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輝きのなかで

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その手をそっと支えるようにして、ふみちゃんは自分の左手を添えた。
「明日、私が案内するわよ」
「いいのかい」
「うん。案内した帰りに逆上がり、教えてくれる?」
はっきりした口調でそう言うと、小さな右手の小指を大志の胸の辺りに差し出した。
大志は、戸惑いながらも小指を近づけた。
小さな小指が大きな小指に絡んでいった。
「約束ね」
ふみちゃんは、繋がった指を、上下に振った。柔らかい熱が、小指の先から大志の身体のなかに入り込んでくるようであった。
部屋に引き上げる前、もう一度ポスターを見た。この絵は、母が描いたものだという確信めいた考えが大志を捉えていた。
翌日は、小雨が降っていた。
神社へ続く石段を上がる靴音が風に乗って海の方へ流されていった。
大志はビニール傘を風上に向け、雨に濡れないように母の絵が入った筒をしっかりと胸に抱え込んで、ふみちゃんとの待ち合わせ場所へ向かっていた。
石段を上り切り、赤い鳥居をくぐると街路樹のように両側に揃って立ち並んでいる木々の間に本殿が姿を現せた。しっとりと濡れた全体が光沢を放ち、靄の煙に威厳を持って浮かび上がっていた。
その本殿に向かって、真っ直ぐに伸びている石畳の上には所々薄っすらと雨水が浮いていて、足を置く度に厳かな静寂のなかにピチャと水滴が跳ねる音が紛れ込んでいった。
本殿の少しばかり手前に、一対の狛犬が置かれていて、そこで石畳が十字に交差していた。左右に分かれていく石畳の先には、どちらも先程上ってきたのと同じような石段に繋がっていた。
(この辺りかな)
大志は、用心深く傘で雨を遮り、筒から取り出した絵を広げた。
五、六歩斜め後ろに下がった。石畳を外れると、敷き詰められた玉砂利の感触が歩き疲れている足の裏を心地よく刺激した。
絵の構図と視野に入った全体を交互に見比べ、足を止めた。
(ここだな)
そこには、一本だけ列植を外れた巨木がそびえ立っていた。覆いかぶさるような枝葉に包まれた太い幹に背を押し当て、そこから見える本殿の位置を確認し、もう一度絵に視線を落とした。
記憶をたよりに描いた母の絵とはズレはあったが、大志には迷いはなかった。
黄色い傘が石段を上がってきた。
大志を見つけたふみちゃんが、うれしそうに顔を綻ばせた。
「おかしいな。誰も来てないわね」
神社の隅々までを見渡すような仕草で歩み寄ってきた。
「雨だからかな」ちょっと小首を傾げ、大志の言葉を待っていた。
大志が微笑みながら頷くと、ホッとたような表情で大志の傍らに擦り寄ってきた。
「この絵、お兄ちゃんが描いたの?」
不意に、ふみちゃんが絵を覗き込んだ。
「ポスターの絵とそっくりね」
そこまでは、親しくないぞとばかりに、わざと大きな音をたてて絵を丸めた大志に、ふみちゃんは少しびっくりしたように次の言葉を飲み込んだ。
黄色い傘が、雫を落とされ、折りたたまれた。
雨宿り代わりの巨木の下に掌を差し出したふみちゃんから、ハミングがきこえきた。
装った仕草に、大志は悔やんだ。場合によっては、事情を打ち明けるつもりでいたのに昨日と同じようなことを繰り返してしまったことを後悔した。
風が木の葉を揺らし、小さな雫同士が葉の上で踊り、一つになった。
「冷たい」
ふみちゃんが、首の辺りを探った。
仰ぎ見た二人に、沢山の雫が落ちてきた。
水滴が付いたお互いの顔を見合わせ、二人は笑った。
「この木はね、春になると綺麗な黄色い花が咲くのよ」
