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雑草の詩 2

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 まあそれは、そんなふうにしかお前を育てられなかった私達の責任でもあるんだよ。良く考えてみることだな、真悟。
 さあ、話はこれで終りだ。」これだけ言い終えると父は立ち上がった。そして母に連れられて立ち上がった幸恵、彼女は真悟に向かって頭を下げたが、真悟は全身に煮えたぎる怒りを瞳に集めてその姿をじっと睨みつけていた。

 ボーン。寝静まった空気を揺さぶるように時計は一時を告げた。
 真悟は相変わらず自分の部屋へ閉じ籠もったまま家族との接触を避けていた。そして皆が寝静まった真夜中になると、決まって台所へ降りていって食べ物を漁るといった生活を続けていた。
 いつものように階段を降りていった真悟の目に台所から漏れた光が飛び込んできた。(やばいな、誰だろう、今頃。)そう思って物陰から覗くと、そこには幸恵の姿があった。(チェッ、何やってんだ、あの馬鹿。)真悟はそのままじっと幸恵を見詰めていた。

 誰もいなくなった台所にもう二時間余り幸恵は座り続けていた。彼女の前には布巾をかけられた真悟の夜食が置かれ、その手には一通の封筒が握られていた。
 真悟に覗かれているとも知らず、幸恵は手にした封筒に目を落としたまま動かなかったが、やがて小さな溜息をひとつ落とし、手にしていた封筒を静かにテーブルに置いて自分の部屋へと消えていった。
(何だろう、この封筒は。)
 台所へ入ると真悟は真っ先にそれを手に取った。表には「真悟さんへ」と書かれてあった。
『あの時は本当にありがとうございました。
 私はもう何も気にしていません。
 みんな忘れてしまいましたから、どうかあなたも忘れて下さい。
 それからテーブルの上に食事を作っておきました、お口に合うかどうか分かりません が、良かったら食べてみて下さい。
 何もできませんし判らないこともたくさんありますが、一生懸命お手伝いするつもりです。
 いろいろと御迷惑でしょうが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。』

 小さな文字で整然と綴られた幸恵からの手紙を手にしたまま、真悟は苦々しく思った。馬鹿馬鹿しいと思った。(これ以上悩むことなんかねえんだよ。あの女もあっさりしたもんだ。悩んだ俺だけ、まるで馬鹿みたいじゃねえか。そーだよ、別に対した怪我したわけじゃあるまいし、あんな馬鹿女の事なんか考えるだけ損だったんだよ。)そう考えると妙に気持が軽くなって、その夜は久しぶりに安らかに眠ることが出来た真悟だった。

         5

 種々雑多な騒音に包まれて真悟はただパチンコ玉の行方を追っている。玉は釘にぶち当たり前後左右にそれぞれ勝手に弾けながら皆一番下に集まってくる。あっという間に全ての玉は台に吸収されてしまった。パチンコ玉を買い、また別の台に真悟は腰を下ろした。幾ら使ったのかハッキリ覚えてさえいない。兎に角、有り金を無くすか勝つか、どちらかだ。
 ボンヤリと、ガラスに映った自分の顔を見詰めている。正体さえ掴めぬ程の騒音と大勢の人たちに囲まれても、彼は独りだった。玉の行方を追いながら煙草を吹かすことだけが仕事だったが、奇妙に頭の澄みきる瞬間が突然に訪れる。
(俺は何をやってるんだ。こんなことでいいのか、もっとしっかりしなきゃ、もっと頑張らなきゃ)ガラスの中の顔が心なしか赤らんでいる。手の平に汗がにじみ、思わず力が入る、また入らなくなってしまった。
 真悟の生活はまた元のように、否それ以上に怠惰になっていた。予備校も変わったけれど殆ど出席することなく、パチンコ屋やゲームセンターへ彼は入り浸った。

 新造の帆船に乗り込んだ新しい水夫達は、誰もが喜色満面勇んで大海へ乗り出していった。誰もが眼前に広がる海のような夢と希望を胸に描いている。未知の世界にはありとあらゆる可能性が無限にあると信じて‥‥‥。
 幾日も幾日も風は吹かない。船はただ海流にその身を委ねたままさまよい続けている。乗組員達は束の間の休息を喜び、仲間達と夢を語り合った。しかし、それは長くは続かなかった。やがて言い争いが始まった。一人一人が自己を主張し、争いは激しさを増す。この船には古い水夫はいない、熟練も経験も皆無だった。新しい水夫達は思いつくままの自己に酔い痴れて他人を罵っている。この先、風はいつ吹き始めるのだろうか、船は何処へ行くのだろうか?悪魔は片頬で微笑みながら、その有様を見守っていた。

 「畜生、どうなってるんだ、あのパチンコ屋、全然出ないじゃねえか。
 アーア、金も使い果たしたし、今度は何ていってお袋から金取ろうかな。」
 ブツブツと独り言を呟きながら玄関に入ってきた真悟は、丁度外出しようとしていた母と鉢合わせになった。
「あら、お帰りなさい、今日はいやに早かったのね。」
 一瞬、間の悪そうな苦みを走らせた真悟だったが、母の声を無視するようにその脇を擦り抜けると無言のままに階段を駆け上がっていった。
「一体、何を考えているのかしら?」母は呆れ顔で真悟の後ろ姿を見やっていたが、
「困ったもんだわ。」そう呟くと、壁の靴ベラを手にして最近入りにくくなったと呟きながら、ハイヒールのかかとにそれを当てた。
「何やってんだよ、お前は!」突然の大声にビクッと体を震わせた彼女だった。が、すぐさま靴ベラを放り投げて駆け出した。
「どうしたの、一体何があったの!」
 飛ぶようにして駆けつけた真悟の部屋の中には、何が起ったのかも判らずにポカンと突っ立っている幸恵と、真赤に上気して、ギラギラと瞳の中に憎しみを燃え立たせて幸恵をにらみつけている真悟の姿があった。
「どうしたっていうの真悟、そんな大声を出して。
 幸恵さんが、一体何をしたっていうの。」母は幸恵の傍らに歩み寄り、その肩に手を置いて真悟と向かい合った。
「何で人の部屋に黙って入ったんだ。出ていけ、今すぐ出ていけ!」
「何をそんなに興奮しているの、掃除をしてただけじゃないの。それもお母さんが幸恵さんに、」
「うるせえんだよ!何でもいいから出てけっ!」
 そう言うや否や、真悟は幸恵の服を鷲掴みにして力任せに廊下へ放り出した。ドシーン、廊下の壁にぶつかりそのままその場へ崩れ落ちた幸恵に母は駆け寄った。同時に、バターンという大きな音と共に真悟の部屋のドアは閉められた。
「何て事をするの、真悟。出てらっしゃい、出てきなさい、真悟!」中からは物音一つしなかった。

 二人の女は一言の言葉を発することもなく向かい合い座っていた。
(どうしてあんな子になってしまったんだろう。素直で優しい子だったのに、‥‥‥どうして)定まらない視線を漂わせている母の瞳からは涙が溢れ頬を伝っている。
 ふと気が付くと、いつの間にか幸恵は傍らに立ち、微笑みを浮かべながら一冊のノートを差し出していた。
『そんなに心配なさらないで下さい。私なら大丈夫です、もう何ともありませんから。真悟さんだって、今日は虫の居所が悪かったに違いありません。きっと何か特別の悩みでもあったんだと思います。それに他人に勝手に部屋の中へ入られたら、誰だって気分を損ねると思います。私も不注意でした。
作品名:雑草の詩 2 作家名:こあみ