短編集116(過去作品
回り道
回り道
「そういえば天満宮には、ここしばらく行ってなかったな」
テーブルのコーヒーカップを口に運びながら、松本高志は一人ごちていた。
前の日にテレビを見ていて神社の境内が写っていた。出店は賑やかで、観光客で溢れた参道からは、おいしそうなお餅の匂いが香ってきそうである。中継のカメラは沿道の客を映しながら、キャスターの話をナレーションにして楽しい雰囲気を伝えている。
参道から次第に参門へと向うカメラ、線香の香りがしてきそうな雰囲気を見つめながら、
「懐かしいな」
という思いを感じさせた。
参道の多くは修学旅行生、そして、老人の団体が多い。どうやら平日を写しているようで、それならば納得のいく光景が多かった。
一人の客も中にはいる。大学生が多いのだろうが、社会人ならなかなか平日というわけにもいかないだろう、アベックよりも一人の男性、一人の女性、おのおのリュックサックを背中に背負っていて、ラフな恰好である。
いつの間にかブラウン管に見入っていて、すすっているコーヒーも冷たくなっていった。三十分番組の旅番組で、半分以上は神社の中継だった。その街にはいくつもの神社があり、神社めぐりが一番の観光スポットである。
街もスタンプラリーを企画したり、共通のみやげ物を作ってみたりと、町おこしに躍起である。その努力が伺えると、番組は伝えていた。
町おこしというのは見ていて微笑ましさを感じる。やっている人たちは真剣なのだろうが、たまに、
「なんだよ、その発想は」
と思わないものもないが、それはそれで微笑ましさが生んだもの、何でも許せるような気がしてくることもあった。
松本の家の近くにも天満宮があった。
天満宮というほど大きなものではなく、天神様というには大きい。中途半端ではあるが、まわりに大きな神社もなく、このあたりでは一番初詣では賑わいを見せている。
天満宮というと、福岡の大宰府天満宮、京都の北野天満宮に代表されるように、菅原道真公を祭るいわゆる「学問の神様」である。その流れを受けたここの天満宮も、全国ではそれなりに知れたものらしい。
さすがに全国からというわけには行かないが、大きな駐車場もあって、平日などは、大型バスが立ち寄っていて、修学旅行はもちろんのこと、定期観光バスの一つのコースになっているようだ。
学生の頃は、よく天満宮にやってきたものだ。
学生は平日に動けるので、平日はいつもガラガラだった。時々修学旅行の団体にかち合うこともあったが、それでもそれぞれが自由行動、人が多いという意識もなかった。参道に店を開いているおばさんの客引きの声が響いていたのが印象的だった。
松本は一人暮らしを始めて十年以上になるだろうか。
大学時代に田舎から出てきて、それからの一人暮らしである。
大学生の一人暮らしはすることもなく、あまり部屋にいることはなかった。
「類は友を呼ぶ」
というが、大学時代の友達は不思議と一人暮らしの人が多かった。
確かに地元の連中は自然と固まってしまうので、田舎出身者が固まるのは仕方のないことかも知れない。だが、松本の場合は最初から田舎連中と意識していたわけではない。ただ寄ってきたり、そばにいて違和感のなさそうな連中に近づいていったことで結果的に田舎出身者が集まっただけのことである。
だが、彼らは違った。
「地元の連中とは、どうもウマが合わないな」
「そうだよな。地元の話をされても、こっちはてんで分からないからな」
と、それも当然かも知れないが、松本はそこまで地元と田舎出身者を切り分けるつもりはなかった。
それでもたまに目に余ることもあった。あからさまに地元の連中だけでパーティを開いたり、合コンを企画したりすることがあった。
「K女子大との合コンだからな」
田舎者はお呼びでないとばかりのセリフが見え隠れしている。そんなことを言われては、
「そうかい、じゃあ、しょうがないな」
とセリフは穏やかだが、なるべく露骨に睨みつけてやったのを、相手も分からないはずはないだろう。
「一線を画しているのはお前たちだからな」
とその時から、完全に地元の連中を敵視するようになった。
敵視していると、今まで見えてこなかった情けない部分が露見してくる。
内輪だけで固まるということがまわりから見てどれほど狭い範囲のものなのかを改めて知った。本人たちの意識とはかなりの隔たりがあるはずで、狭い範囲のものだと意識していれば、ここまで地方出身者への意識を極端にしないはずだからである。
そんな中で、大学の近くにある歴史的なものへの造詣を深めていった。地元の連中は、ずっといるからであろうか、地元が誇るべきものを知らないようだ。
知らないというよりも無視しているのかも知れない。
「町おこしの連中が勝手に言っているだけで、俺たちには関係のないことさ」
という無言の声が聞こえてきそうだ。
そういえば、自分が田舎にいる時も、地元のものをなるべく意識しないようにしていた。町おこしに躍起になっている連中が、却って煩わしく感じられ、わざとらしささえ見えていた。
高校の頃から田舎の生活にウンザリしていて、都会に憧れていた。都会というのは、元々の人たちも多いが、そのほとんどは地方出身者だという意識もあったので、特に大学などに入学すれば、地元の連中が暖かく迎えてくれるという甘い考えを持っていたことも事実である。
甘い考えはすぐに分かった。分かった時にショックはなく、
「まあ、こんなものだろうな」
と思ったものだ。
さすがに露骨な態度の時は腹が立ったが、それならそれで考えがあるというものだ。同じ大学に地方出身者が多いことも幸いだった。
大学のある街は、元々歴史は古く、飛鳥時代にその起源はある。
大和朝廷の力が及んでいるわけではなかったが、のちに聖徳太子の時代、そして蘇我氏の時代を経て、大化の改新の頃には、度々遷都を繰り返したツケが回ってきたのか、この街も遷都候補になったという言い伝えがある。
その証拠に、それらしい遺跡が見つかり、考古学者が注目している地域でもあった。街を歩いていて、
「発掘調査地につき、立ち入り禁止」
という立て札が立っている場所をいくつも見たものだ。
マンション建設も進んでいて、マンション建設現場以外での発掘現場もあることから、街のいたるところが掘り返されている状況の頃があったくらいである。
名所旧跡には興味はあったが、発掘されたものに関してはそれほどの興味があったわけではないので、博物館へはあまり行かなかった。
「お金を払ってまで、何度も見るものじゃないな」
と嘯いていたくらいだ。
だが、名所旧跡は意外と多かった。大学の近くにもいくつかあり、飛鳥時代の豪族の墓があったりもした。古墳時代と違って大きな墓陵があるわけではないので目立たないが、却ってひっそりとした佇まいに、歴史の深さを感じさせられた。
豪族の陵は、枯れ木に覆われていた。宮内庁管轄のところもあり、
「一体、役所は何をしているんだ」
作品名:短編集116(過去作品 作家名:森本晃次