじゃないの?」
ツバサ「いや、それは!」
アオイ「じゃあ! はいっ!!」
アオイ『少しだけ、わたあめの棒を強引にツバサに差し出す』
ツバサ『あの頃と変わらない笑顔でアオイは俺にわたあめを差し出してきた。そんなアオイに負け、一口、ほんの一口だけわたあめを口に入れる』
アオイ「どう?」
ツバサ「……甘い」
ツバサ『口の中に一気に砂糖の甘みが広がる。でも、懐かしい味だ。昔は、父さんにこのわたあめを買ってもらってたっけ』
アオイ「美味しい?」
ツバサ「まぁまぁかな」
アオイ「そう、なの?」
ツバサ「あぁ」
アオイ「えー……こんなに美味しいのになー」
ツバサ『アオイが、そう言ってうまそうにわたあめを口いっぱいに頬張り幸せそうな表情を浮かべる。俺は、それを横目に見つつ、フランクフルトをかじった』
お互いに食べながら、会話はないが、なんとなく心地よい空気が流れる。二人、自然と手を繋ぐ。
作品名:あの日、あの夏、あの子に向けて 作家名:小泉太良