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ペインギフト

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「十分これから堪能しますよ~。あなた方より僕の方が杏奈ちゃんの事、深~く、詳しくなれるだろうねぇ」

 締まりない口元を隠す気もない板谷は、言葉を投げたのが被害者の父親とわかると、被害者の写真に目を移し、そこからゆっくりと母親に目を当てて口角を上げる。怒りに奮える母親を、父親は目を隠し、振り向かせるように誘導する。板谷は、姿が見えなくなる前に、矢のような言葉を刺す。

「早くあんたの痛み、ちょうだいねぇ」

 一瞬立ち止まり、けれど振り返らない両親。その日以降、板谷と目を合わすことはなかった。

 拘置所ですぐさま板谷に向かい合うは弁護士。そして今後の減刑への相談を持ちかける。その助言に耳をホジリ始める板谷は、可能性を潰す。

「控訴? しないしない。弁護士さん、お疲れ様ぁ~。腕なんて見せなくていいからねぇ。だって、僕がやったんだもん。しょうがないよねー! しょうがないよねー!」

 言葉が浮かばない弁護人は、ゆっくり立ち上がり、板谷に背中を向けて退室する。



ーTwo weeks laterー 2週間後



「判決理由は以上となる。主文、被告人を死刑と処する。執行日まではペインギフトカンパニーによる痛みの転送を拘置所内でのみ、操作を認めるものとする」

 判決を聴いても取り乱す事のない板谷。すぐに拘置所へ移され、刑が確定となる14日間を淡々と過ごした。そして、暇を利用して、自分が犯した罪のシチュエーションを思い出すかのように、被害者に対しての汚行をシャドーボクシングさながらにリプレイする。

「あぁ、早くあの時の録痛もらえないかなぁ。死ぬまで杏奈ちゃんは僕と一緒だぁ」



ーTwo weeks laterー 2週間後



「ペインギフトカンパニーの上村と申します」

「待ってたよぉ。退屈で死刑前に死ぬとこだったよぉ。ああ、あなた見たことあるよ。なんたって僕、イベントの常連だったからねぇ」

「それはどうもお世話になりました。そしてこれからのペインギフトの転送に関してですが……」

 上村の静かで冷たくも感じる鋭い目線に、少しずつ理想とは違う痛みのメニューやタイミングを勘ぐる板谷。

「やっぱ、拷問みたいに寝かせないタイミングで痛みきちゃったりするわけ? なんだったらずっと痛くてもいいんだけどねぇ。通風みたいに」

「我々も、内容をいつも変える程、暇ではございません。そして、どのようなペインギフトかは、すでに第一審から決まっております」

「へえ、聴いていいの? 聴かせてよ! 聴かせてよ!」

「はい。板谷さま。あなたは、杏奈さんの痛みをずっと味わっていたいんでしたね。残念ですが、杏奈さんの痛みや遺族の心の痛み、そして、ご自身の痛みも含めて、今後、板谷さまの死亡が確認されるまで、本日より板谷さまが、痛み自体を感じる事はございません」



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『あなたの痛み、待ち遠しいですか?』

『ピーポー。ウーウー。ピーポー。ウーウー』

『改正刑法 ペインギフト』

『我が子の痛み。ペインギフト』

『家族の苦しみ。ペインギフト』

『あなたの悲痛。公判中』





 【昏睡縁組】



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『あなたの痛み、美しいですか?』

『ドックン……ドックン……ドックン……』

『養子縁組。ペインギフト』

『心のお便り。ペインギフト』

『ゆっくり教えて。ペインギフト』

『心拍、血圧。計測中』



「もう、耐えられないんです!!」

 病室で声を張り上げる女性。いくおがどんな本を好きだったか看護師の神崎が尋ねた事がきっかけだった。

「いくおくんの方が耐えてましたよ!?」

 いつもは子供の母親に言い返す事など思いもしなかった神崎。いくおの状態を考えると、口が止まらなかった。

「だったら、あなたはいくおを育てられますか!? 結局ひとごとでしょ!? 私はいいわよ!? あなたが本気なら」

 その挑発にも似た母親の言動に、いくおに目を移し一呼吸おいて、母親に伝える。

「時間を頂けますか? 真剣に考えてみます。あと、いくおくんのペインギフト、私に転送の許可を頂けますか?」

「何のつもり? いくおは動けないのよ!? 脳動脈りゅうが破裂したのよ!? 何も感じるわけないじゃない!! まあ、好きにしたらいいわ」

 母親と神崎は2人でいくおを見下ろす。半年は経過したであろうか。髄膜炎が落ち着いたと思われた直後のくも膜下出血の発見。手術は成功したが、それからいくおが目を覚ますことはなかった。

 いくおの今後が気がかりな神崎。勢いで、いくおの人生を共に歩むと言いたかった。けれど、母親も冷静ではなかった。お互いが意思決定を勢いで決めるほど、いくおの人生を左右する事は簡単ではなかった。心では、覚悟を決めた神崎。ネグレクトから一時保護扱いとなり、間もなく親の下に帰るであろうというタイミングだった時に、脳動脈りゅうが破裂し、それまで落ち着いていた母親は、大声で悲鳴を上げた。

 神崎は、それがいくおに起きた事へのショックであれば、それもそうだと思った。しかし、普段の生活は以前と変わらず夜中にほとんど遊び歩いてると感じさせる言動が目に余った。今は、母親に託せる可能性も視野に入れて、いくおに少しでも刺激反応が現れないか希望を見出したかった。

「いくおくん、おはよう」

「いくおくん、本、読んであげようか?」

「いくおくん、音楽聴きたい?」

「いくおくん、注射、打つね」

 ペインギフトはすでに転送中であったが、注射のチクりは感じない。指先足先をさすっては、痛くなるギリギリに指を握り、伝わるものがないか確かめたかった。母親は3日に一度は現れる。その時は、神崎はしばらく退室するように配慮した。

「いくお……なんで私、あんた産んだんだろ」

 いくおと母親だけの空間。母親は本音の言葉を気兼ねなく我が子に堕とす。その瞬間、ナースステーションにいた神崎に触れる何かがあった。

「え!? 痛い……苦しい……」

 突然の違和感。それは神崎が人生で感じた事があるかどうか、明確には判断できない傷み。すぐにその答えを期待していくおと母親のいる病室へ駆け寄った。

「失礼します!! いくおくんのお母さん……いくおくんに触れました?」

「触れてなんかないわよ!! 何も感じないんだから!!」

 心がビックリした。神崎の心ではなく、もうひとつの感情から発生した。

「痛い……痛いわ……お母さんの言葉」

「ふん! 何言ってんだか!」

 再び胸が苦しくなる思い。その瞬間、神崎はいくおとの同調を確実に感じた。

「いくおくんのお母さん。私、いくおくんを養子にもらいます」

 いくおに肩まで毛布を上げながら、どのように母親が反応するかを待つ。その言葉の返事は思いのほか、早かった。

「ふん! 私に出来ないのに、あんたに……まあ、いいわ。話を進めましょう」

 心なしか、背中で聴くいくおの母親の声は笑顔に感じた。深い話は詰めず、すぐに母親は退室した。

「いくおくん、すぐじゃないけど、私、いくおくんの家族になったよ?」
作品名:ペインギフト 作家名:ェゼ