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ペインギフト

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 いくおの手を握りながら耳もとで伝える神崎。その時は、胸の奥は波打たず、静かだった。

「いくおくん、元気になったら、いっぱい遊ぼうね」

 いくおとの未来を楽しく彩る神崎。いくおの病室へ訪問するのが嬉しい日課になっていた。体温や血圧、心拍など、毎日計測する事は同じ。その機器よりも、いくおのペインギフトのお便りを待っていた。そして、そのお便りは、思いのほか、早かった。



ーThree weeks laterー 3週間後



「いくおくん? チクッて……先生!」

 その日から、ペインギフトは毎日続いた。

「いくおくん、この本好きだよね。うん、伝わってる」

 いくおの僅かな感情の変化に、鋭く対応できた。

「いくおくん、すっごくお話大好きだよね」

 好きな傾向。嫌いな傾向。それは心拍数でもなく、血圧でもなく。嘘か本当かも他人にはわからなかった。多少なりとも確認したい神崎。何度か対応してくれた担当に連絡をとる。

『どーも神崎さん! 梅林です! いやぁ、私たちも相当使いこなしましたが、感情の微妙な変化は……ん~~前例が無いです! けれど、その感情、信じて損はなさそーです! 根拠いらないかもです!』

 口元に笑みを浮かべながら、受話器を静かに掛ける神崎。そして、再びいくおの顔を覗くと、根拠が要らない感情への美意識は、少しずつ、甘えても許される優しい世界へ。

「いくおくん。おはよう」

「おは……よぅ」



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『あなたの痛み、美しいですか?』

『ドックン……ドックン……ドックン……』

『養子縁組。ペインギフト』

『心のお便り。ペインギフト』

『ゆっくり教えて。ペインギフト』

『心拍、血圧。計測中』



 

【虫の奴隷】



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『あなたの痛み、まだ抱えているんですか?』

『痛いの♪ 痛いの♪ 飛んでいけー♪』

『今すぐあなたに♪ ペインギフト♪』

『老衰人生♪ ペインギフト♪』

『一年無料♪ ペインギフト♪』

『コラボケータイ♪ 受付中♪』







 痛みを感じない世の中。



「なんだよー! 今日の高さ、低くないか? もっと高いとこ行こーぜ」

「その前にさあ、あいつにペインギフトの承認してもらおうぜ」

「お、そうだ! 忘れてたよ! えっと、携帯電話の……Pボタン! 連絡帳から、あいつへ承認メール発信!」

「俺も発信! あいつがびっくりする高さにしよーぜ!」

 崖からの飛び込みを怖がらない子供たち。



「おい! オメー確かにあいつとペインギフトしてんだろうなあ!」

「は、はい。イベントの罰ゲームで……一日間、あああ!! ぐあっ!」

「痛くねえだろ? さあ、もう一発……」

 若者たちの間接的なリンチ。



「今日は駄目なの。夫が疑い始めてて、ペインギフトのアカウント、返してくれないの……だって、私の苦しそうな顔、あなた好きでしょ?」

 妻の痛みを管理する夫。



「わしは、老衰で死ねるのじゃ」

「あら、私も老衰で眠れるみたいですじゃ」

「便利な世の中じゃのう」

「便利ですわねぇ」

 痛みを恐れない老後。



「ねえ、京平。この五年間、どう感じた? 世間にペインギフトは必要かな」

 ビルの屋上。同じ質問を梅林が上村へ幾度となく投げてきた言葉。必要ない。必要だ。例外はある。おかしい。正しい。そのような返事を聴いてきた梅林。

「あろうが、無かろうが、変わらない」

「どうして?」

「みんな、適応しているだけだから……みんな、あるから利用する。なければ、別の解決を探す。携帯電話の普及と同じほど広がったペインギフト。これ以上はない。だからと言って、今の俺たちの計画を潰そうとする敵もいない。好きな時にペインギフトを解除できるが、いま解除する意味があるか?」

 晴天を見上げながら、言葉を探す梅林。首を傾げながら、上村の問いに合わせる。

「タイミング……なのかな」

「解除しても、すぐに俺たち以外の人間が普及させる。技術は俺たちだけのものじゃない。お前も迷ってるんじゃないのか? 俺は、人間をもっと信じたかった。痛みを分かち合い、優しく利用して欲しかった。もう少ししたら、みんな気付くものなのか知りたい!」

 解除の理由が見つからない上村。妨害する敵もなく、世界中に普及したペインアウト。ギフトとして与えあっていた痛みは、すでに痛みを投げ合って楽しむ世間。平和すぎて、残酷に利用する世間に憤り、あきれる。

「今日ね、解除コードを教えてくれと言われてるの」

「今日……実行するのか。ペインギフトの最後を……」

「いつが、今日になるのか、いつも気になってたんだよね」

「そうだな……いつ伝えるんだ?」

「もう、すぐにでも。あいつとペインアウトしてるから、指を爪でいくつか押すだけだよ」

「そうか……俺たちは、隠れるか?」

 上村の諦めも混じった溜息の言葉。その様子を見た梅林は、ビルの見渡しの良い風の強い隅に立ち、両手を広げながら未来を語る。

「隠れる必要はないよ! もう、世界中が、あいつの、グリーバンスの奴隷だから!」

「どういう意味だ?」

 鼻で笑う梅林。まるで上村の正義感を嘲笑うように。

「だって、私たちは、テロリストだよ?」

「目的は、痛みの解放じゃないのか?」

「解放だよ? 虫の痛み、知ってる? 馬の痛み、わかる? ゴキブリやネズミの痛みも分かち合わなきゃ! 虫の痛みを知りたくなきゃ! 奴隷になるしかないんだよ!!」

「自然体を求めてるんじゃなかったのか!?」

「これこそ、超自然との融合よ。お金や兵器や武力なんて目じゃない。そんな超自然な痛みを知りたい人間なんて、いねーよな! 奴隷だな! 私たちの組織の下の!!」

 理解した。目的を。テロリストという自分の立ち位置も。走馬灯のように流れてきた五年間。シンパサイザーとしての馴れ合いの笑顔。ビルの片隅で、不敵な笑み。すべてを飲み込んだ上村は、梅林に見せたこともないような笑顔で優しく近寄る。手のひらを広げると、上村は尖った爪で、手のひらを鋭く切りつけた。それを真似るように梅林も手のひらを切りつけ、そのまま互いの手のひら重ねて握りあった。

「わかった。さよならだ。恵理香」

 梅林と一緒にビルから落ちる上村。向かい合って見つめ合う二人。梅林は、自分の頬と上村の頬をつねった。衝撃で跳ねる二人。体が動かない上村。上村のすぐ隣で寝転ぶ梅林は、二度と動かなかった。

「解除コードを知っているのは俺と恵理香。恵理香、お前は痛みを感じずに死ねたな。あいつは衝撃でのたうちまわってるかもな。実は俺も、ペインアウトしてるんだ。あいつにな。二人分の死の痛みを知れ」



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   ペインギフト 了
作品名:ペインギフト 作家名:ェゼ