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短編集118(過去作品)

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 コーヒーを飲む時間が十五分くらいだろうか。会社の同僚がいつもいる。彼の方が先にいるのは、いつも手作り弁当なので、事務所で食べてからすぐ出てくることができるので早いのだ。
 彼は新婚だった。いわゆる「愛妻弁当」というやつである。彼も結婚するまでは太郎と同じで表で食べていた。そのたびに、
「今日はどこで食べよう」
 と真剣に悩んでいた。あまり人が多いところは極端に嫌ったからだ。
 彼は表で食べる時もなるべく喋らないようにしていた。本当だったら一人が似合うやつなのかも知れない。そういう意味では人ごみの中では埋もれてしまって、存在感も薄いに違いない。それが分かっているので、人ごみは嫌いだったのだ。
 結婚してから、少し話をするようになった。それまでは仕事の話しかしなかったのに、世間話もするようになっていた。意外と博学で、雑学には詳しかった。
「俺は浅く広くだからな」
 と言っていたが、その知識はなかなかのものだ。
 コーヒーを飲んでいると、会話も弾むが、時間的には十分ほどしかない。だから中途半端なのだ。コーヒーを飲む癖ができてしまうと、もう飲まずに午後の仕事はできなくなってしまう。睡魔に襲われるからだ。
 昼からは午前中と違ってある程度仕事が楽である。午前中の三時間があっという間なのは、仕事に集中しているからというよりも、追われているからと言った方がいい。午前中の仕事のほとんどは昨日の仕事の後始末で、それが終わらないと、その日が始まらない。一日の半分が遅れている感覚である。
 最初は戸惑いもあった。半日も遅れていると、午前中の忙しさの反動のせいか、昼からがやたらと長く感じられる。
「眠くなるからかな」
 と分かってしまうまでは漠然としていたが、分かってしまっても、結局はどうすることもできない。眠くなるのを何とかするにはコーヒーが一番いい。だから昼食の後にコーヒーを飲むのだ。
 ただでさえ、食事をすると睡魔が襲ってくる。コーヒーの覚醒効果を狙うしかないのだが、カフェに来ている人の中でどれくらいの割合の人が同じことを考えているのだろう。いつも不思議に思っていた。
「さて仕事に戻るか」
 このセリフはいつも太郎が言っていた。時間が迫ってくると、どうしても時間を意識するようになる。それが十分をさらに中途半端な時間にしているのかも知れない。
 一時間遅れている感覚と、半日遅れる感覚、それは慣れによってかなり違ってくるものだ。半日も遅れる感覚には今では慣れきってしまっているので何ともないが、休日の一時間は思ったよりも大きい。
 休日の予定は前に日から考えていることなどない。まず、何時に目を覚ますかなどが考えにないからだ。目覚まし時計を掛けているわけでもないので、
「起きた時間が起きる時間」
 ということになる。
 朝のニュースでの事故は、昨日の煩わしさを思い出させたが、ニュースが他の話になると、煩わしさの記憶も一瞬だけだったことに気付く。
「今日は今日、昨日は昨日」
 あまり眠りが深くなかったこともあって、そう思って割り切らないと、忘れっぽくなってしまう。最近忘れっぽくなってしまったことを気にしていた太郎は、自分に言い聞かせていた。
 どこかおかしいと思いながら表に出た。風が昨日よりも冷たく、身に沁みるようである。同じ冷たくても次の瞬間に違う冷たさが襲ってくる普段とは明らかに違う。きっと、
――寒さを忘れたい――
 と無意識に感じているからであろう。
 その日は冷たさが身に沁みるようで、歩いていても、寒さの実感が湧いてくる。
 いつもの喫茶店で朝食を摂るが、誰も太郎のことを気にも掛けない。普段なら冷たい風が入ってくるので気になって目をこちらに向ける人たちもまるで知らぬ存ぜぬという雰囲気だ。
 マスターまでもが他人事のようだ。寂しさが募ってくる。
――何か話しかけなければ――
 頭の中では初めて店に来た時のイメージが頭をよぎる。
「今日は、何かいつもと一時間ペースが狂っているようなんだよな」
 後ろの客の話にギョッとした。何か分からないが、いつもと違う感覚があったが、それが「一時間の違い」という言葉で思い出させるのが、朝の番組だった。いつものキャスターが一時間違いで出ていたのが目覚めだったので、最初から出鼻をくじかれたと思ったが、ハッキリ目も覚めていなかったので、どこからペースを狂わされたのか分からなかった。まさか起き抜け一番で狂ってしまっているとは夢にも思わず、
――おかしいな――
 とだけ感じていた。
 だが、今日は普段にない自分が出せるような気がしていた。
「きっと夢の続きなのだろうから、思い切り自分のペースで考えてもいいんだ」
 と思うと気持ちが大きくなった。それでも小心者なので、考えることは知れている。いくら夢だとしても、できることとできないことの判断はできているので、できないことを見ることは夢に見ることができないことも分かっている。
――きっと今日は前の日を繰り返しているんだ――
 まったく同じであれば、きっと時間の神様が許さない。時間をずらすことによって、同じ日を繰り返しても問題ないという判断がどこかにある。それは太郎自身のわがままな考えなのかも知れない。
 いや、そうでなければ、元の時間に戻ることはできない。同じ日を同じように繰り返せないのは、きっと今この時間にもう一人の自分が存在しているからだ。
 その自分に合うことは時間のタブーである。
 パラドックスに巻き込まれてしまったら、それを理解することはできない。誰にも説明することのできないことは、きっと忘れ去るしかないのだ。
――ひょっとして、他の人には俺が見えていないのかも知れない――
 違う人に見えているのか、それとも見えないのか。そのわりにこちらが頼んだことはしてくれる。この世界は自分に都合のよい世界なのかも知れない。
 昨日という時間が本当の自分の時間なのか。それとも今がそうなのか。一定の時間で無意識に自分を省みる。それが人間に与えられた時間ではないだろうか。
 いろいろ考えながら、今度は道を歩いていることに気付く。前を歩いている人の姿。まさしく自分ではないか。見つからないように隠れながら歩いているが、後ろから見つめられている錯覚を覚えた。
――一体この時間に自分が何人いるのだろう――
 そういえば、今まで見た夢で一番怖かったのは、もう一人の自分が現れた時だった。もう一人の自分に首を絞められる夢だったのを思い出すと、その時の恐怖がよみがえる。
「ぐわぁ」
 叫び声だけが虚しく響く。風の冷たさをずっと感じている……。

                (  完  )
作品名:短編集118(過去作品) 作家名:森本晃次