小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
田中よしみ
田中よしみ
novelistID. 69379
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

四人の同窓会

INDEX|3ページ/8ページ|

次のページ前のページ
 

「凛さん、それは違うぞ。相原は優等生だが、怒らせば怖い奴だよ。今だから言うけど、私立高の番長に喧嘩を吹っ掛けられて、タイマン張って大怪我させたことがある。相手は体裁が悪いから表沙汰にしなかったが……」
村木は今でもデッカンと言わずに、本人の前では凛さんと呼んでいた。
「それは一回限りだよ。あの時は魔が差したんだ」
「だから、こいつに惚れたら駄目だぞ」
村木は私の秘話を暴露したが、彼は今でもデッカンに惚れていたのかもしれなかった。

 富津は自動車会社に就職して整備士の見習いをしていた。彼は元々人付き合いが苦手だったので、入社二年目に壁に突き当たっていた。
会社に辞表を出す前に、大阪の村木のアパートに相談を兼ねて一週間転がり込んだことがあった。ところが村木もまだ新米の身分で、上司から使い回されて帰ってくるのはいつも夜中だったという。
そのために、折角訪ねてきた富津の相手をするゆとりがなかったのであろう。

「朝早くから夜遅くまで働く村木を見ていて、自分の甘さが恥ずかしくなったよ。もう少し辛抱しようと思い直して黙って帰ったが、お陰で今があるんだ、裏番には感謝しかないよ……」
それにしても面倒見のよい裏番が、遥々訪ねて来たチェンの相手をしなかったのも意外だった。
「あの時は俺も一杯一杯だったからな……。俺が何を言ってもこいつに根性がなかったら響かなかったし。自分で思い直したというのだから大した男だよ」
村木は正義感の強い猪突猛進タイプだったが、子分のチェンには背中を見せていたのであろう。

 その村木も、一年後には上司の理不尽な命令を我慢できずに、上司に一撃を食らわして退職していた。
村木は地元に戻って電設会社の電工に転職していた。
後継者のいない電設会社のオーナーは、村木のやる気と能力を認めて、電設会社の経営権を禅譲していた。
「学生時代は遊んでばかりだったが、今回は初めて勉強したぞ。それも簿記ではなく電気を、馬鹿でもやればできることが分かったよ」
その間に畑違いの電気工事施工管理技士1級の資格を取得していた。裏番は昔から授業だけは真面目に受けて簿記やソロバンは一定の級を取得していた。
 
 その間、平山凛子は聞き役に徹していたが、彼女のプライベートに触れる者はいなかった。誰も日本社会での在日の生き辛さが分かっていたし、彼女の人生に差別の現実があることは容易に窺うことができた。
富津の悩みは仕事があればこそのことであり、彼女にすれば取るに足らないことであったに違いなかった。
 
 目の前に平山凛子という在日の友人がいたからこその問題意識であり、卒業後は彼女の生き辛さなんて感心の外にあった。
ただ、凛子の在日としての人生が、彼女だけは幸せであって欲しいと純粋に願っていたことも本心であった。
「私は同じ在日の彼と結婚して長崎に住んでいるけど、あなた達とは違って自営で生活するしかないのね。国は手を差し伸べてくれないから……」
凛子は笑顔を絶やさずに事も無げに答えた。

「俺が平山さんをもらってやればよかったな」
富津は何を思ったのか、ドサクサに紛れて凛子への思いを吐露した。
彼は中学時代から凛子に憧れていたようだが、当時は人気者の凛子に気後れしていたのかもしれなかった。
その凛子が高校を卒業して苦労していたのであれば、嫁にもらって幸せにしてやったのに、と、富津は後悔していたのかも知れなかった。

「チェン、その言い方は少しおかしくないか?」
彼が昔から正直者で消極的な人間だった。純粋に凛子を慮っての言葉であることは分かっていた。
でも、凛子にすれば大人社会に身を置いていると、学校時代よりも差別が酷くなって就職や結婚など日常生活に負の影響があったことは容易に推測することができた。
その生き辛さの中にいる凛子に、チェンがそういう言葉で慰めれば、彼女がどう受け取るか、長年の友達であれば、そこまで気を配るべきだと思った。

「その時、チェンがいくら告白しても、凛さんが相手にしないだろう。彼女は高校時代に好きな人がいたのだから……」
裏番から凛子に好きな人がいたことを聞かされて、チェンはしょ気ていた。
「村木君、あまり無責任なことは言わないでくれる。私の好きな人って一体誰のこと? 昔のことだとしても人妻に対して不謹慎よ」
凛子は笑いながら抗議したが、村木も冗談だと弁明した。

 在日の人が日本で生活を始めても、例え彼らが帰化しても日本人にはなれない現実があった。私の中学校時代の同級生に在日の優等生がいたが、彼は義務教育を終えても就職先がなかったのであろう。
駅前の商店街にパチンコ店があったが、私が通学する時にその優等生が店の前に立っていた。私の顔を見ると直ぐに店の中に消えたが、彼の学力からすれば当然に高校に進学できたはずである。

 日本人同士の何気ない会話に在日の人が加われば彼らの琴線に触れることだってあり得た。同窓の仲間同士であっても、同じ価値観を共有できないのはそこに不平等があるからだと思った。
「それはそうと、相原君は今何をしているの?」
凛子が思い出したように聞いてきた。

「俺が一番だらしない生き方をしているかも……。上京して大手の企業に入ったのは皆も知っていると思う。東京の夜間大学を卒業して会社も順調にいっていたけど、エリート社会は学歴差別が歴然としていて……。最近は退職を考えているところだよ」
私は一流大学出のエリート達の実務力が然程のものでないことは分かっていたが、このまま居続けても彼らの下風に立つことは明白であった。
私も学歴という差別の中で足掻いていたが、凛子にすれば私の悩みもまた、取るに足らないものに違いなかった。

「相原は俺たちの代表だろう、そのお前が尻尾を巻いて退職するのは許さんぞ。私立の番長に立ち向かった時のように全力で大企業の壁にぶち当たれよ」
裏番は電設会社を経営するために新しい人生を歩みはじめていただけに、私の負け犬根性が許せないと言った。

 チェンも裏番の言うことを推してきたが、凛子だけは違ったことを言った。
「わたしは日本の制度や因習から差別に苦しめられているけど……。相原君も学歴差別に直面していたのね、私と少しだけ重なる部分があるかも……」
凛子が在日の苦悩を口にしたのは初めてのことだった。
日本人の一人として、彼女に心で詫びることが出来ても、その気持ちを伝える言葉を持ち合わせていなかった。

最近になって事実上の別居状態になり、私は東京で一人住まいしていたが、皆にはそれを言うのを差し控えていた。
「チェン、単身赴任は食事など大変だろう? 自宅には毎週帰っているのか?」
私の経験から、富津の家庭生活が気になっていた。
「いや、時々アパートに来て世話をしてくれる彼女がいるんだ……。家に帰るのも月一くらいかな」
富津はしたり顔で答えたが、私よりも単身赴任をエンジョイしていた。
「彼女って、お前、不倫しているのか?」
私が村木の方を見ると、どうやら子分の私生活を承知している様子だった。
「彼女が自損事故を起こした時に保険の手続きや修理で世話をしたのが縁だけど、付き合い始めて、もう二年になるよ」
作品名:四人の同窓会 作家名:田中よしみ