小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

輝きのなかで

INDEX|4ページ/12ページ|

次のページ前のページ
 

大志は、鏡のなかに無理やりに笑顔を作ってみせた。
清掃が終わり、トイレの外に出た。
ベンチで寝ているホームレスのそばまでホースを引っ張り、例の樹木に水をやり老人を見やった。
静かに寝息をたてたままの老人には、大企業の重役だった面影はまるで無かった。
(お前も知ってしまったんだよな)
大志は、もう急いでも、焦ってもいなかった。樹木に降り注ぐ水の音を聴き、均等に水がまわるよう、ホースを持った手をゆっくり動かせた。もう片方の手では、水に濡れた樹木にやさしく触れていた。
こういうことが大切なのだとばかりに、澄んだ空を見渡した。
不意に不安になり、公園の出入口に目がいった。
そこには、区役所の道路パトカーが停まっていた。
(こういうことから始めていかなくてはいけないんだよ)
忍び寄る虚脱感を振り払うように、身動き一つしないパトカーに向かって大志は低くつぶやいた。

暮れかかる黄金色の光を正面に受け海とは反対側へ向かう小道を大志は散策していた。
アスファルトを突き破った雑草たちが緑の葉を風で動かせ、手招きをするように大志を誘っていた。小道の両側では、若々しいトマトが赤い顔を点々と覗かせていた。
忙しそうに鳴く海鳥たちが大志を置き去りにして、小道を横切っていった。海鳥たちが去り行くその先に、円錐形の屋根が姿を現した。
それが東屋だと知れたのは、この場所に不釣合いな(公園有り)という標識が建っているところまで歩いてきてからだった。
標識を通り過ぎ、右に大きくカーブした道に沿って足を運んで行くと、こぢんまりとした公園の前に差し掛かった。
パイプ柵越しに公園内を覗いてみた。
屋根に涼しそうなよしずを張った東屋の手前に銀杏が3本列植されていて、その木陰から水玉模様のワンピースが舞い上がり、すぐに消えた。
大志は、角度を変えてそっと覗き込むように見た。そこには、鉄棒につかまったふみちゃんが懸命に地面を蹴り上げる姿があった。
大志は反射的に身を引いた。
きた道を引き返そうとした大志の耳にふみちゃんのはち切れそうな声が達してきた。
「また会ったわね」
小走りに近寄ってきたふみちゃんの前髪が汗でおでこにくっついた。
「お兄ちゃん、逆上がりできる?」
「じゃあ教えてよ」
小さく頷いた大志に、ふみちゃんはテンポよく話し、返事も待たずに鉄棒に向かって走り始めた。
「早く、早く」
途中で振り返り、大袈裟に右腕を振ってその場に取り残された大志を呼んだ。
大志が見本を見せた後、ふみちゃんが鉄棒にしがみついた。愛らしい顔を歪めて土埃で汚れた運動靴を鉄棒にかけようとするがどうしてもうまくいかなかった。
「腕を伸ばしたらだめだよ。引かなきゃ」
大志が掛けた言葉に応え、ふみちゃんは力強く頷いた。
ふみちゃんは何度も何度も勢いよく身体を宙に放り出した。
始めのうちは、頻繁にアドバイスを送っていた大志であったが、ふみちゃんが見せる飛び上がる刹那の真剣なまなざしに次第に惹きつけられ黙り込んでしまった。
園灯の明かりが、二つの影をくっきりと浮き上がらせ、行き場を失った陽の光の影が力なく霞んでいった。
「もう遅いから帰ろうか」
「もう一回だけ」
ふみちゃんは右手の人差し指を一本だして鼻のてっぺんにあてた。そうしながらも、左手はしっかりと鉄棒を握っていた。
「もう一回だけだよ」
先程までよりも、助走を多めに取ったふみちゃんがジャンプした。
ピンと伸ばした爪先が鉄棒に到達する寸前で失速し、身体を支える両腕が小刻みに震えだした。
