四人の同窓会
その料亭は明治以来の老舗だったが、海峡が一望できる眺望の良い場所にあった。村木はマイカーに富津を乗せて料亭に直行したが、私は凛子が長崎からJRで来るので駅まで迎えに行った。
「相原君、お久しぶり」
平山凛子は百七十センチの長身に黒のロングコートを羽織っており、その下にはベージュのパンツにパンプスを履いていた。
「凛子か? 嘘だろう! 三つ編みは止めたのか?」
高校時代に腰まであった長髪を肩までの長さに切っていた。何よりも驚いたのは色白の顔だった。
「もう三十七歳よ……。幾ら何でも日焼けだって褪めているわよ」
彼女は気恥ずかしそうに笑ったが、目の前の凛子は街中で会っても気づかないほどの変わりようだった。それでも笑うと両頬に特徴的なエクボが現れて高校時代の面影が甦った。
「凛子、綺麗になったな。少し痩せた?」
凛子は顔が白くなったせいか、昔に比べて少し痩せたような気がした。それにしても成熟した色香を湛えていた。
「それ、お世辞? 相原君はいつも照れて私のこと、あまり見ていなかったし……、昔と変わっていないわよ。女性の三十路は衰えるばかりだし、運動しないから筋力が落ちて張りがなくなったのかな……」
「日焼けの下は色白だったのか……。そう言えば、凛子のブルマー姿は日焼けした部分と地肌の白い境目がエロかったよ」
当時の女子の運動着はブルマーだったが、彼女の長い脚によく似合っていた。
「バカ、今はブルマーって死語よ。それにしても男子はそんなところばかり見ていたのね、幻滅だわ。そんなことより、これ覚えている?」
彼女はショルダーバッグに付けている校章入りの金ボタンを見せてくれた。卒業式の後、校門で凛子とツーショット写真を撮ったが、その時に凛子に第二ボタンを渡していた。
「あの時の写真を時々見るけど、学生服の第二ボタンがなかったから……。まだ持っていたのか……」
卒業式の日、記念写真を撮ってから、凛子らが帰る上り線のホームまで見送りに行った。
その時に三人と再会の約束をしてから、私は一人で逆方向の下り線のホームの列車に乗った。卒業後は私と村木が地元を離れたこともあり、凛子との約束を果さないままに二十年が過ぎていた。
「相原君は同窓会も出てこないし、卒業したらそれっきりだもの……。わたし在日二世だから就職先がなかったの。だから仕方なく家の建材店を手伝っていたのよ……」
彼女は事も無げに在日の苦労を溢したが、彼女のことは知らなかった。
卒業生は大半が市内の中学出身者で占めていたので、市外からの通学者は余所者感があった。だから、私は同窓会にも出なかったし同級生との交流もなかったのでる。
平山凛子は家庭が経済的に恵まれていたことや明るい性格もあり、在日へのヘイトスピーチやヘイトクライムによる生きづらさを感じさせなかった。
村木は彼女が在日であることを私に隠していたが、そうすることが友情だと思っていたのかもしれなかった。
今にして思えば、賢明な彼女のことだから、異論があっても我々に合わせてくれていたのであろう……。
凛子の出自のことは就職の進路問題から噂が流れて初めて知ったが、私にすれば同じ年に日本で生まれた仲間でしかなかった。だから、在日として特別視する気持ちは毛頭なかったが、その無意識や無関心が彼女を傷つけていたのかもしれなかった。
「日本はいつまでも閉鎖的で差別社会だから……、さすがの凛子も社会人になって生きづらさがあっただろうな……」
凛子に薄っぺらな通り一遍の言葉を投げたが、言った後に虚しさを覚えた。
高校時代の何気ない私の言動を凛子がどのように受けとめていたのか、知る由もなかった。先ほどの凛子の言葉から、彼女の人生が気なっていた。
「凛子、これを機会に時々会って、色々話そうよ」
「でも、色々って一体何を話すの? わたしはこうして相原君と会えただけでも感動しているの、もう会えないと思っていたから……。機会を作ってくれた村木君には感謝しているわ」
そう言われてみれば、凛子に久し振りに会った感傷が、また会いたいと言わせたのかもしれなかった。実際に在日の彼女と二人で会っても、高校時代と違って何を話せばよいのか不安がないわけではなかった。
「別に目的がなくてもいいだろう。例えば港町の名所巡りや母校を訪問してもいいし、素うどんを食べに行ってもいいだろう……」
次に会う約束を取り付けようとしたが、凛子はそれには答えずに私の腕を掴むと海峡沿いの遊歩道を歩き始めた。
「相原君と海峡を見ながら恋人歩きできるなんて、夢にも思わなかったわ」
凛子はご機嫌な様子だったが、考えてみれば彼女とは部活と駅前の素うどんタイムだけの浅い付き合いだった。
カルテット同窓会
村木と富津は既に料亭で待っていた。座敷で四人の同窓会が始まったが、二十年の空白による余所余所しさは忽ちのうちに消えていった。と言っても、三人はK中の同窓会で何度か会っていたので、長い空白は私だけだった。
「村木、お前が言い出しっぺだから、最初に一言頼むよ」
彼は昔から喧嘩や悪さは得意だったが、こういう役割は苦手だった。
「そうか、それじゃ一言だけ、後は相原が締めてくれ。山陽本線の汽車通が縁で、素うどんを食った仲間に二十年振りに会えて嬉しく思う。今日は青春時代を大いに語ろう、それでは乾杯!」
村木隆一が最初に乾杯の音頭をとったが、続いて私に挨拶を指名してきた。
「この会はK中の同窓会みたいなもので、帰りの汽車も三人は上り線だったが、俺だけは一人下り線だった。いつも羨ましく思っていたよ。こうして久し振りに三人に再会できて感無量です」
チェンは村木の庇護を受けて子分のような存在だったが、陰ではいつも不良連中に弄られていた。それを一々裏番に言いつけるわけにはいかないので、いつもカバンに護身用のチェンを忍ばせていたようだ。
「俺が番長の藤井と学校の裏山でタイマンを張った時に、向こうは背後に蒼々たる顔ぶれが揃っていた。俺の後ろを見るとチェンが一人だけ、それも震えていたが……。その時はチェンを見直したぞ」
裏番が懐かしそうに述懐したが、私もこの武勇伝を聞くのは初めてのことだった。
その決闘の目撃者であるチェンが話を引き継いだ。
「二人とも血だらけでシャツはボロボロになったけど、勝負は五分五分。だけど番長の藤井が負けを認めてバックの不良どもに手を出させなかった。俺も逃げたかったけど、村木の味方は俺だけだし……」
チェンはそこにとどまったことを少し誇らしげに言った。
「あの連中がかかってくれば多勢に無勢で、俺はボコボコにやられていたさ。藤井は不良どもを足止めして、俺に参ったと言ったけど、あいつは番長に相応しい器だよ……。だから、タイマンのことはかん口令を敷いたのさ。いつの間にか俺は裏番になったけどな」
タイマンの後、二人は肩を抱き合って裏山を下りたそうだが、お互いに遺恨なしでさっぱりした別れになったという。
「そういうことがあったの? 女子は何も知らなかったけど……、相原君は真面目だったからそんなバカはしなかったでしょう?」
凛子は二人の悪童ぶりは子供の頃から知っていたが、私は質が違うと持ち上げてくれた。