続・嘘つきな僕ら
「あー。オヤジは?」
“始まった”
雄一が話を切り出した時、僕はそう思った。
「仕事。今日の予定は、って聞いたら、「自分はまた今度」って言って、すぐに出かけていったの」
呆れたような声を出して、くいっと小さなカップを煽り、お母さんは僕達にお茶を勧めた。雄一がカップを手に取ってから、僕も恐る恐るお茶に手を伸ばす。
「大事な日だろ。だから、急に決めない方が良かったんだ」
「仕方ないでしょう?本当はお父さんもいつも通り休みのはずが、急な病欠があって、呼び出されちゃったのよ」
「まあそりゃ、仕方ないけど、今度っていつだよ?」
「さあ」
「さあって…その位、聞いといてくれよ。週休、土日だっけ?」
「ううん、日曜だけ」
「ふーん、そっか。じゃあ、俺から連絡してもいいか?」
「そうした方がいいね。大事な事だし」
「わかった」
そんな、親子の素直な会話と、味わっている紅茶、ダイニングに降り注ぐ窓からの陽差しが、温かかった。それで僕は、ほんの少しの間だけ、ぼーっとしてしまっていた。
「お茶、美味しい?」
不意にそう声を掛けられ、僕は雄一のお母さんを見る。彼女は嬉しそうな顔で僕を見ていた。
「は、はい。とても、いい香りで…美味しいです」
そう言うと、お母さんは、ぱっと花が開くように笑い、ちょっと顎を上に向けた。とても親しみ深い表情だ。
「でしょう?ちょっといいやつなのよ」
「あ、そ、それは、すみません…ありがとうございます…」
僕はどうしてもしどろもどろになってしまい、ごまかしに頭を搔いた。
「そんなに固くならないで。私、あなたに感謝してるのよ」
その言葉にもう一度顔を上げた時、お母さんは笑ってはいなかった。とても真剣な、真面目な顔で僕を見つめていて、それはどこか、許しを乞うような表情だった。
僕は何も言えなかった。“感謝”と口にした彼のお母さんが、何を考えているのか。それを僕の立場から言う事は出来なかった。
お母さんはちょっと俯いて、昔を思い出すように目を伏せる。
「あの頃、この子の父親は、仕事仕事で、この子にも、私にもまるで構わなかった。私は、家庭ってものに、絶望しかけてた…」
気まずそうに、謝るようにそう話すお母さんは、時折ちらりと、雄一を見ていた。
「でも、会社がダメになって、家族でなんとかしなきゃってなってからね、あの人も変わってくれて、少しはこっちに気を向けてくれるようになった…でも、そうなるまでに私はこの子を放ったらかしにしてて、それに気付いた時、とても不安になったの…」
お母さんはこちらを向いて、泣きそうな笑い顔で僕を見た。
「まさか、この子を救ってくれた人が居たなんて、想像もしなかった。しかも、自分の事を放ってまで…」
僕は、小さく首を振ろうとしたけどそれが出来ず、どんな顔をしたらいいのかも分からなかった。
「ごめんなさい…それから、この子を助けてくれて、ありがとう」
「い、いえ、そんな…僕…あ、ありがとうございます…!」
どんな台詞が、あの場面で役に立ったのだろう。僕は心底ほっとして、怖かったり不安だった分が全部涙となり、雄一もスーツの袖口で涙を拭いながら、僕の頭を抱いてくれていた。