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短編集115(過去作品)

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若々しく見える男



                若々しく見える男


 年齢も四十歳になれば、本当は落ち着かなければならないと思いながら、なかなかいい相手に巡り会うこともなく、毎日の仕事を無難にこなすだけの毎日を送っていることに、疑問すら湧かなくなってきた。
 堤慎吾は、そんな男性であった。
 会社は、全国に支店を持つ証券会社、硬い職業でもあり、仕事が忙しいということもあり、なかなか女性と知り合う機会もない。
 学生時代から証券会社を目指していたわけではない。元々は、お金に直接的に絡む仕事は嫌いだったが、就職活動を頑張った結果、証券会社しか合格しなかったので、仕方がない。
 それでも二十代の頃は、何度か辞めようと考えたこともあった。仕事内容は自分が想像していたよりも細かく、それでいて、貪欲なまでのノルマを課せられる。ノルマの厳しさや、細かいことへの不満が爆発して辞めていった同期の連中も少なくない。
 就職の枠も、実際には辞めていく連中の数をあらかじめ概算しておいて、それを見越して採用しているので、辞められることには何ら会社側で痛みはない。一生懸命に辞めようか頑張ろうか悩んでいる人を傍から見ているとかわいそうになってくる。会社はそんな人たちに容赦ないだろう。
 最初、悩んだ堤だったが、彼は少し鈍いところがあり、それが幸いしたのかも知れない。鈍いだけではなく、なかなか思い切りがないところがあり、
「辞める勇気もないし、もう少し頑張ってみるか」
 頑張っている自分をまるで他人事のように思うことで、何とかその場を乗り切ってきたところがある。ある意味、それくらいでないと、証券会社の社員は務まらないのかも知れない。
 彼は特殊な社員かも知れないが、それは誰も分からない。上司も部下の一人一人まで目が行き届くはずもなく、何よりも自分のことだけで精一杯である。誰もが自分が可愛いのだ。
 もっとも、それくらいの気持ちがなければ残れないだろう。いい意味でも悪い意味でも、残っているということは、それなりに一くせ二くせある性格ではないだろうか。
 入社二年目くらいは、本当に辞めようかと考えていたが、三年目に入ると辞めようという気が急になくなった。
「三年もてば、十年はもつ」
 これは入社式での、総務部長の言葉だった。その時は漠然と聞いていたが、なぜか耳に残っていたのである。
 三年目に入ると、ある程度会社の仕事のことが分かってくる。実際に営業部隊として第一線に立っているのは、自分たちである。
「俺たちが会社を支えているんだ」
 と最初に考える時期である。会社に対する不信感や、自分の立場を考えることがなくなって、仕事に集中もできるようになった。
 その頃になると、上司も必要以上にハッパをかけることがなくなった。入社してから最初に営業に出る頃は、やかましいほどにハッパをかけられていたが、二年も経てば、今度は頑張っていることに敬意を表してくれるようになった。
 会社というのは、そんなものかも知れない。誰からも何も言われなくなったかと思うと、自分への攻撃は、今度は後輩へと移っていく。
 ハッパを掛けられている時は、まるでふるいに掛けられているようだった。新入社員も最初は何人もいるし、まだ研修期間中だったりするので、それほど厳しくはないが、そのうちに一人、また一人と辞めていく。その度に、攻撃の集中の度合いは増してくるのだった。
「まるで、盛岡名物のわんこそばではないか」
 そんな表現をしたやつがいた。
 盛岡のわんこそばというのは、味噌汁くらいの茶碗に、一口で食べられるほどのそばが入っている。数人の給仕が後ろに立っているのだが、おかわりは、お椀からお椀である。
 最初は、余裕があるのだが、時間が経つにつれて、一人一人脱落していく。後ろの給仕に対して食べる人が減ってくるのだから、おかわりも頻繁である。
 実はこれはきついものがある。
 食べ物というのは、最初にゆっくり食べていると、持ったより腹が太くなるのが早かったりする。お腹に余裕がある時は、食べる人に対して給仕が少ないので、なかなかおかわりが来なかったりすることで、その分量が稼げない。
 最後の方になると、人間も少なくなり、攻撃も頻繁になる。その状況でわんこそばを連想する堤も、おかしいのかも知れないが、思い出しては苦笑いをしてしまう。
 仕事に慣れてくると、そこから先は立派な営業社員として独り立ちを始める。
 その時期がちょうど、やかましく言われなくなる時期と比例しているのは、それだけ先輩がよく見ているからなのかも知れないと感じると、
――さすがは、百戦錬磨の先輩たちだ――
 と考えてしまい、
――俺もそんな先輩になれるかな――
 と思うが、先輩たちの攻撃に耐えることで、第一関門を突破できた気がした。
 だが、これはあくまでも社内でのことである。これから以降は、営業として対外的なビジョンでまわりを見ていかないといけない責任を負うことになるのだ。
「君たちの言動はすべて会社としての言葉になるんだから、そのあたりはしっかりとした知識と意識の二つを持っていなければ、相手から見透かされてしまって、舐められてしまうので、気をつけるように」
 と上司からいつも言われるようになる。
 もちろん、最初は先輩社員に同行しての見習いの時期がある。見習いの時期にどれだけ先輩を見ていけるかで、自分の営業人生も決まってくる。先輩を見る目は真正面からではない。横から見るイメージを培わなければならない。
 訪問先での営業活動も、必ず先輩は横に座っていて、目の前の商談相手をいかに話の中に引き込めるかが決め手になるようだ。
「営業というのは、商談に入ってからが勝負じゃないんだ。分かるか?」
 先輩から言われる。
「いえ、どういうことでしょうか?」
 見習いの立場なので、ここで見栄を張っても仕方がない。分からないことはハッキリと分からないと言わないと、聞く機会はなくなってしまう。たとえ、おぼろげに分かっていても、ハッキリとした言葉で確認することが大切である。
「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」
 と言われるが、聞く勇気を持つのも大切なことである。
 先輩は教えてくれる。
「営業にとって一番大切なのは何か分かるかい?」
「いえ」
「まずは、相手と仲良くなって、信頼してもらうことさ。必ず相手があることなので、相手に信頼してもらわないと、こちらがいくら話しても聞いてくれないさ。だから、営業は最初に種まきをする」
「種まきですか?」
「ああ、そうだ。まずは、相手に信頼してもらうようにするために、信頼関係を築くようにする。そのためには、最初から仕事の話なんかできるはずないだろう?」
「では、具体的にはどんな話からになるんですか?」
「それは人それぞれだろう。相手との信頼関係だから、例えばの話だが、まずは相手の身になって考えるために、相手の趣味を聞きだして、集中的に勉強し、その話をする。すると相手も自分のために勉強してきてくれたことに感銘を受けるか、そうでなくとも、話に花が咲くだろうから、そこから活路を見出すことができる」
「そうですね」
作品名:短編集115(過去作品) 作家名:森本晃次