ふみちゃんは、顔を拭っていた手を離し、太くゴツゴツした幹を撫でた。
「ウコン桜っていうの」
大志は、二人を俯瞰している巨木を再び仰いだ。
「そう、ウコン桜っていうんだ」ふみちゃんの言葉を繰り返し、母の記憶を辿った。
「ウコン桜」と口にした母が見つかった。
「私ね、去年の春、お母さんとお父さんとここにきたの。その時も、この木の下でこうしていたの」まどろんだように、ふみちゃんは瞳を閉じていた。
「ピンク色の桜に交じって咲いていたウコン桜が本当に綺麗だったわ」
深呼吸ともため息ともつかない音が微かに漏れた後、大きな瞳が開かれた。
「お祭りの日には、おばあちゃんと二人だったの。その時、お神輿に乗った子を見て、私も乗りたいって思ったの。一昨年見た時はそんなこと思わなかったけど、去年見た時は乗りたいって思ったの」
一気に吐き出したふみちゃんは、肩を揺らし大きく深呼吸をした。
ふみちゃんの靴の底にくっついた玉砂利が飛び散った。
ウコン桜の木の下から駆け出していったふみちゃんが、交差した石畳の辺りで高く飛び上がってくるりと反転して振り向いた。
「お兄ちゃん、もう止んでるよ」
どんよりした雲の隙間から初々しい陽の光が差し始めていた。
黄色い傘の先を地面に押し当て、ふみちゃんが線を引き始めた。
「ここは、綿菓子屋さん。こっちは金魚すくいに焼きそば屋さん」線を長方形に結んでは石畳に沿って、本殿の方にずれていった。
「そして、お神輿」
背伸びをして、傘を目一杯高く掲げ、宙に楕円形を描いた。その楕円形の真ん中辺りに小さい楕円形をもう一つ作ると、そこに乗るんだとばかりに、描いた辺りをふみちゃんはしばらく見つめていた。
「お兄ちゃん」
大志を呼ぶ声がした。呼ばれたのを忘れる程、その声が増幅されていき、木の下で突っ立たままの大志を圧倒した。
「あっ、来た」
ふみちゃんが、叫んだ先に、大きな段ボール箱を抱えた初老の男が近づいてくるのが見えた。
親しそうに手を振るふみちゃんに、男は白いだぶだぶのポロシャツからはみ出した手首を挨拶代わりに上にあげた。
「学校はどうした?」
「今日は昼までだったの」
ふみちゃんは、段ボール箱のなかを覗き込むようにして答えた。箱のなかには、提灯がぎっしり詰まっていた。
男が、離れて立っている大志に気づき、ふみちゃんに目配せをした。
「お客さんなの、今年最後のね」
ふみちゃんは、提灯を手に取り、伸ばしたり、縮めたりしながら言った。
「小学校の裏にある文房具屋さんのおじさんよ。源さんっていうの。本名ではないんだけど、お店の名がそうで、変っているから皆そう呼んでいるの」
大志が寄っていくと、ふみちゃんが男を紹介した。その紹介の仕方に、源さんの白い歯がこぼれた。
数人の男達が、段ボール箱を持って、石段を上がってきた。
原さんは、本殿裏にある奉納と書かれた札が貼り付けられた倉庫のような小さな建物を指差した。男達は、そっちに向きを変えて進んでいった。
「ポスターの絵は誰が描いたの?」
男達の後につづこうとした源さんをふみちゃんが呼び止めた。
「絵……あぁ、あれか。知らないな」
「だって、源さんは、お祭りの実行委員でしょ」
一度止めた足を動かし始めた源さんの後をふみちゃんが詰め寄るように追い、大志も後につづいた。
ふみちゃんの勢いに押され、源さんは頭を掻いたり、うなり声をあげたりして必死に思い出そうとしていた。
「そうそう、子供に絵を教えている人、昔学校で先生をやっていた……金子さん。その人がこの絵を持ってきたって聞いたぞ」
ようやく探り当て、言ったことに自分で納得して、源さんは何度も頷いた。
「あの人ね」
作品名:輝きのなかで 作家名:大西 ひろ