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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Frost

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 長池は、最初にキャンターから降りてきたときのような、愛想のいい表情を浮かべた。萩山は、小さくうなずき、視界の両端に一度ずつ目を向けた。公民館は分かったが、学校の場所はよく分からなかった。話好きのレベルがどの程度か分からないが、初対面でまだ三十分程度しか経っていないのにこれだけ話すのなら、これから案内される集落の人々と話しているだけで、夜が明けるかもしれない。長池は民宿の手前でキャンターを停めると、ドアを開けた。
「滑るから気を付けて。食べるものが欲しくなったら、向かいの野瀬家に言ってな。食料品店やからね」
 萩山は助手席から降りて、康夫が続くまで目を離さなかった。両側に雪がどけられた跡の上から、容赦なく新しい雪が積もり始めている。木造二階建ての、やや横に細長い形をした建屋には、民宿ということを示す屋号はなかったが、少し大きめの『炭谷』という表札が掲げられていた。木の床が軋む音が近づいてきて、つっかけを履くような乾いた音が鳴った。引き戸がゆっくりと開き、防寒着をひっかけた若い女が顔を出した。首を伸ばして、路肩に停められたキャンターを見てから、本人に向き直って言った。
「長池さん」
「千尋ちゃん。お客さんよ。二人。雪で動けなくなっちゃったのよ」
「あら、いらっしゃいませ。二人部屋でよければ……」
 千尋は歯を見せて笑ったが、冷気に負けたように肩をすくめた。萩山は、最小限の動きで頭を下げた。
「はい、大丈夫です。突然すみません」
「どうぞ、中にいらしてください」
 千尋は引き戸の中に下がると、靴を脱いで中に上がった。萩山は促されるままに中に入り、風が追い出されてぴたりと止まった空気に包まれ、ようやく深呼吸をした。千尋はその様子を見ながら笑った。
「寒かったでしょう。縁のない中、よくお越しくださいました」
「はい。本当に助かりました」
 康夫が不器用に靴を脱ぎ、それでも最低限の躾を慌てて再現するように、靴を外に向けて並べた。千尋に案内されて廊下を歩きながら、萩山は改めてその後ろ姿を眺めた。防寒着を脱いで小脇に抱えているからか、最初に見た印象より華奢で、若く見える。
「女将さんってことは……、ないですよね?」
 千尋は振り返った。少し黒目がちで愛嬌のある丸い輪郭の目から口元にかけて、少しずつ笑顔に変わっていった後、千尋はようやく首を横に振った。
「ええ、違います。うちの母がそうです。私にも貫禄が出てきたんでしょうか」
 誰にともなく言うと、千尋は二階へ続く階段をゆっくりと上がり、客間を指した。
「二部屋あるんですが、片方は塞がってまして」
 二人が案内された部屋は広く、小ぶりだがテレビもあり、康夫は目を輝かせた。萩山が意外に思っているのを悟ったように、千尋は続けた。
「お二人、無理なく横になれるかと思います」
「ゆっくり眠れそうです。前払いですか?」
 萩山が言うと、千尋は首を横に振った。
「大雪で仕方なくいらしたんでしょう。今晩は、お代は結構です。今日は公民館に集まりますので、お食事はそこで取っていただければ」
「いいんですか?」
 萩山はそう言い、うなずく千尋の顔を見ながら思った。女将でもないのに、勝手に決めてしまっていいのだろうかと。千尋は思い出したように目を丸くすると、萩山の肩にぽんと手を置いて笑った。
「宿泊帳、書いていただかないと。忘れてました。取ってきますので、ここにいてください」
「そうでしたね」
 千尋が出て行き、康夫はしばらくその後ろ姿を目で追っていたが、ふと気づいたように、萩山に言った。
「これ、タダ?」
「らしいな」
 萩山はそう言って、畳の上に腰を下ろした。隣の部屋にも客がいるらしく、音はしないが気配は感じる。千尋が横に長い台帳を持って帰ってきて、空いている箇所を指した。萩山は自分の手で支えながら二人分の名前を書き、千尋に返した。外でディーゼルエンジンの音が鳴り、長池が帰ったことに、萩山は気づいた。千尋は台帳を胸の前に持ったまま、一階の方向を振り返った。
「下で、お茶でもいかがですか。居間の方が暖かいですよ」
 三人で掘りごたつを囲み、数分も経たない内に、康夫が手洗いに立った。萩山が熱いお茶に口を付けたとき、引き戸が勢いよくがらりと開いて、子どもが二人入ってきたのが、視界の端に映った。一目見て、双子だということが分かった。鏡に写したように同じ顔立ちで、二人ともおかっぱ頭だからか、双子ということが余計に強調されているようにも見える。学校指定の防寒着に数字の四が書かれていて、小学校四年生であることは間違いなさそうだった。片方が引き戸を後ろ手に閉めたとき、千尋が振り返り、靴を脱いでどたばたと足音を響かせながら入ってきた二人に言った。
「あら、どうしたの?」
「お客さん?」
 鏡写しの片方が言い、もうひとりが礼儀を補うようにぺこりと頭を下げて、言った。
「野瀬彩乃です。姉です。万世、お辞儀は?」
 見た目は同じでも、性格にはかなり隔たりがあるようだった。万世は形だけ頭を下げると、千尋に向かって叫んだ。
「はったーち!」
 ハイタッチのことではないらしく、万世は祝うように、千尋に向けて手をひらひらと振った。
「今年、二十歳になるんですよ」
 千尋が弁解するように、苦笑いを浮かべながら萩山に言い、彩乃が小さくため息をついた。萩山は笑顔を崩すことなく、二人の様子を見ながら思った。客人がいないときには、いつもやっているのだろう。野瀬ということは、向かいの食料品店の子どもだ。手洗いから出てきた康夫を見つけた万世は、その表情を見てすぐに、子供である自分に近い存在だと気づいたらしく、その周りを跳ねまわった。
「いらっしゃーい!」
「あ、ああ。こんにちは」
 康夫を足止めするように二周した後、万世は彩乃の隣に立って、何事もなかったような澄ました顔に戻った。康夫が掘りごたつに戻ると、彩乃と万世はするりと両端に陣取った。
 今のところ、話好きはいない。それでも萩山は、野瀬姉妹がエネルギーを集めて吸い込むために寄ったのではないかと思うぐらいに、力を奪われたように感じていた。この二人が現れただけでこんなに疲れるのなら、公民館の食事に招かれたら一体どうなるのだろうか。全くの予定外。こんなはずではなかった。萩山は、お茶から上る湯気に目を細めながら、思った。うまくいけば今ごろ、山を抜けていただろう。
 カローラバンの燃料ポンプは想定できていなかったし、足元を掬われたわけだが、それ以外はできるだけ念入りに計画したつもりだった。今は、康夫の両脇を挟むように彩乃と万世が座っていて、自分たちのお菓子が出てくるのを待っているように、千尋に視線を送っている。どうにかして、引き離さなければならない。
作品名:Frost 作家名:オオサカタロウ