短編集117(過去作品)
死んだことを感じない男
死んだことを感じない男
足元から細長く伸びる影を見つめながら、次第に視線を先に進めていくと、そこには街路樹が植わっている。ライトアップされていて、どれが葉っぱなのかライトが明るすぎて分からない。
強い風が足元を通り抜けていく。顔を切るようなほどの寒さは感じないが、確実に冬の到来を感じさせていた。
赤が目立つと思ってみていると、今度は青が気になるようになってくる。今度は黄色が気になってくると、すでにライトアップから目が離せなくなっていたのだ。
足元の影に目をやったのは偶然だった。街灯だけしかないところであれば、足元の影は放射状に広がっていることだろう。歩いていくうちに足の先を中心に、グルグル回って見えたに違いない。そんなことを思いながら足元を見ていたのだ。
三宅光信の歩くスピードは普通の人よりも早いかも知れない。しかも寒さを感じながら歩いていると、知らず知らずのうちに早歩きになってしまうものだ。そのことを自覚することもなく歩いているのは、あまりにも同じ道でもイルミネーションがあるだけでまるで違った風景に見えてしまうからだろう。
その道は歩き慣れた道だった。
通勤に使っていて、会社から駅までの最短距離である。夏の間はまだ明るい時間帯なのに、気がつけば真っ暗な時間帯になっている。季節の変わり目を示すものを感じることはあるが、明るさに関してはあまり感じることはなかった。
駅までの大通りで、あまり裏に入ることはないのだが、裏道には喫茶店があったり、夜になるとスナックが店を開けたりするようだ。オフィス街から先はマンションが乱立していて、後からどんどん新しいマンションができるので、最初の頃に目立っていたマンションも、あまり目立たなくなってしまっている。
裏道の喫茶店には、大通りからではなく、一本入った道から来たことはある。一時期常連のように昼休みは来ていたものだ。その時にいたウエイトレスは今どうしているだろう?
確か学生だった。赤いエプロンが似合う女の子で、喫茶店がレトロな感じの店なので、清楚な雰囲気が引き立っていた。昼休みはほとんどの客がサラリーマンで、マンガを読んでいたり、週刊誌を読んでいたり、喋る人はいなかった。
数人で来ている客でさえ、おのおの雑誌やマンガを読みふけっている。喫茶店のランチタイムというのはこんなものなのかも知れないが、最初は異様な雰囲気に見えたものだ。
一度仕事が終わって時間があったので、夕方仕事帰りにその店に寄ったことがあった。ウエイトレスの女の子は、まだその時間までいたのである。
「私、近くの大学生でアルバイトなの」
すぐにそうだと分かったが、本人から聞くまではそのことに触れなかった。自分なりの礼儀だと思っていたからだ。
夕方の時間は昼の時間と違って常連の客ばかりだった。和気わいわいと賑やかな笑い声が響いている。暖かさを感じられる雰囲気だった。
どうやら、皆近くの商店街で店を経営している人たちらしい。中には学生時代の同級生もいたりして、会話には事欠かない人たちばかりである。
「最近はなかなか景気がよくないので、明るい話題もないんだけど、ここにいる時くらいは賑やかにやりたいと思ってね」
サラリーマンの三宅が入り込んでいいのか躊躇したが、明るい雰囲気の中にいると、自然に馴染んでくるものである。まるで昔から知り合いだったように思えてきて、会話にも入っていけるようになった。
彼らからしてみれば、サラリーマンは珍しいようだ。なるべく愚痴をこぼさないようにしていれば、これほど楽しい会話はない。最近では常連になっていた。
店の閉店が午後七時半、仕事が終わってから一時間くらいは店でゆっくりできる。昼間とはまた違った店の顔を拝むことができるのは、嬉しいことだった。憩いの場所、まるで隠れ家のようなところだと思って、最近ではほとんど毎日通っていた。
その日も喫茶店で閉店までいて、店を出たところだった。
その日は、知り合いのマンションに遊びに行く約束をしていたので、時間調節にもなったのだ。
いつもであればそのまま帰るので、どっと疲れが出る時間帯だったが、その日はさらに訪問先があるということで、疲れを感じることなく道を歩いていた。普段とは少し違った気分になっていたのは間違いないだろう。
気合を入れたというほどのものではないが、友達に会うのにも、それなりに覚悟のようなものがいる。楽しいことにも体力はいるという意味で、アルコールが入るかも知れないことは少なくとも覚悟しておいた方がいいだろう。
学生時代にはよく友達の下宿を泊まり歩いたものだ。
泊まり歩く先は、下宿かアパートでの一人暮らしの友達に決めていた。実家だと気を遣うし、一人暮らしであれば、外出も誰と出会うこともなく自由だからだ。
夜を徹して話をしたこともあった。自分たちの性格や、女性の好みなど、話題には事欠かない。特に友達の間でも少し変わったところがあると言われていた三宅にとって、人と性格の話をするのは、ある意味誤解を解くには最高だった。もっとも泊まり歩く友達に、自分の性格を誤解されていることはなかった。逆に貴重な考えとして重宝されていたくらいだった。
三宅には、本能論というのがあった。
本能がまず最初に来て、そこから理性が働くというものだ。本能を表に出さないように、あらかじめ理性を張り巡らせておくと考えている人が友達の中には多かったが、実際に腹を割って話をすると、
「君の意見ももっともだよな」
と、感服されることも少なくなかった。どこか本能というと、毛嫌いされるところがあるが、本能を中心に考えることだってありではないかという考えは学生だから許されるのかも知れないが、本能を避けて通ることはできないはずだ。まるで臭いものには蓋をするというような考えは、三宅の中では罪悪に近かったのだ。
しかし、実際にはそんな生き方ができるわけもなく、通用もしないだろう。だから、考えをぶつけ合うことで、無意識に避けてしまう本能を忘れないようにしたいと思うのも至極当然のことのように思えた。
入社当時、新入社員は三宅を含めて五人いた。まったく違う大学から来た連中で、就職活動の際も面識がなく、入社式で初めて見たという人もいた。
五人もいれば個性的なやつもいる。成績はあまりよくなかったが、口はなかなか達者で、まさしく営業向きという人もいて、口八丁手八丁かと思いきや、意外と繊細なこともキチンとこなしていた。
「一番最初に辞めるだろうな」
と思っていたやつに限って、一番会社に馴染んでいる。会社の業績のために日夜奔走しているのだ。
「会社に洗脳されたのかな?」
とも思ったが、それこそ天職というもので、この会社の水が彼に似合っていたのだ。彼にとって、ここほど働きやすい環境はなかったに違いない。そういう意味では尊敬に値するやつである。
これから訪ねる知り合いも、違う会社に就職したが、
「ここは俺の天職のようなものだ。結構楽しいぞ」
と話していた。
作品名:短編集117(過去作品) 作家名:森本晃次