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雑草の詩 2

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 真悟さんは本当に優しい男らしい方です。今はまだ、私がこの家に来たことに抵抗があるみたいですけど、その内にきっと仲良くなれるって、私は信じています。
 余り気に病まないで下さい、お願いします。』
「そうね幸恵さんの言う通りかも知れないわね。色んなことがあったから‥‥‥。
 そのうち、あの子だって落ち着いてくれるわよね。」母は立ち上がって涙を拭うと、
「さあ、夕食のお買物に行ってもらおうかしらね。」と幸恵に向かって微笑んだ。

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 (私がこの家へ来て、本当に良かったのかしら)
 明かりを落とした部屋の中は窓から差し込んだ月光の為に壁だけが白く浮かび上がっていた。幸恵はベッドのはしに腰掛けて、その白い壁を見詰めていた。
(真悟さんの中には、まだあの事件のことが鮮明に残っているんだわ)
 それは幸恵にとっても思い出すだけで身の凍るような出来事だった。しかし幸恵は今、真悟のことを心から案じていた。痩せ衰えた母が食事する我が子の姿に微笑むように、喜びの頂点に立つ人々が誰彼となく抱き合うように、何ものに対しても変わることのない愛情が彼女の内には燃えていた。
 真悟の父や警察の人達からの再三の勧めを固辞していた幸恵、その彼女が心を動かされた真悟の父からの言葉、その言葉が彼女の胸に今蘇っていた。

 『幸恵さん、あなたがどうしても嫌だと言われるのなら仕方ありません。しかし、こ れを最後のお願いだと思って聞いて下さい。
 貴方は私達の力など借りなくても、立派に一人で、自分の人生を切り開いて行ける、素晴らしい人だと思います。実際、貴方は素敵な女性だ。ただ私が言いたいのは、お詫びの為に貴方の手助けがしたいとか、そんな思い上がったことじゃないんです。助 けて欲しいのは私達の方なんです。
 真悟にとっても今度の事はとても大きな事件でした。人間が人間を、力だけで屈伏させようとする現場に居合わせながら、彼は何もしなかった。否、たとえ何らかの行為をしたとしても、結果的に今こうして貴方を苦しめている。そして、それはまた私 達も真悟に一番大切な事を教えられなかったということなんです。
 過失は誰にでもあります。けれども過ちと判ったからには改めなければならない。たとえそれがどんなに時間のかかることだろうと、一つづつ片付けていかなければ先へは進んでゆけないと思うのです。
 勝手な、本当に身勝手なお願いです。けれど、私は息子にそのチャンスだけは与えてやりたいと思っています。私達にも、そのチャンスを与えてほしいのです。』

 (でも、真悟さんのことを見ているのが辛い)と幸恵は思った。真悟から怒鳴られたり意地悪な仕打ちをされることは彼女にとってそれほどの問題ではなかったが、そんな態度でしか処理できない真悟の苦しみ、自分の血肉をむしり取っては投げつけなければならない破滅の苦悩、それらが彼女の心に覆い被さり、真悟の姿はより一層悲しく彼女の中に映っていたのだった。
(けど‥‥‥けどもう少し、もう少しだけ頑張れば、何かがきっと良くなるわ。
 もう少し、そう、もう少し)
 幸恵は目を転じて窓の外を見た。とても明るく、表はきれいな月の夜だった。

