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短編集121(過去作品)

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「熊本の商店街には広くて長いアーケードがあります。下通り、上通りに代表されるような商店街ですね。あまりにも広いので、明かりが行き届かないのが原因だとずっと思っていました。その証拠に、熊本で見た足元の影は、他の街で見る影よりも暗いんですが、大きいんですよ。かなり先まで自分の影が見えている。最初に他の土地で自分の足元の影を見た時、自分が小さくなってしまったんじゃないかって感じたんですね」
「だから、明るさにすぐに気付かなかったんですね」
「ええ、そうなんです。これは私だけの感覚かも知れないんですが、影に見つめられているような気がして気持ち悪かったですね」
「熊本に帰ってきて、改めて見てみました?」
「ええ、歩いてみたんですが、やはり私の思っていた通りでした。ある一点を除いては」
「それは?」
「今のお話に出てきたんですが、自分が影に見つめられていると思っていたのは、実は熊本にいる時の方が強かったんですよ。他の街で感じた不気味さとは少しイメージが違っていますね」
「そんなこともあるんですね」
「ええ、影って不思議ですよね。その時の精神状態でも微妙に違っているし、きっといつ見ても気になってしまったら、影って怖いものなんですよね」
「きっとそうでしょうね」
 そういえば、昔に影で怖い思いをしたことがあった。
 小学生の頃には塾に通っていたが、それまでは、一人で夜に出歩くなどということがなかった。バス停を降りてから家までの五分間、歩いているのだが、そこで怖い経験をした。
 一定区間に街灯がついていて、足元に放射状の影がいくつもできるのだ。最初は、
「まるで分身の術のようだ」
 などと平気だったのだが、歩いているうちに影が足を中心にグルグル回っているように見えてきた。
 これが実に気持ち悪い。足元をじっと見ていると、目が回ってきそうになってくるからだ。足元の影はまるで舞台の上の影のようであるが、これが夜のしじまともなると訳が違う。
 影に追いかけられる夢も、その頃によく見たものだ。だが、影に追いかけられる夢を覚えていても、それが本当に怖い夢だったのかどうかハッキリとしない。場合によっては、楽しい夢の中での出来事だったようにも思える。影が追いかけてきたとしても、楽しい夢が怖い夢に急に変わったりしたわけではない。実に不思議な感覚だ。
 目が覚める寸前に夢を見るものだという。覚えていることが本当にその時の夢として繋がっているかどうかということも定かではない。
「夢の中で繋がっていることがあるから、夢の内容を覚えているんだ」
 と言っていたやつがいたが、果たして本当だろうか。
 仕事で自尊心が傷つく前に趣味を持ちたいと思い、旅行に出かけたくなりいくつか出かけてみたが、結局は自分の居場所が元の場所にしかないことを知る。
「逃げたいと思っているからさ」
 誰かに言えば、きっとそう答えるだろう。それ以外の答えをしてくれる人がもしいたとすれば、それは佐竹さんくらいのものだろう。だが、佐竹さんにも言いにくい。佐竹さんに言うということは自分から自尊心を曝け出すようなものだ。
 佐竹さんは自尊心を押し付けれるのを嫌がるタイプである。もちろん、誰もがそうだろう。人の自尊心の押し付けは、相手のわがままを聞いているようなものだ。
 相手のわがままを聞くことが佐竹さんは嫌なのではない。佐竹さんが嫌なのは、相手に露骨な態度を取られることだ。例えばあからさまな言い訳に対しては、露骨に嫌悪感を示す。普段からの優しい佐竹さんを知っている人は、そこでビックリさせられるはずだ。
 佐竹さんの影を気にしたことがあった。いつも佐竹さんの後ろを歩いているので、足元に目が行くこともあった。佐竹さんの影はその時の佐竹さんの精神状態を示していたように思う。
 普段のような大らかな気分の時の影は、薄くて大きな影だった。どこか掴みどころのないもので、見ているだけで、安心感を与えてくれた。また、少し何かに悩んでいて、内に篭っているように感じる時は影が濃くなっていて、小さい影が見られた。そう見えたのだ。
 佐竹さんの影を思い出しながら、彼女の話を考えていると、逆に小沢には熊本の商店街が明るく感じられる。
「やはり、どの土地へ行っても、そこに自分の居場所なんてないんだ」
 と思わせるような話だった。きっと商店街に抜けると、自分の影を小さく、くっきりと感じるに違いない。
 小沢は彼女を伴って、夜の街に出た。
 彼女と一緒にいると、自尊心のことなどどうでもよくなってくる。下手に自尊心を表に出すと嫌われるという思いよりも、彼女自身の存在が消えていくように思えてくるからである。
――本当に彼女は実在の女?
 不可解な出会いに、戸惑いを見せている小沢は、まず今の自分に大切なのは、彼女の存在を確定させることだった。そのためには自尊心を先に考えてしまうと、彼女を打ち消してしまいそうに思う。別に何かの法則に則って人が存在しているわけではないのに、それだけ自分勝手なのだろう。
 どこかゲンを担ぐところのある小沢らしいところではあった。
 その日にそれから起こることが自分の人生にどのような影響を与えるか分からないが、商店街まで抜けてきて、足元から伸びる自分の影が、薄く大きく広がっているのを見た時、何とも言えない笑顔が顔から滲み出てくるのを感じていた。

                (  完  )


作品名:短編集121(過去作品) 作家名:森本晃次