続・嘘つきな僕ら
18話「約束」
僕たちは、リビングのテーブルで向かい合って座り、僕は黙って考えていた。雄一は、「座ろうぜ」と言ったきり、何も言わない。僕の胸に、様々な事柄が浮かんで消える。
僕たちは、初めて恋に落ちた頃、生まれたばかりの自分の恋を取り上げられるんじゃないかと、怖がっていた。
あの頃、若さから熱して爆発した恋心は、わがままなばかりで、安らぎなんか欲しがっていなかった。
だから、あの頃僕が恐怖した「彼が居なくなる」は、泣いて欲しがるおやつを与えられない、子どもの悲しみだった。
でも、今度は違う。
「今度こそ失うまい」と決めた、自分が必要とする最愛の人と、引き裂かれるかもしれない。ちょっと想像しても、きっとそうなる。
だから、あの頃の何倍も、怖くて仕方なかった。
今や僕たちは互いを慈しみ合い、交わす感謝と愛がなければ、生きてはいけない。それが思い込みだとしても、勘違いだと言われても、男女の結婚だって同じようなものだ、と思う。
結婚こそ出来ないにしても、僕たちは寄り添い合って、互いのために生きていくと決めたのだ。その誓いに、一体ほかのどんな条件が必要なんだろう?
俯いて考えていたけど、雄一が顔を上げる気配がしたから、僕も彼を見た。
雄一の目は、苦しそうに僕を見つめていた。僕の考えていることを知っているように。彼は話し始める。
「…お前の両親に、俺は会う」
「うん…」
「会って、話をして、お前を守らせてもらえるか、聞くんだ」
そう言って、雄一はテーブルに乗り出し、僕の目を強く見つめた。
一瞬躊躇ってから、彼はこう続ける。
「だから、これだけは約束して欲しい」
「うん…何?」
僕は不安だった。そんなの上手くいくわけないと思って。このまま一生、家族と縁を切って、二人きりで居たいとも思った。彼と一緒に居られなくなるくらいなら。
雄一は、脇を見て首を振る。
「俺はもちろん、一度ダメだと言われたくらいじゃ諦めない。でもな…」
彼は僕を見ず、どこか別の景色の中に居るように、考え込みながら話しているように見えた。
「どうしてもだ」
そう言って目を伏せる雄一。痛みに耐えるかのような表情だった。
「どうしてもダメだった時のことだ」
彼は暗い目をこちらに向ける。そこに強く、刺すような光が宿ると、それが僕を貫いた。僕は、怖くて仕方なかった。
「本当にダメだったら。稔。その時は、俺を諦めて、必ず…必ず、幸せになってくれ」
彼がそう言った時、彼の目は、僕から離れていなかった。むしろ、今までのどの時よりも僕を強く捕えて放さず、僕の答えを待っていた。
でも、彼の言ったことを受け入れることができずに、僕は硬直していた。
しばらく経って体が動くようになってから、僕はゆっくり首を振る。
「いやだ…」
そう言う僕はあっという間に涙を流し、寂しくて堪らない気持ちを抱えていた。
「稔…」
彼は困っているように見えたけど、僕は涙と共に溢れてくる気持ちが止められなかった。
「やだ!僕…君がいなかったら、一生不幸だよ!だから、失敗した時のことなんか、考えないで…僕も頼むから!絶対認めてもらう!そうじゃなきゃ…僕…」
怖くて、怖くて、僕はなぜか、学生時代の事を思い出していた。
独り切りの教室。喋った事のないクラスメイトたち。
あの頃は何とも思っていなかった孤独が、今は怖くて仕方ない。
僕が必死で泣いていると、雄一は頭を撫で、泣き止ませてくれた。
「ごめんな。うん。きっと認めてもらおう」
彼がそう言ってから、僕たちは眠った。