四人の同窓会
「そうだったの……。わたしは村木君から色々聞いたけど、家庭が揉めていると聞いたので葬儀には行かなかったわ」
凛子は先程から物憂げな顔をしていたが、ビールを飲まないのは体の具合が悪いのかも知れなかった。
「お前、不倫って一体相手は?」
彼女の不倫を訊こうとすると、凛子が巧みに話題を変えた。
「ねえ、相原君はいつからリンコーって、恋人のような呼び方をするようになったの……。私たちって、高校の時もそれ程口をきいたこともなかったし、ただ素うどんを食べただけの仲でしょう。卒業後も何もなかったし……」
凛子は怒ってはいなかったが、常々感じていた疑問だと言った。
村木や周りの者に、二人が付き合っていると思われている節があった。
「よく覚えていないけど、練習試合の時にボールを止めてくれたことがあっただろう、それからかな?」
私はそれ以前から凛子に好意を寄せていたが、何故かそういうことにした。
「えっ、そんなことあった?」
凛子は知らないとばかりの顔をしていた。
「知らないとは言わせないぞ。その時、頑張って、って言っただろう。それを野球部の仲間に追及されたけど……。凛子が勝手にボールを止めたのだから、罰せられるのは俺ではなく凛子だろう?」
野球部のメンバーからルール違反だと言われて、グランド10周を課せられたことがあった。
「バレーの練習をしているのに、わざわざボールを止めてあげて、頑張って、って言う訳がないわよ。作りごとを言わないでよ……」
彼女がいくら否定しても、その場面をサッカー部員が目撃していたからこそ、不正をチクられたのである。
「凛子が俺に惚れていたからこその愛の不正だろう。俺はそう思ったから、平山から凛子に昇格させたのだと思うよ」
凛子はスポーツマン精神に反することをするはずがないと、足で止めたことをあくまでも否定した。
「相原君は都合の良い様に解釈したのね。あれは練習をしていたら後ろの踵にボールが当たったのだと思うわ。それで後ろをふり向いたら、あなたが汗まみれで走ってきたので頑張ってと言ったかもしれないけど、偶然のできごとで不正行為ではないわよ」
彼女だけが知っている事実を告白したが、だとするならばグランド10周の懲罰は無実の罪だった。
「そう言われてみればそうかもしれないですね、平山さん!」
私のぎこちないファーストネームの呼び方と話し方に、彼女は苦笑いをした。
「止めてよ、もったいつけた口調は……。だからと言って、リンコーは彼女とか古女房みたいで……」
凛子にはおもはゆい気持ちがあったのだろう。
「だったら凛子も俺のこと“公亮”って呼べよ」
高校時代にそう呼んで欲しかったが、確かに彼女が言うようにそれ程親しい仲ではなかった。
「それは何か恋人同士みたい……、相原君を止めてアイハラにするよ、それならいいでしょう?」
今日の彼女は寂し気で神経質でどこかが違っていたが、それを口にすることは憚れた。彼女が言うようにそれ程お互いを理解した間柄ではないことを改めて感じたからでもあった。
「俺は凛子を大切に思っているし、これからは凛子にもう少し近い所にいて交流したいと思っている。冨津が抜けてトリオになったけどミニ同窓会を盆にやろうか?」
私の話を聞きながら、凛子の瞳は何故か涙ぐんでいた。
「凛子、今度皆で阿蘇に旅行しないか、もちろん村木も入れて、凛子も友達を連れて来てもいいから……」
彼女を慰めるつもりで小旅行を提案したが、意外な返事をしてきた。
「私も相原たちと想い出をつくりたいけど、余り時間がないのよね……。先のことよりも今を大事にしたいの。先ず、今年の夏に、ミニ同窓会を開いて富津君の墓参りに行こうよ。葬儀にも行っていないので気になっているの」
「そうだな、俺も葬儀に行っていないので、村木に話して富津の墓に案内してもらうことにしよう」
凛子は安心したような顔をして、温くなったウーロンで唇を潤すように飲んでいた。
彼女は家庭のことや私生活は決して話さなかったが、私も自分のプライベートには触れなかった。
その日は凛子が疲れた顔をしていたのでホテルまで送って行った。
「相原、奥さんを大事にしないと駄目だよ……」
凛子は別れ際に一言だけ呟いてホテルに入って行った。
私にはその背中が寂し気に見えたが、外から姿が追えなくなるまで見送った。
トリオ同窓会
盆の明けの十六日に、羽田から福岡空港を経由して博多駅で平山凛子と落ち合った。彼女は長崎からJRでやって来たが、代々木で別れた時よりも元気になっていた。
「墓参だから麻のスーツにしたけど、凛子と色がかぶったな」
彼女は麻混ツイルの濃紺のワンピースにつば広の帽子だったが、いかにも日焼けを意識した服装だった。
「相原がスーツで来るとは思わなかったわ……。私がラフ過ぎたかもね。でも山だったら暑いし、富津君も許してくれるよね」
新幹線で博多から山口に向かった。
「凛子、四人でミニ同窓会をやった料亭を覚えている? その近くに幕末の志士の招魂場があるけど、苦しいことや嫌なことがあるとそこによく行ったものだよ」
「相原も、そういう一面があるんだね……。それは宗教につながっているの?」
「いや、俺は無宗教だけど、その招魂場は平等の精神を感じさせてくれるんだ。
例えば、士族や百姓も生前の身分に関係なく石碑はみんな同じ大きさなんだよ。」
「石碑は権威の象徴みたいなところがあるでしょう。その時代で同じ大きさって貴重な招魂場ね……」
「その石碑を見ていると、差別もなく平等思想を感じるんだ。出自を超えて武士も力士も大工もみんな平等で、民主主義の原点をみるようだよ……」
凛子は招魂場に行ってみたいと乗り気になっていたので、今度案内することを約束した。
JRのK駅には村木隆一が待っていた。
「よお、お二人さん、仲良く濃紺か、妬けるな。やはり凛子は相原を思っていたのか……。チェンの初恋は空振りだったな」
村木は二人の出で立ちを見て、最早凛さんとは言わなかったが、チェンだけでなく裏番の初恋も空振りだった。
「村木、凛さんって言わないのか?」
「もう止めた、凛子は相原に任せるよ」
村木は笑いながら、自慢のベンツを発進させた。
「墓は分かった?」
「俺の実家と同じ墓地だったよ……。一年が過ぎたから、チェンの嫁さんの怒りも収まっていたよ。でも上の子がまだ中一だから生活が大変なようだ……」
花を供えて線香を焚くと、煙が墓石を伝わって上っていた。富津彬の墓碑銘を見てこの世からいなくなったことを追認したが、三十八年の短い生涯だった。
「早いものね。もう一年……、富津君の記憶が少しずつ薄れていくけど、人間の死はそういうことなのね。奥さんも生前の生々しい記憶が薄れたから怒ることを諦めたのかも……」
凛子は呟くように言った。
墓参を終えると、国道沿いのドライブインに入った。
「遂に三人になったが、涼しくなったら九州に旅行に行かないか? 凛子は仲の良い友達を誘って……」
私は凛子のために、彼女の女友達か妹を誘うように提案した。
「わたし、別に一人でもいいわよ。三人で阿蘇の温泉巡りでもしようよ」