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短編集120(過去作品)

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 だが、それも後から考えるからである。頭で考えていたことの時系列というのは、時間が過ぎるにしたがって曖昧なものになってくる。それもどこかに分岐点があり、普通であれば曖昧になって消えてしまうところを、稀に違う方向へ向うと、記憶からまったく消えることのないものになってしまうことがある。彼女の場合はどっちだったのだろう?
 今、思い出すと、ハッキリとした時系列は思い出せないが、まったく忘れてしまったわけではない。きっと、稀な方の分岐に入ってしまったのだろう。
 どちらからともなく、相手を遠ざけるようになった。
――遠ざけるなら私の方から――
 と思い込んでいた私にとって、少し意外ではあったが、それも、彼女が私の気配を感じることで、悟るものがあったのかも知れない。
 それにしても、寂しそうな顔をそれから見た記憶はないのだ。避けるようになってから感じる彼女の表情はまったくの無表情。それも私だけにではなく、誰に対しても、何に対してもである。
――無表情になってくれれば、こちらからも相手をしなくても済む――
 そう思っていたくせに、実際に無表情になられると、今度は私が寂しくなる。彼女に対しての気持ちが何だったのか、自問自答を繰り返すようになる。
 まだ、異性に対しての興味などなかった小学生の頃、女性として見ていたはずなどありえないが、彼女はどう思っていたのだろう。
――慕いたい気持ち――
 もし、これが強かったのだとすれば、慕われることを望むことは小学生にだってあるだろう。
――お姫様を助けるナイトの役目――
 そんな思いを抱かせるアニメもたくさんあるからだ。
 テレビアニメもさることながら、どちらかというと、週刊漫画雑誌に掲載されているものだったり、コミックだったりをよく見ていた。画像に画像のよさがあり、息もつかせぬスピーディさがいいのだが、雑誌やコミックには自分のペースで見れるという利点があるからである。
 アニメの中には控えめな女性はあまり出てこない。自分で想像することもなかっただけに、最初に感じた彼女のイメージは実に新鮮だった。
 何よりも、最初に意識したのは、彼女の方だったはずだ。彼女の熱い視線がなければ、普段から目立たない彼女に目が行くはずなどないからである。
 自分が好きになるよりも、相手から好きになられることの方が嬉しい性格は、小学生の頃に彼女と知り合ったことで培われたものに違いない。
「俺は人から好かれるよりも、まず相手を好きになる方だね。好かれたから好きになるんじゃなくって、好きになったから好かれたいと思うんだよ」
 と言っている友達がいたが、話を聞いていてもイメージが湧かなかった。
「そのうちに僕にもそんな女性が現れるかな?」
「待っていたんじゃダメさ。自分から攻めないと」
 確かにそうであろう。
 小学校の頃に一緒に遊んでいた女の子を思い出すと、奥さんの表情に、面影が浮かんでいるように見える。
 同じ時間を繰り返しているようだと言っていたが、私にも同じ思いがある。だが、それは誰かに自分よりも先に行かれてしまうことでの焦りに繋がるものだった。
 学校を出て、最初の角を曲がると、また同じような光景が見えることがある。まるで夢を見ているみたいだと思って、もう一度角を曲がると、今度は三回目に曲がる角の先だった。
 二回目に曲がる角がどこへ行ってしまったのかと考えるよりも、同じところに戻ってくるので事なきを得ているはずなのに、見ることのできなかった場所に何があったのかが気になってしまう。
 人に先を越されたような気持ちになるよりも、
「人が見ていないものを自分は見ているんだ」
 という思いが強い。そう考えると焦りもしなくなった。
 奥さんの部屋でゆっくり話をしていると、さっきまで暗くなりつつあった部屋に明かりが戻ってきたようだ。
「あなたがいるからかしら?」
 ホッとした様子もあるが、それよりも見せられなくて残念だという気持ちの方が強そうだ。そのあたりは私と性格が似ているのかも知れない。
 性格が似ている者同士、うまく行くかどうかは分からない。ドキ、大人になった夢を見る。新婚生活の夢で、ここの新婚夫婦を意識しているからそんな夢を見ると思っていた。
――新妻が我が家で待っている――
 そんな光景を思い浮かべると、女房の顔が奥さんに見えてくるのだ。
 なぜか暗い部屋で待ち続けている。何かにいつも怯えている女房は、ある日、近くの子供を引き入れている。
 その子供には見覚えがあって、
「同じ日を繰り返しているの」
 と告白する。しかも、その子がいる時も昼下がりになると、急に真っ暗になる。
 思わず奥さんはその子に抱きついてしまう。
 目と目が合うと、思わずキスをしてしまい、男の子の身体を貪っている妻が目に浮かぶ。
 しかし、なぜか嫌な気がしない。逆に安心感がこみ上げてくるのだ。
「その子は俺なんだ」
 旦那は気付く。昔の自分なのだ。同じ日を何度も繰り返して、やっと巡り会うことができた未来の女房。夢の中で何度見たことだろうか。
「私は、いつも夫の帰りを待ち続けているの。やっと、今日という日に帰ってくることができるのね。夫も私と同じ時間に追いついてくれたの」
 奥さんの表情は穏やかである。何を言っているのか、意味が分からないが、どちらにしても私はいいことをしたのだろう。そして、奥さんが安堵の表情で私を見送ってくれた瞬間から、私はまた自分を探す旅に出ることになるのかも知れない。
 少しずれた世界を自分なりに探している私。旦那が気付いた瞬間になるまで、何度私はあの角を曲がることになるのだろう……。

                (  完  )
作品名:短編集120(過去作品) 作家名:森本晃次