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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Wingman

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 おれが言うと、野島は肩をすくめた。言葉には出さなかったが、後者を選んだのはその目つきで分かった。おれが目配せをするのを待ってから、野島は男の顔の上にタオルを被せた。尋問する側とされる側には、途中どこかで共通認識のような物が生まれる。尋問される側はペースを理解し、情報をどうやって出せば自分が五体満足で抜けられるか、その加減を考えるようになる。タオルの被せ方が甘ければ隙間を探すし、解放されたときは次の『仕打ち』に耐えられるように大きく息を吸い込む。野島は川から汲んできた水を上から細く垂らし始め、今度は男が激しくせき込んでも止めなかった。共通認識はあっさりと崩れ、男はタオルをほとんど口の中に吸い込んで窒息死した。
「位置情報が残ってました。スクーターを整備工場に取りに行ってますね」
 野島はラップトップの画面を見ながら言った。パスコードを聞き出した時点で殺してもよかった。そう言いたいのだろう。無駄に費やした時間は、食べ物をラッピングする包装紙と同じだ。その意味を見出せるのはあくまで、腹が減っていないときだけ。
 いつもの野島ならスマートフォンの中身を肴にもう少し話し、おそらく男を殺すこともなかった。急ぐのは、仲間の家族が殺されたお返しだからだ。色々と相談を受けていて、自分事のように悩んでいたから余計だろう。諜報をずっとやってきたおれからすれば、泳がせてもよかったのではと思う。野島は、次で行き止まりになるリスクを無視している。
 タオルを引き抜いて死体袋のファスナーを閉じ、野島は工具店のロゴが大きく入ったボンゴバンのリアハッチを開けた。
「予報は?」
 おれが訊くと、野島は暗記しているように宙を向いたまま言った。
「午前四時から大雨です」
 二時間後。雨が降り始めたら男の死体を川に捨てる。溺死と区別がつかない死体は、事故として処理される。野島は、自分のスマートフォンを取り出すと、鶴田に整備工場の位置情報を送った。数秒で集合場所の位置情報が返信され、野島はリアハッチを閉めた。
 ひとつ目の目的地は決まった。後は、これが横野にとってどれだけの意味を持つか。自分の経験からしか、予測できない。三十年前、強盗を返り討ちにしたおれにとっては、あの経験が新たな重心のようになった。復讐すべき相手が見つかるということは、横野にとってどんな意味を持つだろうか。そこは五十年分の人生経験をもってしても、確実なことは言えない。野島がボンゴバンの運転席に座り、おれが助手席に座るなり発進させた。雨がぱらつく汚い市街地を走り抜ける。三輪タクシーに野良犬。曇った空を見上げる、派手な衣装を着た夜の店の女達、そんな瞬間を天から一度に収めようと、できそこないのフラッシュを焚くみたいに遠くで光る雷。その非現実的な光景を見ていると作り物の中で生きているように感じるが、それはむしろ、精神の安定に役立っている。
 おれは竹内家のグループメッセージを開いた。遥香から最後に届いたメッセージは、『コーヒーキャンディがいい』。空港に置いてあった気がするが、この忙しないスケジュールだとうっかり見逃しそうだ。ドライフルーツや現地で見つけたアクセサリー、色々と買って帰ることになるだろう。復讐の足掛かりさえつかめたら、歯車は自動的に回り始める。
 三十分ほど走り、鶴田の古いスカイラインGT-Rが横付けされたレストランバーが見えたところで、ダッシュボードからルガーLCPを取り出した野島は言った。
「一応、警戒しておいた方がいいです」
 おれはうなずき、ジーンズに通したベルトに我が物顔ではまり込むガラクタの45口径に触れた。大雑把な造りで角が尖っている上に、銃身とスライドに穴が空けられている。引き金を引けば一発ごとに目の前が真昼間になる、なんとも扱いづらい拳銃。店を通り過ぎたところでボンゴバンを停め、野島はLCPをベルトに挟み込むと運転席から降りた。おれも同じように助手席から降りて、厨房側の窓から中を覗き込んだ。営業時間はブルーとオレンジのライトで彩られているが、ブルーだけが点いているのは、鶴田が『仕事中』というサイン。出張中はあまり日本語を話さず、色々な合図で表現するのが月岡の方針で、亡き今はおれが引き継いでいる。
 厨房側から入って店内に抜けると、普段はポールダンサーがくるくると絡み付くステージ脇に、迷い込んだ観光客のような恰好の鶴田が腰掛けていた。
「見えてましたよ。前から入ったら良かったのに」
 その言葉は野島に向いていた。おれには、かなりの敬意が込められた目礼。挨拶も最小限にするのがルールだ。上司と部下の関係だと読まれるような言動は、極力避けている。鶴田は腰を上げると、大きなテーブルの上に置かれたスポーツバッグのファスナーを開いた。本体よりも大柄な専用サプレッサーが取り付けられたイングラムM11と、AWC製の22口径が二挺。サプレッサーが一体になっている。誰がどれを手に取るかはいちいち決めないが、おそらく鶴田はイングラムを使う。おれと野島は22口径。
「横野の銃は?」
 おれが訊くと、鶴田は髪が存在するように坊主頭を一度撫でつけて、首を横に振った。野島が肩を落としたとき、言った。
「自分の銃を取りに行ってます。現地で合流します」
 その言葉を待っていた。横野は、自分を見失うような男じゃない。自分の頭に弾を撃ち込むとしたら、全てが終わったと結論付けた後だ。おれは全ての問題から解き放たれて、カウンター脇の丸椅子に腰を下ろした。野島と鶴田の視線に弁解するように、首を横に振った。
「正直、心配だったんだ。あいつには悪いが、この後大きな仕事が来る。おれたちの息が合っていないと、どうにもならない」
「期間はどれぐらいですか?」
 鶴田が言い、好奇心を刺激されたように目を輝かせた。野島はもしかしたら休暇が欲しいと思っているかもしれない。おれは言った。
「一カ月後に始まる。横野の件も大変だが、それはそれ。お前らはそれまでに充分休んどけ」
 鎖の本当の長さを隠すのも、上司の役割のひとつだ。鶴田がスポーツバッグのファスナーを閉めて肩に担ぎ、野島が腰を上げたときに、おれは言った。
「コーヒーキャンディ―ないか?」
「ありますよ」
 鶴田は棚を開けて、新品の袋を二つ手に取った。おれが礼を言って受け取ると、笑った。
「土産ですか」
「その通り」
 野島を先頭に店から出て、ボンゴバンに乗り込んだとき、おれは雨が予報よりも早く勢いを増していることに気づいた。言うまでもなく、野島は路地を縫いながら川沿いの道へと進み、河川敷で停めた。鶴田と二人で男を死体袋から出して川へ流し、河川敷から元の道へ戻った。位置情報が示す整備工場が近づいてきて、おれは言った。
「反時計回りに一周しろ」
作品名:Wingman 作家名:オオサカタロウ