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田中よしみ
田中よしみ
novelistID. 69379
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四人の同窓会

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凛子は積極的に参加の意思を示したが、女が一人でも構わないという態度に凛子の夫のことが気になった。

「そうだな、あくまでも四人の同窓会だから。俺がアッシー君になって、二人を案内するよ。チェンのように急死することもあるので、三人が元気なうちに想い出作りでもするか……」
村木はトリオ同窓会をやってチェンを偲ぼうと言った。
「例え二人になっても旅行には行ってね。そして、亡くなった人を直ぐに忘れないで、旅先で故人との思い出を語って欲しいわ……」
「凛子、お前、縁起でもないことを言うなよ。三人で長生きしてチェンの分も人生を謳歌しようぜ」
村木が陽気に笑う凛子の目も微笑んでいたが、彼女の横顔はもの思いに沈んでいた。

 私は東京の代々木で会った時も感じたが、彼女に異変が起きていることを何となく感じとっていた。
村木とK駅で別れると、彼女は何故か在来線の電車で帰ると言い出した。
「電車に長い時間乗って大丈夫か? 長崎まで随分時間がかかるだろう」
私は代々木での凛子の体調不良と重ね合わせていたが、彼女はどこか焦りを感じている様子だった。
「気遣ってくれてありがとう。今日は実家に泊まるから……。この前は風邪気味だったのよ。折角の機会だから高校時代に通った風景を見てみたいの。相原も突き合ってよ……」

凛子は高校の最寄り駅で途中下車して、久し振りに駅前の食堂と母校の校庭を見たいと言い出した。
駅前から学校までは徒歩で十五分かかったが、凛子はタクシーではなく昔のように歩いた。
「食堂は建て替わって小綺麗になっていたね。でも小母ちゃんは亡くなっていたし、あの頃の雰囲気は無くなっていたね」
凛子は寂し気な感想を漏らしながら母校まで歩いた。
学校の坂を上がる時に息が上がったが、凛子は途中で休むと言った。

「悔しいわ、何回も駆け上がったのに、今はそれができない……」
「俺だって、心臓がバクバクだよ。何度もダッシュしたのに。体力の衰えを痛感したよ……」
二人が坂道の傍らで休んでいると、後輩が声を上げながら追い越して行った。
校門を入ると、校舎は鉄筋コンクリートになっていたけど、校庭はそのまま残っていた。
「凛子、バレー部はセンターの後方で練習していたし、レフトはサッカー部だよ。相撲部の土俵は確かライトにあったが……」
私が当時の配置を説明していると、凛子が突然五秒の出来事を述懐した。

「懐かしいわね……。さっきから当時を思い出していたけど、あの時ボールは私が意識して足で止めたの。その時に確か『頑張って』って言った気がする」
凛子はいたずらっ子が白状するように舌を出した。
「そうだろう、でもいいんだ、俺はずっとそう思ってきたので……。そろそろ引き返そうか?」
校門の前に来ると、凛子がカメラを出して二十年前と同じ位置で記念写真を撮ると言い出した。
通りすがった後輩が気を利かしてツーショットの写真を撮ってくれたが、あの時と同じように凛子は腕を組んでポーズをとった。

 駅に着くと、凛子は上り線で実家に帰ると言うので、私は上り線のホームまで見送りに行った。
「相原、私の我が儘に付き合ってくれて有難う。これで思い残すこともなく明日は長崎に帰れるわ……。じゃあ又ね」
彼女はニッコリ笑って車中から手を振ってくれた。
私は電車が見えなくなるまでホームに佇んでいたが、平山凛子の予想外の元気さに一抹の不安を抱いていた。


阿蘇旅行の順延
 秋になっても、村木隆一から阿蘇旅行の話はもち上がらなかった。
「村木、そろそろ三人で阿蘇旅行をやろうよ。凛子の都合はどうかな?」
平山凛子の実家には妹がいたので、村木が帰省すれば凛子の様子が分るはずであった。
「凛子の自宅に電話しても繋がらないんだ。それでK町の実家に帰った時に、妹さんに様子を聞いたら、どうやら体調を崩しているらしい……。それで、凛子からの連絡を待っているところだよ」
私から直接電話したことはなく、いつも村木経由か凛子からの電話だった。幼馴染みの村木なら兎も角、私から自宅に電話することはできなかった。

 年が明けて凛子から年賀状が届いた。彼女の直筆で、ボールペンの弱々しい黒文字が添え書きされていた。
『ごめんね! 二年間頑張ったけど阿蘇には行けそうにありません……』
彼女の筆跡は枠一杯に伸び伸びした大き目の字が特徴だったので、病状が思わしくないことを物語っていた。
今まで、彼女がプライベートを話さなかったので、それを詮索しないことが凛子との暗黙のルールになっていた。
だから唐突に見舞いに行くことは憚れたが、添え書きを見て凛子への疑念が氷解した。

 凛子が“余り時間がない”と何度か口にしたことがあったが、それは単に忙しさだと勝手に解釈していた。
もしも病気であるならば、余命のことかもしれなかった。
富津彬の墓参に行った帰りに、凛子は在来線の車窓から高校時代の想い出を辿るように風景を見つめていた。

 病魔に侵された体で、二十年前の通学路を歩いて食堂や母校を訪問したのも見納めのつもりだったのかもしれなかった。
別れ際の上り線のホームで『思い残すこともなくなった』と言ったが、それが全てを物語っているような気がした。
 
 凛子が傍でやるせない気持ちをこぼしていたにも関わらず、私はのほほんと見逃していたのである。その自分の迂闊さを後悔しながらも、凛子の病状を知る術を考えあぐねていた。

 村木と相談の上、凛子の病状が回復するまで待つこととし、阿蘇旅行は中止ではなく順延することにした。
私は凛子に手紙を書いて年賀状の住所に送ることにした。



手紙1

平山凛子様
 村木から体調を崩していると聞きました。例の阿蘇旅行はあなたが回復するまで無期延期にしたいと思います。 
富津の墓参りの帰りに母校を訪問したが、懐かしさと寂しさをブレンドにしたひと時でした。

 学校の坂道でダッシュしている後輩を見て、あなたは体の衰えを悔しがっていましたね。でも、お互いにもうすぐ不惑の歳ですから……。
グランドを見ていると、あの時の場面が甦ってきました。あの五秒の間に誰も知らない二人だけの青春があったと思いませんか? 

 私は頭を越されて懸命に追いかけたのですが、不思議なことにボールは勢いをなくして追いつけました。
あなたはいつもの三つ組みに真っ黒の顔、それにブルマー姿で『相原君、頑張って』と、背中越しに小さな声で言ってくれましたね。私はあなたの足元にあるボールを二塁に返球して、そのまま戻りました。

 やはりあなたの意思でボールを止めてくれたのですね……。
チームメイトには狭いグランドでの偶発的な出来事だと主張しましたが、あなたとの関係性を疑われて結局10周させられました。
あなたへの特別な感情が仲間には知られていたのだと思います。それからの部活は後方のあなたを意識するようになりました。
 
 その日の練習が終わっての帰りの列車で『平山は俺に好意をもってくれている』と、一人でにやついていました。あなたは私の思い違いと言うでしょうが……。
私たちはグランドで、いつも泥まみれのユニフォームで背中越しに会っていました。今思えば小奇麗な姿でデートでもすればよかったと後悔しています。
作品名:四人の同窓会 作家名:田中よしみ