周波数研究の果てに
「そこが博士の研究の成果なんでしょうね。同じ音でも、博士の飼っているペキニーズにしか判断できないような工夫と、躾が施されていた。そうじゃないと、いくら種類としては少ないかも知れないけど、他のペキニーズが反応しないとも限りませんからね。そうなってしまうと、計画はまったく無意味になってしまう」
と川北氏は言って、ほくそ笑んだ。
「なるほど、そのあたりの研究の証明が、今回の発表でもあるんですね」
「ええ、そうなんです。だから今回の発表は私にとっては微妙な気分です、本当はほとんどを博士が考え、理論づけもしていて、さらに自らの命を使って証明した。、あるで科学者の鏡のようではありませんか。本当ならそれを先生の成果として発表しなければいけないものを私が発表してもいいものかとですね。これは私にとってトラウマであり、どのように対応すればいいのか、私にとっては辛いところです。でも、この研究は今始まったばかりなのです。たぶん、私の生涯でもすべてを証明することは不可能でしょう。でもそれをどこまでできるか。それが私の使命であり、博士からしっかりと受け継いだものだと思っています」
という川北氏に対して、
「なるほど、あなたの心境はお察しします。この数年間はさぞやお辛かったことでしょう。研究ができないということが一番でしたでしょうが、それに加えて、今回の一旦の幕引きを自分がしてもいいのかどうかというジレンマに悩まされていたのを、今お話を伺ってわかりました。私もだいぶ分かっているつもりでいましたが、実際にはまだまだだったんですね」
と、上杉記者が言った。
「なかなか難しいと思います」
「これからは、じゃあ、研究に勤しんでいくおつもりなんですよね?」
「ええ、そうです。それが私の使命だと思っているし、妻に対しての報いでもあると思っています」
「奥さんですか?」
「ええ、実は妻は今、余命宣告を受けています。病状は、勝沼博士と同じもののようなんですよ」
と言って、力なく川北氏は笑った。
――何ということだ。もし何もかも最初から分かっていたのだとすれば、あの事件からの一連のことに関しては、すべて川北氏が絡んでいるということになる。これほどの欺瞞があるだろうか?
と感じた。
そして。
――一体誰に対しての欺瞞なのだろう?
この思いを抱いたところで、上杉記者は、身体が凍り付くのを抑えることができなくなっていたのだ……。
( 完 )
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