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短編集118(過去作品)

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何も隠すことはない



                何も隠すことはない


 工藤さとみと再会したのは、ちょうど半年前だった。
 ずっと忙しい日々が続いていて、残業の毎日からやっと解放された頃、季節はすでに夏だった。
「表が明るいうちに帰れるなんて」
 まだまだ暑さが残ったアスファルトの上に立つと、自然と汗が滲み出てくるものだった。仕事が忙しかった期間はちょうど三ヶ月程度のもの。結構やりがいがある仕事だったので、時間はあっという間に過ぎていった。それでも忙しくなり始めたのはまだ寒かった頃、季節の移り変わりの激しさには、驚かされる。
 独身で一人暮らし、食事はどうしても表になるが、数年前から馴染みの喫茶店があるので、そこでいつも夕食を摂るようにしていた。
 夜は十一時まで営業しているので、仕事が終わって帰りに寄るのに支障はない。下手にファーストフードの店だと、最終電車に間に合わない可能性があるので、危険だった。その点、馴染みの喫茶店は住まいの近くになるので、最終電車を気にすることもない。食事が終わって眠くなっても、家まではあっという間である。
 今までが不規則な生活を強いられていて、夕食が午後十一時前くらいだったこともあって、急に仕事が早く終わるようになったからといって、仕事が終わってからすぐに夕食が入るわけもない。お腹が空いてくる時間は確かにあるのだが、すぐに通り越してしまい、今度はしばらく食事を受け付けない時間帯に突入する。
「最近、買い物もしてないな」
 と思い、会社の近くにある百貨店に寄ってみることにした。
 百貨店と言っても、庶民的なところで、あまり豪華な雰囲気がしないところが、受けているのか、客はそれなりにいる。駅の近くという立地条件のよさもあいまって、夕方になると、結構人が多かった。
 地階の食料品売り場には女性が殺到している。その影響もあるのかも知れないが、他のフロアも賑やかだった。
 流行には敏感な百貨店、そろそろ秋冬モノの服を販売していた。
「そういえば、秋に着る服、ほとんどなかったな」
 元々、服装やファッションには無頓着だったが、この機会にゆっくりと見て回るのもいいだろう。
 百貨店などあまり立ち寄ることもない。せめて、家の近くのスーパーがせいぜいだった。衣料品も、一番安いものしか買うことはなく、替えが一着でもあればいいだろうという程度だった。
 そのくせ、彼女は欲しいと思っている。逆に彼女ができれば、服装に無頓着でいられなくなるだろうと、まるで他人事のような考えだった。
 服装に無頓着になった理由は自分でも分かっている。子供の頃に受けた親からの躾のせいである。
 父親は公務員で、昔ながらの人だった。世間体を気にするタイプで、母親はそんな父親の影響を受けてか、子供には厳しかった。
「隆信、あなたがちゃんとしないと、お父さんの顔に泥を塗ることになるんですよ」
 何とも理不尽な説教だった。
 子供心に納得がいくわけもない。今から思えば、説教している母親自身、分かっているのだろうか。それすら疑問である。
 母親にはどこか世間知らずのところがあった。隆信が成長してくるにつれ、分かってくることだった。特にいきなり怒り出すことがあり、
――ヒステリーとはこういうことを言うんだ――
 と納得したものだ。
 そんな時の父親は何も言わない。下手に何かを言って、逆に逆鱗に触れないとも限らないからだ。火に油を注ぐようなマネはさすがにしなかった。
 母親がヒステリックになった時に、初めて父親も自分の厳しさに気付いていたのかも知れない。普段、家で一番偉いのは父親で、その父親には逆らえないものだという考えが充満していた。それこそ昔ながらの考え方の父親らしい家庭ではないだろうか。
 そんな父親も、時々ヒステリックに怒り出すことがある。それは母親が怒り出すのとは違い、本当にいきなりである。まったく予測がつかないだけに厄介で、そんな時は逆らってはいけない。やり過ごすしかないのだが、さすがにニ、三日わだかまりを残してしまう。それが知らず知らずのうちにストレスとして溜まっていたことを、子供の頃の隆信には分からなかった。
 今でこそ、ドメスティックバイオレンスというのが話題になっている。肉親や恋人に対しての暴力が社会問題になっているのだ。だが、それは今に始まったことではない。男尊女卑の時代があり、女性は男性に対して弱いものだという発想の元、見過ごされてきたのだが、それもある意味隠れた社会問題だった。
 隆信の父は自分に厳しい分、他人にも厳しかった。その理屈は分かるのだが、自分の考えをまわりに押し付けるところは納得がいかなかった。
 母親は、
「お父さんのいうことは絶対なの、ちゃんと聞かないとだめよ」
 とは話しても、何が絶対なのか話してくれない。きっと母親も絶対という言葉を口にしながら、理不尽な思いをしていたのかも知れない。
 隆信が高校生くらいになると、父親もだいぶ丸くなってきた。あまりイライラしなくなったし、自分の考えを押し付けるようなこともなくなった。だが、自分自身に対しては相変わらず厳しく、違う考えを認めようとしない。そんな父を見ている母の方が、その頃から少しおかしくなってきた。
 時代が男尊女卑から、女性の立場も叫ばれるようになった時期だった。近所付き合いの苦手だったはずの母親が、やたらと奥さん連中のサークルに顔を出すようになった。それまで知らなかったが、大学時代までバレーボールの選手だった母に、ママさんバレーチームの誘いが舞い込んだのがきっかけらしい。
「最初は断ったんだけどね。押し切られちゃった」
 まんざらでもない顔に、説得力はない。だが、ずっと父親の暴力や支配に耐えてきた母が、やっと解放されようとしているのである。子供心に嬉しかった。
 まるで女子高生のようなあどけない母親を見ていると、失った青春を取り戻すがごとくで、見ていて楽しかった。考えてみれば、家族が一番幸せだった時期だったのかも知れない。
 母親はそれから家を留守がちになった。父親も相変わらず仕事で忙しい。隆信も一人でいるのに満足していた。たまには友達のところに泊まったり、遅くなっても怒られることはない。今までにはなかったことだ。
 今までは父親による考えの押し付けで、遅くなることも泊まってくるなどありえないことだった。
 友達の家に皆泊まるという話になっても、自分だけは帰らされた隆信、帰り道では屈辱感と、父親への憎しみから、指先に痺れを感じ、友達からどう思われているかも気になるところだった。
 父親の考えとしては、
「相手の家だって家庭があるんだ。お前たちが泊り込めば、生活のリズムを崩すことになるのが分からんのか」
 と言って怒鳴られる。
 隆信も黙っていない。
「皆泊まるって言っているんだから、僕一人が帰るといっても、何も変わらないじゃないか。皆は親に許可を貰って、泊まるって言ってるんだよ」
 と言い返すが、
「そこが気に食わんのだ。皆が泊まるからと言ってお前までが従うことはないんだ。お前にはお前の考えがあるだろう。皆のせいにするんじゃない」
作品名:短編集118(過去作品) 作家名:森本晃次