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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Silver Spoon

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 言いながら、その懐かしさに言葉を止められたように、サエちゃんは少しだけ俯いた。
「まあるい鍵束。覚えてますか? 夜の点検を一緒に手伝ってくださったときです。重くて大変だったでしょう」
「覚えてます。キーリングの親分みたいなやつですよね。でも、半分ぐらいしか使わなかった気がします」
 わたしが言うと、サエちゃんはその形を思い浮かべるように、宙を見つめたまま続けた。
「元々、あの家で生活に使われていた部分は、梨沙子さんの部屋からさらに奥の、二階部分でした。なので残り半分は、二階の奥側にある部屋の鍵なんです」
 メッセージが立て続けにスマートフォンに届き、わたしはサエちゃんに断りを入れて内容に目を通すと、言った。
「本当に、元気でよかったです」
「ありがとうございます。梨沙子さんは、これから実家へ戻られるのですか」
「いいえ、帰ります」
 わたしはそう言うと、静かに立ち上がった。病室から出て、エレベーターに乗り、来客用のカードを受付で返した。すぐ近くの駅まで歩くと、ロータリーに停車しているタクシーに乗り込んだ。住所を伝えると、そこそこ距離があることに運転手さんは驚いていたけど、電車で行く半分の時間で辿り着ける。
 静かに発進した車の中で、汗が引いていくのと同時に頭の中が冴えていった。それはそのままエアコンの風を受けて寒気になり、スマートフォンを再び取り出すころにはほとんど氷を当てられているぐらいに冷たくなった。メッセージは三件で、全て歩美からだった。
『昔話さ、楽しかったけど。時効じゃないことがあって。私、霊感とか全くないんだ』
 釈明するような歩美の文章は、ずっと大事に守ってきた記念品のグラスを割ってしまったような感じがして、そこにはどこか、開放感のようなものもあった。歩美自身、そういう目で見られることはプレッシャーに感じていたのかもしれない。わたしは続きに目を通した。
『お父さんが交通課だから、どこが事故現場かはよく知ってたんだ。私の方が交番の警察官より詳しいぐらいだったかも』
 運転手さんは、わたしの表情から察したのか、心持ち車を飛ばしているように感じる。実際どんな顔をしているのか、自分でも分かっていない。わたしは、三件目を見たときからずっと同じ顔をしているかもしれない。
『幽霊ってことにしとけば、気が楽ってのもあった。だって梨沙子の家、ほんとに二階から誰かがこっちを見てたから』
 つまり、幽霊というのはこの世に存在しない。見慣れた景色がちらほら見えてきて、長くて緩やかな上り坂に差し掛かったときは、完全に記憶が蘇っていた。ベージュの壁、一周すると息が上がる塀に囲まれた大きな家。タクシーが停車し、結城家は目の前にあった。財布が心細くなるぐらいに軽くなって、わたしは後部座席から降りると家の前に立った。家から持ってきた鍵を玄関のドアに差し込むと、待ち構えていたようにするりと開いた。全部の電気が落ちていて、警察が物を動かした形跡もある。それでも薄いカーテン越しに日が差していて、家の中は所々明るい。わたしは玄関の鍵をかけて、靴を脱ぐと片手に持った。壁にかかっていた時計は当時のままで、時間を刻み続けている。今までになかった、家に帰ってきたという感覚。それが、結城家は異常だとずっと言い聞かせて育ててきた頭の中で、火花を起こしている。わたしは、『まあるい鍵束』を探した。それは、記憶の通り一階の用具入れの中にあった。大きなリングで鍵は下半分に寄っているけど、大人の目で見ても結構な数がある。それを持ったまま、二階へ上がった。かつて自分の部屋だった客間に入って、壁に耳をつける。あの不明瞭な『いえ』という言葉。間延びしていて、『いええ』にも聞こえる。耳を澄ませても全く聞こえることはなく、昨日マンションで聞いた唸るような音だけだった。つまり、どこでも鳴っている音。
 当たり前の話だけど、昔も今も、幽霊なんかはいなかったのだと思う。わたしは部屋から出ると、階段を下りていった。歩美の言葉の通りなら、一階に辿り着いた後、トイレがある方とは逆向きに歩いていったはずだ。同じ道筋を辿ると、歩美が言っていた通り、フクロウのロゴが描いてある部屋の前に着いた。当然のように鍵が閉まっていて、子供のときは開かないのが普通だと思っていたし、疑うことすらしなかった。
 ひとつずつ鍵を試していき、三本目でするりと開いたときに、わたしは思わず肩をすくめた。悪いことをしているという自覚がある。だからか、サエちゃんにもこれから家に行くとは言い出せなかった。この家が人だとしたら、見せていない部分に土足で踏み込もうとしている。内側に開いたドアの先は薄暗くて、窓から光が差しているけれど、塀で遮られた残りの光だから、あまり役に立っていない。わたしはそのまま足を踏み入れようとしたところで、鍵を見下ろした。三番目の鍵。順番に束へ入れていったとすれば、四番目以降は、この中で使える鍵のはずだ。でも、三番目の鍵以外は、どれも均等に錆びている。だとしたら、もう鍵束は必要ないのかもしれない。わたしは鍵束を用具入れの中に戻してから、開いたドアの先に続く薄暗い廊下へ足を踏み入れた。後ろ手にドアを閉めて鍵を閉めると、浅く息をしながら歩き始めた。カビの匂いがほんのりと漂っているだけで、壁のデザインも同じだし、家の一部という感じがする。呼吸を取り戻しながらもう少し歩くと、廊下の途中で二階へ続く階段が姿を現した。頭の中で保たれていた方向感覚が、目の前の景色と結びついた。この階段を上がると、わたしの部屋の反対側に辿り着く。早足で二階へ上がると、左に一つ、右に二つ部屋があった。右に進んで一番奥の部屋を開くと、ずっと溜まり続けていた空気が緩やかに流れ出してきて、わたしは思わず後ずさった。段ボール箱が何個も積んであるけれど、書斎のような部屋で、壁には難しそうな本や、背表紙に年号が書かれたアルバムが並べられている。
 家族の写真が立てられたままになっていることに気づいて、わたしは、背中を向けているそれを覗き込んだ。隅には、一九九三と書かれている。
「誰?」
 言葉が思わず口から飛び出し、わたしはその写真を持ち上げようとした手を、すんでのところで押しとどめた。若い頃の両親、そしてサエちゃん。その間に、乳母車に乗せられた子供が一人いる。一九九八年生まれのわたしじゃない、それは確かだ。写真には、律儀に名前が書かれていた。結城達也、佳世、文哉。
 わたしは、棚に整列するアルバムを手に取った。一九九八年と書かれたアルバムを開くと、一ページ目に生まれたばかりのわたしがいた。丁寧な字で『第二子 梨沙子』と書かれている。一九九三年のアルバムを開くと、一ページ目に別の赤ちゃんが写っていて、文哉と書かれていた。
 わたしには、兄がいた。一九九四年のアルバムを開くと、おおよそ一歳の文哉が写っている。いかにも赤ちゃんらしい服を着ているけど。目がどこか虚ろで、生気がない。わたしは棚から、同じように年号が書かれたノートを抜き出した。文哉のことが長々と書かれていて、その中から、一つのフレーズが目に飛び込んできた。
『免疫不全。接触は最小限とする』
 わたしはその前後に目を走らせた。
作品名:Silver Spoon 作家名:オオサカタロウ