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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Frost

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 萩山は小さく頭を下げ、ハイラックスから降りた。電話ボックスに飛びつくように入ると、小銭を入れて、番号をダイヤルした。この時間帯なら、ぎりぎり家にいるはずだ。四回以上呼び出し音が繰り返されたとき、萩山は受話器を握りしめたまま俯いた。家にいれば、風呂にでも入っていない限り、すぐに電話に出るはずだ。あの集落にとって、長池が都合のいい『使用人』であるように、萩山家にもそういう存在がいる。最初は、盗みだった。車上荒らしで捕まったが、盗んだのは花柄のティッシュケースひとつ。偶然通りがかった警察官に捕まった。どこまでも間が悪い。家の借金が最高額に達したとき、両親が二人とも事故で死に、手にピンの抜けた手りゅう弾を落とされたように借金を引き継いだ男。そんな斎藤には、店の掃除を任せている。また、盗みの才能があるから、そういうことをする人間の監視も上手い。蝶のようにひらひらと出入りする女たちが、店の備品に手を出していないか、チェックもしている。だから、まずは働く場所を与えて、背負っているものを下ろした。斎藤の親の借金は、萩山家の感覚だと小銭だった。そうやって得た忠誠心は本物で、康夫との友情もあったし、頭の出来が若干不良品寄りだったということもあるだろう。斎藤は、康夫が人を殺したと知って、自分が代わりに自首すると言った。康夫が直接話したことを知った萩山は、斎藤が見ている前で康夫が立てなくなるぐらいに蹴飛ばした。しかし、斎藤が引き受けようとしていることを知った今は、それが正しい選択だったと思っている。そして、口止めなど関係なく斎藤に話してしまった康夫の口を塞ぐ必要があるということ。一度は、斎藤も連れ出して殺すことを考えた。わざわざ犯人を作り上げる必要もないからだ。しかし、康夫が殺した女の遺体は、すでに『発見』されている。警察はほとんどの証拠が洗い流された遺体を見て、おそらく威信をかけて捜査を開始しているところだろう。そして、心のどこかで、犯人が良心の呵責に負けて、自首してくれたらと願っているはずだ。殺された側の身元から考えれば、重要参考人は無数にいる。それでも、いつまでも警察に嗅ぎまわられて、何か康夫につながる手がかりを見つけられるよりは、斎藤が犯人としてまな板の上に自分から上がってくれた方が、はるかに好都合だった。それに、ある程度の融通は利かせられる。萩山家の病んだ全能感は、客の個人情報を把握しているということから来ている。聞き出した従業員には、報奨金も出しているぐらいだ。今回も適切に立ち回れば、とびきりの変態趣味を持つ何人かは、斎藤にとって所内の暮らしが楽になるよう、計らってくれるだろう。そうでもしないと、女子供を殺した人間は、塀の中で他の囚人から取り返しのつかない矯正教育を受けることになる。
『お前のために、できるだけのことをする』
 斎藤には、そう約束したが、もしこのまま雪が解けずに、予定よりも時間が過ぎてしまったら。斎藤は、起きた通りの罪で裁かれ、教科書通りに矯正される。もし電話に出れば、出頭するのを数日待てと言うつもりだったが、斎藤は電話には出なかった。自力で動けない以上、何度も電話をかけに来るわけにはいかない。萩山はもう一度鳴らしたが、繰り返される呼び出し音を聞いて、受話器を置いた。ハイラックスまで戻り、暖房の風に当たりながら思った。
 もし、このままだったら。無期刑になったとして、十年は出られないだろう。斎藤は塀の中でなぶりものにされ、出てきたときにはすっかり別人に『矯正』されているに違いない。そのとき、約束を果たさなかった萩山家に対してどう思っているかなど、そんな可能性は考えたくもない。暖房の風が素通りしているように、萩山は肩を震わせた。
 何としてでも、ここを出ないといけない。
        
        
二〇二一年 一月
        
「和基さんは、約束は必ず守る人でした」
 斎藤は、向かい合わせに座る篠田に言った。篠田が、その先を眉の動きで促すと、斎藤はコーヒーをひと口飲んで、言った。
「連絡がつかなくなったのなら、何かがあったんだと思ってます」
「それにしても、二十五年ぶりっすから。それまでにも、探したりした?」
「いえ、今回思い立ったのが、初めてです」
 斎藤はコーヒーを飲み干した。篠田は少しだけ傾き始めた日を見ながら、スマートフォンのロック画面を解除し、言った。
「あー、調べ物してくっか」
 これ以上、会話の間は持ちそうにない。斎藤をひとりにするのは忍びないが、何事にも限界はある。篠田は立ち上がり、上着を着ると、玲香の部屋の前で一度壁をノックした。
「はあい」
「おれ、ちょっと公民館行ってくるわ。散歩がてら。来る?」
「行く」
 がらりと引き戸が開いて、上着を片方だけひっかけた玲香が現れ、篠田は思わず後ずさった。
「なんだよ、準備万端じゃんな」
「片腕だけね」
 玲香は両腕を袖に通すと、笑った。階段を下りきったところで、千尋に言った。
「ちょっと、公民館に行ってきます」
「あら、いってらっしゃいませ」
 外に出て、寒さから頭をかばう様に首をすくめた後、篠田は歩き始めたが、すぐに足を止めた。ハイラックスサーフのナンバープレート。分類番号は二桁で、九十年代の登録なのは間違いない。中途半端にまくれ上がったブルーシートから、確かに見えていた。
「斎藤ちゃん、よく見てんなあ」
「何が?」
「ナンバーだよ。県外って」
 玲香は、篠田が目で指した方向へ視線を向けた。確かに、県外ナンバーだ。しかも、数県跨いでいる。
「県外だったら、何かあるのかな?」
 玲香が言うと、篠田は再び歩き出しながら、首を傾げた。
「いや、地元の車なら廃車にして放っておくのも分かるけどさ。言ったら、よそ者の車がここで朽ちてんだぜ」
 それ以上の答えは生み出せず、玲香は小さくうなずいただけで、公民館までの道を歩いた。寒いが、凍え死ぬほどではない。歩いて気づいたのは、なだらかな傾斜の先に神社があるということだった。
「ねえ、あの先が神様のいるとこなのかな」
「だろうな。高い場所に作るはずだ」
 篠田は目を細めながら、坂道の先に見える木造の本殿に目を凝らせた。左右に建物がなくなり、道が開けたところで、玲香は言った。
「ねえ、篠ちゃん。どうやって聞いたらいいかな?」
「お父さんの話? 普通に聞けばいいじゃん。あんまり捻ると、相手も混乱するんじゃね?」
「でも、覚えてなかったら、それで終わりだよね」
「絶対覚えてる。あの女将さんだって、客商売やってんだからさ。ふらっと入ってきた客の顔は覚えてるだろ。それに、この周りには宿なんてないし。あのガソスタで立ち往生したなら、ここだと思うね」
 篠田は胸を張って言い切ると、足を止めた。鳴き声がする。
「猫かな?」
「だね。どこだろ?」
 篠田は、思わず笑顔を浮かべた。玲香は猫好きだ。それでも飼わないのは、自分がふさわしい飼い主だとは到底思えないから。猫を不幸にしたくない一心で、動画で我慢している。それでも、一期一会の野良猫で人懐っこいのがいれば、話は別だ。
「猫笛とかねえの?」
「犬笛はあるけど、猫は聞いたことないね。篠ちゃん、キャットフード持ってないの?」
「ねーよ」
作品名:Frost 作家名:オオサカタロウ