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 ゴソゴソとねぐらを這い出してきた真悟はニコリともせずにテーブルに着いた。いつものようにもう陽は高々とそこら中を照らしている。けれどもう体裁を繕う必要もなかったし誰もそれを真悟に求めてはいなかった。
 真悟がテーブルに着くと、それまで真悟の母と楽しそうに筆談していた幸恵は立ち上がって彼の食事の支度を始めた。真悟はものも言わずに広げた新聞を読み耽っている。やがて支度の終えた頃を見計らって新聞をとじた真悟は、幸恵には一瞥もくれずに食事を始めた。が、味噌汁の椀に口をつけた途端、
「アッ、あっちい!
 この野郎、火傷させる積りか!」そう叫んで幸恵をにらみつけ、何も判らずにキョトンとしている幸恵めがけてその茶碗を投げつけた。
「真悟!何てことするの!」
 母は血相を変えて幸恵に駆け寄った。二人の距離が離れていたのでお椀の中の汁が少し飛んだだけだったが、その傷をそして幸恵を庇うようにして、母は息子の前に立ちはだかった。
「女の子に向かってなんてことするの!
 幸恵さんに八つ当たりするのもいい加減になさい。貴方、何様のつもりなの。
 幸恵さんに謝りなさい。さあ、早く、謝りなさい!」と真悟をにらみつけ、厳しくいさめた。
 自分を守ってくれている真悟の母の言葉も判らぬまま、幸恵は彼女の肩越しにジッと真悟を見詰めていた。真悟はそんな二人の視線から顔を背けていたが、
「いちいちうるせえんだよ。
 ああ、分かったよ、どうせ、俺はいつも悪者だよ。」そう捨てゼリフを残して 、二階へと消えていった。

 その夜、真悟は父と母に呼ばれた。そこには幸恵の姿もあった。
「真悟、今お前の取っている行動がどれ程恥ずべきものであるか、お前は分かっているのか。」父は真悟の瞳を凝視したまま、寂しそうにそう言った。
「お前が、予備校に行こうが行くまいが、何をして遊ぼうが、それはお前の自由だ。医者になろうとなるまいと、それもお前の勝手だ。お前だけの人生だ、好きにすればいい。しかし、人間としての道を踏み外した息子を、黙ってみていることは私には出来ない。さあ、幸恵さんに謝るんだ。母さんの話だと、随分ひどい仕打ちをしているそうじゃないか。お前、自分が恥ずかしくはないのか。

 私は、お前には何一つ期待してはいない。私の子だ、そうそう立派な筈もないしな。しかし、自分より立場の弱い人に対して、うっぷんを晴らすような真似だけはしてはいけない。
 お前の甘えで、幸恵さんに八つ当たりすることだけは、私が許さん。」
 真悟の瞳をジッと見据えたまま語り続ける父の言葉に頷いていた母も、口を開いた。
「そうですよ、真悟。幸恵さんがどれだけ貴方のことを心配してくれてると思ってるの。まるで逆様じゃないの。
 料理だって、貴方の好物をって、一生懸命作ってくれてるし、貴方が何を言ったって、貴方から何をされたって、ジッと我慢して、笑って許してくれてるじゃないの。
 こんな天使みたいな人を傷つけるような真似ばかりして、貴方、自分が恥ずかしくはないの?」母は涙で瞳を潤ませている。
 真悟の父を、母を、そしてその口の動きを追いながら、幸恵は必死で首を振り二人から真悟を守ろうとしていた。
 両親の話を聞いているのかいないのか、真悟はふてくされたまま横を向いていた。が、突然立ち上がり、顔を真赤に紅潮させて叫んだのだった。
「うるせえんだよ!
 俺が何をしようと、俺の勝手だろうが!この女だって、自分達が勝手に連れて来たんじゃねえか。こんな女、誰が家へ入れてくれって頼んだんだ。俺は頼みゃあしないぜ。目障りなんだよ、こんな馬鹿!追い出せよ、早く。さもなきゃ、俺が出て行くぜ。
 こんな馬鹿、見てるだけで胸クソ悪いんだよ!」そう叫びながら、真悟は隣にいた幸恵の頭を小突いた。
 次の瞬間、父の平手を頬に受けた真悟の体は椅子から転げ落ちていた。尚も真悟に迫ろうとする父を止めようと、必至で彼の両腕にしがみついているのは、なんと幸恵だった。
作品名:雑草の詩 2 作家名:こあみ