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ペインギフト

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『お祝いするなら♪ ペインギフト♪』

『おもちゃの前に♪ ペインギフト♪』

『新しい家族に♪ ペインギフト♪』

『ファミリーペインギフト♪ 受付中♪』



「熱がまたあがりました! 先生!」

 看護師の神崎かんざきはベッドに備えてある呼び出しボタンを押し、容体を見守る。

「ハァ……ハァ……」

 幼年から少年を思わせる幼さ。両親の姿を確認できないベッドで苦しそうに横たわる。ベッドの脇に備えられたネームプレートは、ひらがなで丸みのある文字『いくお くん』。

 発見時も、いくおは独りだった。アパートの入口ドア。小さな生命力がドアの隙間から手を伸ばしていた。室内は足の踏み場もない空間。コンクリートの冷たい小さな玄関のたたきで、いくおは変身ロボットを抱きしめたまま、聴こえる息を漏らしながら横たわっていた。

「まだ両親は見つからないのか! ネグレクトかの判断もつかん!」

「でも! 先生、このままでは!」

「ひとまず、第三処置室に移動だ! もう発症してきっと20時間は経ってるぞ!」

 処置を進めたい救急医療現場。カルテを眺める間宮。カルテの内容には侵襲性髄膜炎しんしゅうせいずいまくえんの疑いと、壊疽えその危険性。

「初期症状が風邪に似ている事から一見軽視されやすいんだ! 生活状況からネグレクトと判断できれば、親権の停止も視野に入れて、処置できるんだかな!」

「ネグレクトかなんて、調べてる時間むつかしくないですか!? こんな緊急で保護者からの同意なんて……」

 両親から同意のない幼児への医療処置事態が違法になりかねない緊張のジレンマ。そのジレンマの中、神崎は壁面に備えられたブラケット電話の横に貼ってあるカード広告を目に止める。そして、ひとつの可能性を間宮に伝える。

「この子の年齢なら、もしかして加入しているかもしれません!」

「何のことだ!? あ! あれか!」

 神崎は間宮に言葉を投げると、すぐに駆け寄り処置室の壁面にあるブラケットの受話器を握りしめ連絡をする。

「子供の命が掛かってます! どうかお調べ下さい!」

『会員様かどうか、現時点では判断できかねますので、担当者から折り返します』

「本当に時間がないんです! 助けて下さい!」

 必死に掻い摘んだ状況を伝える神崎は、一旦受話器を戻し、けれど受話器を離さず祈るように担当者からの連絡を待つ。

「ハァ……ハァ……ぅぅ……ん、ああ!」

 回首して受話器から手を離す神崎。ベッドに駆け寄り、いくおに呼びかける。

「いくおくん! もう少しだからね! いくおくん! 頑張るのよ! 先生! 痙攣が始まりました! このままだと! 後遺症にアンプテーション(手足の切断)の可能性も!」

 発見時、すでに皮下出血が進み、全身にまだらな黒い斑点。蝕むショックにより心停止に近づくおそれ。間宮は両手を消毒し直し、新しい手袋をはめ、処置に動き始める。

「くそ! この子の最善の利益は俺の判断か……責任は俺がもつ、始めるぞ!」

「はい! 私もその責任に乗ります!」

 その瞬間、電話を切ってから5分も経たない程度、処置室に電話のベルが鳴り響く。

「はい! 第三処置室! 神崎です!」

『神崎様。お待たせ致しました。ペインギフトカンパニーの上村と申します。状況はお察し致しました。発見現場住所と少年の名前より調べ、両親が加入していること、加えて、いくおくんにも新生児を過ぎてから加入している事がわかりました。そして、両親がアプリケーションより、1年前から開始時間を24時間後に設定されていたので、こちらから一時的に即時設定へ変更。間もなく、ペインギフトが開始致します』

 神崎は、受話器を握りながら、いくおの表情を眺める。その神崎の様子につきあい、間宮もいくおの表情に目を落とす。



ーTwenty hours laterー 発症から20時間後



「ハァ……ハァ……ん……あれ? いたく……ない。どうして?」

「いくおくん!? あ、そのまま横になってて! ああ、本当に良かった!」

「まだ苦しみが鎮静しただけで状況は変わらんぞ。たく、両親は何してんだか」

「僕のロボットは?」

「いくおくんはね、今、変身ロボットになったんだよ?」

意識がハッキリし始めるいくお。神崎と間宮に一時の安堵の表情。そして、処置室には救急搬送の放送が流れる。

『緊急! 緊急! 楽悦町のカラオケ居酒屋で二十代後半と思われる男女、計2名が突然の嘔吐、発熱、頭痛を訴え、その後意識障害に痙攣を発症! 受入許可を求めます!』



テレビCM



『あなたの痛み、誰の痛みですか?』

『チャン♪ チャン♪ チャン♪ チャン♪』

『お祝いするなら♪ ペインギフト♪』

『おもちゃの前に♪ ペインギフト♪』

『新しい家族に♪ ペインギフト♪』

『ファミリーペインギフト♪ 受付中♪』





 【産殿科】



テレビCM



『あなたの痛み、健やかですか?』

『カラ~ン♪ コロ~ン♪ カラ~ン♪ コロ~ン♪』

『汝はこの者を♪ ペインギフト♪』

『病める時も♪ ペインギフト♪』

『死が2人をわかつまで♪ ペインギフト♪』

『ペギ婚♪ ペギ活♪ 応援中♪』



「誓いますか?」

「はい。誓います」

「では、誓いのペインギフトを……わたくし梅林が、お二人の門出を祝い、満70歳までの固定設定を、ただいま開始致します」

 満悦な笑みの静香しずかと隼人はやと。レッドカーペットを悠々と歩き、笑顔に挟まれて光の下で輝く2人。不安も後悔も感じさせない美しさに包まれている。

「おめでとう! 先こされちゃったわ! ペギ婚!」

「ありがとう摩耶まや! ペギ活ファイトだよ」

 ペインギフト婚約。風潮名、ペギ婚。死が2人をわかつまで、痛みも2人がわかちあう。そんなキャッチコピーと共有力の高さに、ペインギフトの共有が条件の結婚活動が女性を狩人へと逞しくさせる。お腹を丸く撫でる静香は、幸せのブーケを親友の摩耶の胸に置く。

「ありがとう静香! 私もすぐに追いついちゃうんだからね! 隼人さんよりムキムキな人探すんだから!」

「うん! 待ってるわ! 急がないとムキムキな子供たちが先輩後輩になっちゃうわよ?」

 親友と家族に囲まれた教会の下。それは後に結婚式のイメージ写真の宣伝広告に使われるほど、自然な笑顔と祝福の刹那を飾った。静香のその笑顔は、細身の両手で持ち上げる宿った命の重さが印象的だった。広告の会話調キャッチコピーは『新婚旅行は?』『家族3人で』。



ーTwo months laterー 2ヶ月後



「ああ! 痛い! お腹!! ねえ! やめて! お願い!!」

 リビングから悲鳴に近い嘆願を吠える静香。その声は3LDKマンションの空間では十分に声が行き渡る。まるで何者かに襲われているかのような嘆願に、隼人は流す汗を冷や汗に変える。

「え……ごめん、痛かった?」
作品名:ペインギフト 作家名:ェゼ