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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Frost

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「今は皆さん携帯電話をお持ちですけど、昔は固定電話が頼りでしたし、何より冬はよく断線しまして。雪が降れば道路は塞がってしまいますし、うちは駆け込み宿のような役割もしていたんです」
 玲香は、言葉になりかけた喉の動きを、直前で押し戻すように止めた。篠田はそのことに気づいたが、何も言わなかった。ふと、斎藤が言った。
「よく、降るんですか?」
「ええ、昔ほどではないですが」
 千尋が呟くように答え、会話はそこで途絶えた。民宿炭谷まで戻り、三人がマジェスタのトランクから鞄とリュックサックを回収して二階に上がったところで、千尋が言った。
「日当たりは、手前の部屋のほうが多少いいかと」
 玲香は、それとなく譲られる形で手前の部屋を選び、篠田と斎藤は奥の部屋を覗き込んだ。二部屋とも、大人二人が充分に寛げるだけの広さで、畳も傷んでおらず、綺麗な部屋だった。千尋が玲香の後について部屋の案内を始めたのを見ながら、篠田は小さな声で言った。
「結構、人の出入りあるのかもな。斎藤ちゃん、畳アレルギーとかないっすよね?」
「大丈夫です」
 篠田は、テーブルをまたぐ形で座布団を二つ放ると、片方に腰を下ろした。
「あー、生き返る」
 その言葉が合図になったように、斎藤はテーブルを挟んだ向かいに腰を下ろした。篠田はしばらく黙っていたが、凝りをほぐすように首を回しながら斎藤の方を向いた。
「すんませんね、なんか流れでこんなんなっちゃって。でも、玲ちゃん……、いや、萩山さんは結構、親父さんのことが気にかかってるみたいで。おれと一緒にいるときとか、よくその話をするんですよ。あの女将さん、何か知ってると思います?」
「そうですね。自分は……、あのハイラックスが気になります」
 斎藤が言うと、篠田は呆れたように顔をしかめた。
「あー、あの車? 潰れてそのままにしたんじゃねーのかな?」
 斎藤は、今までの人生で必ず守ってきたルールのように、一度うなずいて同意した。篠田は、その目を見ながら思った。最初にうなずいてしまったことで、避けられたはずの事態に嵌ったり、酷い目に遭ったことだってあっただろう。癖というのは、中々抜けないものだ。答えを待っていると、斎藤は隣の部屋を気にするように、小声で言った。
「あとで聞いてみようとは思うんすけど、県外ナンバーだったもんで」
 篠田はその情報を頭の特定の位置に収めるように、目線を少しだけ上に向けた。田舎に県外ナンバーの車が放置される理由は、特に思いつかない。
「あー、車庫飛ばしとか、そーゆーやつかな? てかさ、斎藤ちゃん。萩山の親父さんに会って、どうするつもりだったの?」
「昔、世話になりまして。ヤス……、弟の康夫さんと友達だったんですが。お恥ずかしい話ですけど、自分は手癖が悪くてですね。親の借金とかもあったもんで、若いころは大変でした。和基さんは面倒見が良くて、仕事もくれたし、借金を清算するのも助けてくれたんです」
 篠田は、淀みなく話す斎藤の言葉を聞きながら思った。今のオーナーである、アストンマーティンを乗り回す修也の遺伝子は、和基と康夫から引き継がれたものだ。玲香にはそんな要素は見当たらないが、男連中なら中身はほぼ同じと考えて、差し支えないはずだ。萩山家の男は、善人ではない。その続きを考えようとしたとき、千尋が顔を出して、言った。
「よろしければ、お茶かコーヒーをお持ちしましょうか?」
「あ、ぜひ。二人ともコーヒーで」
 思わず斎藤の分まで答えた篠田は、千尋が階段を下りていくのを目で追い、立ち上がった。隣の部屋では玲香が座布団の上に腰を下ろして、背筋をぴんと伸ばしたままスマートフォンの画面を見つめていたが、篠田に気づいて顔を上げた。
「なんだか、現実じゃないみたい」
「これで、おれたちは客だからな。聞きまくってやろうぜ。絶対、何か関わりはあるって」
「初めから、それが目的だったの? わたし、歴史に興味が爆発したんだと思ってたよ」
「それもそうなんだけどね。そうだ、コーヒーにした?」
 篠田が言うと、玲香はうなずいてから、間を改めるように笑顔を向けた。
「篠ちゃん、ほんとありがとう」
「お安い御用だよ。てか、おれマジで調べるから。そのときはひとりにしてね、なんつって」
「意外な一面を見たよ」
 玲香は篠田と顔を見合わせて笑った後、ひとりで使うには広すぎる部屋を見渡した。蛍光灯自体は新しいが、その傘は相当古くからあるものだろう。隙間風もないのに、その紐は緩やかに左右に振れていて、メトロノームのようだった。
      
      
作品名:Frost 作家名:オオサカタロウ