続・嘘つきな僕ら
19話「善は急げ」
僕は、仕事の休みに母さんに電話をした。少し長く近況を話して、終わりに、「会わせたい人が居るんだ」と言った。
“まあ、それはとてもいい話ね!”
「ありがとう」
母さんの明るい声が、恐ろしかった。彼を見た途端、青ざめたり、突然に怒り始める母さんを想像した。そう思った時、僕は自宅のソファに居るような気がしなくて、母さんを目の前に、二人で詰られている自分たちを想像していた。
“一緒のお食事に、連れ出してくれるのかな?”
どこかふざけたように、気軽に母さんがそう言う。
「いや、大事なことだから、家で話したくて…」
こんなことで、母さんに僕たちのことを悟られやしない。でも、僕と彼の関係は世間には出せないのだと思わされ、僕は悲しくなった。
“そう。任せて。母さんがちょっと頑張るから!”
「ありがとう…母さん…」
日時を少し遠くに決めて電話を切って、僕は、すぐ横に座っていた雄一に抱きつき、怖さのあまりに泣き出してしまった。雄一は僕を抱きしめ、頭を撫でて、「ありがとう。次は俺だ」と言った。
雄一の電話は、すごく短かった。
僕は雄一をじっと見ているわけにもいかず、ソファに掛けた格好で、膝に両手を乗せ、ちょっと俯いていた。
かすかに受話口からの呼び出し音が聴こえる。すぐに電話は取られたようで、小さく、“はいはい”という声が聴こえた。雄一が顎を上げ、前を見る。
「…この間の話。そろそろ連れてっていい?」
「この間」と聴いて、雄一はもう話を半分くらいしたのかな?と僕は驚き、彼を見た。受話口からはよどみなく返事が聴こえている。
“いいけど、いつなの?”
「いつでもいいけど…会社休みなら…日曜とか?」
“じゃあ明日ね”
「えっ!?いや早すぎだろ!もうちょっと準備させろよ!」
僕も驚いた。おそらく彼のお母さんと電話をする雄一に、目を見張ってしまった。
“ちょっと。それが人にものを頼む態度なの?”
「いや、そういうわけじゃなくて、こっちも今日の明日じゃ…」
雄一はソファの上で背中を縮めて、困り果てている。僕だって困っていた。そんなに急に、彼の両親に会うなんて、これから死ぬより緊張するかもしれない。
“そうね。確かに急かもね。でも、母さんも日曜は仕事が多いし、不定期だから約束は難しいの。だから、ちょうど必ず空いてる明日に、なんとかして”
「ええ〜っ?わかったよ…じゃあ、明日な!えーっと、家でいいだろ?」
“了解です”
「じゃあな!」
雄一が怒ったように電話を切って、ふうっと鼻息を噴く。僕はソファの上で身を縮めたまま、体を硬直させていた。
自分の寿命が明日までと決まったような気分で、とても何かを口に出すことなんかできなかった。
でも、雄一はスマートフォンをテーブルに戻し、僕を振り向くと、にかっと笑った。
「俺の方は心配すんな。両親には先に話してある」
「えっ!?もう話してあるの!?」
僕はまた大きく驚き、「話してある」という言葉に、一気に緊張が解けた。
「ああ、ちょこっとだけな」
「ちょこっとだけって、どこまで…?」
僕がそう聞くと、雄一はちょっと目を伏せ、なぜか急に、辛そうに唇を引き結んだ。寂しそうな横顔は、いつか見たことがある。
彼はちょっとの間黙っていたけど、やがてソファに背中をどっかと預け、ちょっと下を見たまま喋り出した。
「…あの頃、俺にケンカをやめさせて、勉強に向かわせて、学校に通わせた…それは、今一緒に居る、稔だ…そう言ったら、納得してくれたよ」
それを聞いて、僕は嬉しかった。嬉しかったから、泣いた。雄一はまた僕の頭を撫でてくれた。
でも、“明日、彼の家族に自己紹介に行くんだ”と思うと、とてもとても、その晩は眠れはしなかった。