「もうだめー」
絞り出すような声と共に首を左右に振り始めた。乱舞した髪の毛が横で突っ立ったままの大志の手に触れた。
大志は、ふみちゃんの腰の辺りに手を添えた。力を加え持ち上げると、小さな身体が鉄棒を中心にくるりと回転した。
「パチパチパチ」
着地したふみちゃんは、拍手の音を口で真似、手をたたいた。
「さぁ帰ろう」
微笑みかけ発せられた言葉は大志自身もびっくりするくらい乾いた声だった。
「今度の体育の時間でね。逆上がりをやるのよ」
ふみちゃんの案内で、小道を抜け街路灯に照らし出された海沿いの道にでた。
「それがねぇ、丁度お神輿に乗る人を決める日なのよ。関係無いかも知れないけど、やれることはやっておきたいの」
「そう」
「また教えてね」
暗黒色に染まった海に、一定の間隔で瞬く灯台の明かりが映っていた。少し冷たくなった空気の流れが、汗で湿ったシャツをひんやりと感じさせていた。
「お兄ちゃん、今日は何処に行ったの?」
「色々とね」
「色々って、天女の岩とかの観光名所?」
「そんなところかな」
名所など行ってはいなかったが、会話が面倒になりそうなので、大志は相槌を打った。
「私って喋り過ぎかなぁ。おばあちゃんにもよく言われるの」
子供心にも大志の胸の内を悟ったのか、ふみちゃんは畏まった口調で言った。
「そんなことないよ」
後ろめたい気持ちだった。だが、それ以上言葉がつづかなかった。
(ごめんね)心の内でつぶやきながらも、会話や言葉にカモフラージュされつづけるその本質に思いを馳せ、言い訳にしていた。
浴場から上がった大志は、懐かしさを呼び起こすような虫たちのアンサンブルを耳に、火照った身体を網戸からの風に晒していた。
「夜になると涼しいねぇ」
おばあさんが、食堂に大志を招き入れ、林檎が載った皿を差し出した。
大志は一切れ手に取った。甘酸っぱい香りが夜風に紛れて鼻孔を刺激した。
「この辺りは、何もないところだが、どうだい?」
「静かなところなので気に入りました」
「そうかい、そりゃよかった」
深い皺が刻まれた腕の震えが伝わり、テーブルに置かれた皿がカタカタ揺れた。
「まだ沢山あるから、うんとお食べ」
大志は林檎をもう一切れ手に取り、そのまま室外に向かおうとして、おばあさんに軽く頭を下げた。
俯き伏せた目の奥で残像が反復した。
顔を上げおばあさんの肩越しに見えた(もの)に焦点を合わせた。
それは、母の絵とそっくりな絵だった。
大志は、玄関へと続く食堂の出入口に貼られたその絵から目を離さずに近づいていき、はっきりと細部まで見渡せる位置で、止まった。
その絵は、A3の紙にプリントされたお祭りのポスターだった。
大志は、改めて絵全体を眺め、頭のなかの母の絵と比べてみた。
神輿とその上に乗った少女、沢山の見物客、露店・・・子供が描いたような幼稚な絵ではあるが、描かれているもの、構図、色使いがよく似ていた。
「さっき、ふみが貼ったんだよ」大志の傍らに立ったおばあさんが言った。
「この絵は誰が描いたかわかりますか?」
「さぁーそこまでは」
大志はポスターの文字を上から下へと目で追った。
作者の手掛かりがないのがわかると、再び絵に目をやった。
神輿の上に乗った手を振る少女、その部分に顔を近づけた
「ほら、この少女のように私もお神輿に乗るのよ」
いつの間にか、おばあさんに寄り添うように立っていたふみちゃんが、指先の膨らみを力強くポスターの少女に押し当てた。風呂上りのその指は、少し赤味が指していた。
「祭りの実行委員に聞けばわかるかも知れないね。何ていったか」
おばあさんは、パジャマ姿のふみちゃんの肩に掌を置いた。
「源さんでしょ。あの人なら知ってるよ」
作品名:輝きのなかで 作家名:大西 ひろ